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【完結】剛腕のエルザ  作者: 平ミノル
24/30

第24話 目覚め



 王国には、早馬という通信手段がある。


 それは、足の早い南部産の馬を使い、通常三日〜五日かかる手紙の配達を、わずか一日で届けるという、速達郵便のことだ。


 エルザが城を去った直後、セラスはセドリックへと早馬を走らせた。そして、それを読んだセドリックは、そのまま家を飛び出して都へと向かっていた。セドリックは、早馬には及ばぬものの、わずか二日という短時間で王城へと到着し、門番へセラスを呼び出すよう大声をあげていた。


 セドリック到着を聞いて、セラスは思わず部屋を飛び出し、城の入り口まで走って行った。


「叔父様!」


 セラスが城の入口まで駆けてくるのを見て、セドリックは大きなため息を吐いた。


「いい加減にしろよセラス。ワシを何歳だと思っとるんじゃ」


 するとセラスは心底申し訳無さそうな顔をして項垂れた。


「申し訳ございません……。今回ばかりはもう、何をどうしてよいやらわからず……」


 普段は自信に満ち溢れているセラスが、項垂れて小さくなっているのを見ると、セドリックはそれ以上何も言えなかった。


「……とりあえず、どこかに座らせてくれ。休憩もなしに大慌てで来たから、さすがにワシも疲れたぞ」


 セドリックがそう言うと、セラスは申し訳なさそう頭を下げた。


 そこへ、エドガーがやってきて、セドリックに声をかけた。


「セドリック、このたびは本当にすまなかった」


 バクスター家の当主・エドガーは、セドリックに頭を下げた。セドリックは手を振ってそれを遮る。


「兄上、これはワシの弟子も絡んでいることだからな……それで、今の状況を説明してくれんか?」


「立ち話で済む話でもないから、応接室へ移動しよう」


 そう言うとエドガーは、先に立って応接へと向かった。その背中をセドリック、セラスが続く。


 三人が応接室に入ってソファへ腰を下ろすと、すぐに紅茶が入れられた。


「こういう飲み方は少し邪道だが……」


 セドリックは、一杯目の紅茶へ砂糖をドバドバと多めに入れて飲み、二杯目はストレートで入れてもらった。遠距離を走って来て、甘いものを摂りたかったのだろう。


 セドリックは二杯目の紅茶を楽しみながら一心地つくと、セラスの方へ顔を向けた。


「……それで、メラーズの屋敷で別れてからのことを、詳しく聞かせてくれんか?」


 セラスは頷いて、口を開いた。


「およその内容は手紙に書いた通りですが、それらに補足しながら説明します」


 セラスはそういうと、要点をまとめて、今回のジョーとエルザに絡んだ話を簡潔に説明した。


 話を聞き終えて……セドリックは頭に手を当てていた。


「……まったく何年、騎士をやっとるんじゃ」


「はあ……しかし」


「しかしもヘチマもあるか。この場合、お前は部下の遺族側に立たねばならん。そして、エルザやジョーを糾弾せねば、皆は納得せんだろう」


「はい……全くその通りで。そこが私の苦しいところだったのです」


「だからな、そんなもの、後でエルザと口裏合わせをしておけば良いではないか。……とりあえずはセラスが遺族の側に立ってだな、ジョーやエルザに恩賞を与えようとする国側と対立しながら、遺族のメンツを立てるわけだ。それから彼らの利益となるような事を国から引き出してやり、エルザたちのことは後からフォローすれば、話は丸くおさまるだろうが」


「あっ」


 セラスは驚いて、背筋を伸ばした。


「あっ、じゃないわい。……それに、メラーズ男爵家を叩きのめしたエルザとジョーは、ある意味死んだ騎士たちの敵討ちをしたとも取れるじゃろう。……見方を変えれば色々と言いようはあるんじゃ。……とにかく話が拗れてしまった以上、どうしようもない。これからどうするか考えんとな」


 セドリックがそういうと、セラスは背中を丸めて、シュンとした。


「エルザは、命の恩人でもあるジョーが殺されると思ったのだろう。しかも、自分が王都に連れてきたことが原因でな。メラーズ襲撃に協力させた挙句、罪人として処分したとあっては、エルザとしてはジョーに顔向けできないと考えたに違いなかろう」


 それを聞いて、セラスは黙り込んでいた。


「私はエルザの信頼を完全に失ってしまった……エルザには、本当に申し訳ないことを……」


 セラスはうつむいて、膝の上に置いた拳を握りしめていた。


「まあ、今更言っても仕方がない。とりあえず、遺族たちを説得せねばならんな。明日の朝にでも各自の部屋へ回ってみるか。ワシからも話をしてみよう」


「はい……よろしくお願いします……」


 セラスは頭を下げた。


「まあ、そう落ち込むな。エルザに今度会ったら、ワシからも言っておこう。あの子が黙っていたのも悪いんだ。それに、お前だって、殺されかけた相手が目の前にいたら、正気ではいられんかっただろうからな」


「察していただき、ありがとうございます……」


 セラスは項垂れたまま、そう言った。その瞳には涙が光っているように見えた。


「それで、マリルはどうしているのだ?」


「別室で治療しておりますが、今はおとなしくしております」


「エルザに斬られた腕はどうなったのだ?」


 そう聞かれたセラスは、小さく首を振った。


「随分と血を流しましたが、なんとか一命はとりとめました」


 セドリックは小さく唸った。


「惜しい剣士なんだがな……隻腕で護衛は難しいか。……いいかセラス。秘密通路は王族の脱出路。そこへマリルが入ったとなれば、彼女は死刑となる。……ワシらだけの胸にとどめて、決して他言してはならんぞ」


 セラスは青白い顔をして頷いた。


 その時、扉がコンコンとノックされた。


「入ってくれ」


 すると執事のカールが入ってきて、セドリックやエドガーへ告げた。


「ご報告がございます。エルランディ様がお目覚めになられました」


 この報告に、三人はソファから立ち上がった。


「なんだって!」


 三人はしばらく固まっていたが、顔を合わせて頷いた。


「すぐに、エルランディ様のお部屋へ向かおう」


 三人は慌てて立ち上がると、部屋を飛び出して行った。





 秘密通路を抜けたエルザとジョーは、粗末な幌馬車で草原地帯を走っていた。


 とりあえず、今は山深い奥地にある村、ブラストへ向かうことにした。腕に刻まれた謎の呪印……。これを取り除く術者がブラストにいると聞いていたからである。


 そこは神の廊下と呼ばれる秘境の渓谷。二人はそこへ向かって馬を走らせた。


 エルザは右目の包帯が隠れるように髪型を変えて、馬車に揺られていた。


 王宮を出るとすぐに、町医者に治療をしてもらったが、エルザの視力が回復することはなかった。


 そのことをジョーはひどく気に病んで、何度もエルザに謝った。


「もうやめてよジョー。仕方がなかったのよ。……あんまりしつこく謝ったら怒るからね。その話はこれっきりにしましょう」


「でも、それではエルザに顔向けできない」


「じゃあ、あなたが私の右目になってよ、ジョー。早く元気になって、私を守って。それから、あなたが元気になったら、剣の相手もして欲しいのよ。まだ、片目で剣を振る感覚がつかみ切れていないから」


 ジョーはエルザをじっと見た。エルザの言葉を聞いて、ジョーは少し、胸に熱いものを感じていた。


 その日の晩、エルザたちは、山の中で見つけた洞穴で眠ることにした。


 王都からしばらく離れるまでは、足が付かないよう野宿で移動するつもりなのである。


 エルザは、街で買い込んできた食料で、簡単な調理を始めた。そして、買ってきたワインをグラスに注いで二人で飲んだ。


「……エルザは、こういったワインを良く飲むのか?」


「ううん、普段は飲まないけど……王宮では色々腹の立つことが多かったから、少し飲みたい気分なのよ」


 ジョーはそれを聞いて少し笑った。そして、焚火の灯りでワインを透かして見たりした後、ワインを口に入れた。


「結構、濃いものなのだな」


 エルザも首を縦に振りながら、ワインを飲み下していた。


「ほんとね。私の先生も良くお酒を飲んでいたわ。でも、そんなに美味しいものでもないわね?」


「ははは、俺は酒に詳しくはないが、酒の種類によって味もアルコールの強さも違うみたいだ。酒ならなんでもいいやつもいるし、特定の酒しか飲まないやつもいる。まあ、リラックス出来れば、なんだっていいさ」


「そうよね……じゃ、今晩はゆっくり眠れるかしら? 最近、気が張り詰めることばっかりだったから」


「ああ。きっと眠れるさ。きっと疲れが溜まっているんだろう。早く休むといい」


 そうは言ったものの、ジョーは自分が眠れるかどうかわからなかった。随分とマシになったとはいえ、まだ、あの悪夢は毎晩続いている。しかも、今日はエルザが近くで眠っているのだ。


(眠っている間に、変なことを叫んだりしないといいのだが……)


 ジョーは、そんなことが気になって、余計に眠れなかった。


(それならむしろ、眠らず朝まで起きていようか?)


 そんなことも考えたりしたが、エルザは体を休めるよう、しつこかった。


 その晩、エルザとジョーは、洞穴の奥に毛布を敷いて寝た。エルザが一番奥で寝て、ジョーは少し離れて入り口側で寝た。


 ジョーは、少々ワインを飲んだせいもあるが、しばらくすると眠りに落ちていた。


 その日のジョーは、心穏やかだった。もしかしたら、今日はゆっくり眠れるかもしれない。そう思いながら眠りについたのである。


 だが、その日もまた、ジョーは悪夢の中にいた。……今度はジョーが殺した騎士の遺族が、夢の中に現れて来たのである。


 夢の中で、ジョーは控室の椅子に、ロープで縛り上げられていた。


 そして、その周りに騎士の遺族とともに、骸骨と化した騎士が亡霊となって付き添っているのだ。


「よくも私の息子を殺したなジョー!」


「一体、何人殺したんだ!」


「返事をしろジョー!」


 夢の中の亡霊は、そう言って、無抵抗なジョーに対して、剣で突き刺していく。


「ぐうううあっ……」


 今日の亡霊たちは、いつもより執拗にジョーを攻撃してきていた。


 その、無間地獄のような責苦が繰り返され、これまでにない数の亡霊が、ジョーの体を切り刻んでいく。


 そんな責苦が永遠に続くかと思われた頃、気が付くと、ジョーは貧しい村の広場に横たわっていた。


「ここは一体、どこだ?」


 ジョーは顔を左右に振って、あたりを良く観察してみた。するとそこは、かつて自分が幼い頃に暮らしていた村だった。


「これは……俺の生まれ故郷か?」


そして、ジョーは自分の両手を見て、さらに驚いていた。手が小さいのだ。


「これは……俺の体が縮んでいるのか?」


 ジョーは全身を触ってから、自分の顔や髪などに触れた。どうやらジョーは、子供の姿になっているのだ。


「ここは、俺の過去の記憶なのか?」


 ジョーは寒気をもよおした。子供の頃に経験したおぞましい、村での出来事を思い出したからである。


 周りを見渡すと、そこには、知り合いの村人や友達、そして家族がいた。


 自分を愛してくれた父と母。かけがえのない兄弟たち……


 そこへ、村外れから盗賊の一行が押し寄せて来るのが見えた。


「みんな逃げろ! 盗賊が来た! あいつらはお前らのすべてを奪って、最後には殺されるぞ!」


 だが、その声は村人たちには届かなかった。


「この悪夢め! 亡者に俺を殺させるだけでは飽き足らず、この記憶を掘り起こす気か!」


 夢の中で椅子に縛られたままのジョーは、体を揺すって縛めを解こうとした。だが、縛めはジョーを拘束して離そうとはしない。


 村に火が放たれ、燃え盛る炎の中から村人の悲鳴が聞こえる。


「ああ! 憎々しいあの記憶を呼び覚ますとは! これこそ悪夢と言わず何と言うか! くそっ! 俺からすべてを奪った盗賊め! もう二度と見たくない! 消せっ! 消してくれっ!」


ジョーは思わず耳を塞いだ。


すると、燃え盛る炎の向こうから、ベルネージュの姿が浮かび上がった。


「ハハハハ、ジョー! そろそろこっちへ来いや? もう限界やろ?」


ベルネージュの背後から、盗賊たちが押し寄せて来る。盗賊は、ギラリと剣を抜いて村人や家族を殺し始めた。絶叫と悲鳴が、ジョーの耳に突きささってくる。ジョーの大切な人たちが、ジョーの目の前で虐殺されていく。


「やめろ! その人たちは!」


 身動きの取れないジョーを後目に、盗賊たちは殺戮を繰り返す。


 これは地獄だ……これこそ地獄の光景。


「やめろーっ!」


 ジョーは、気が狂いそうになっていた。


「あーっ! うわーっ! 嫌だああっ! やめてくれっ! 俺の両親を、家族を、友達を殺さないでくれ!」


 ジョーはその時、血の涙を流しながら叫んでいた。





 夜中、突然、悪夢にうなされ始めたジョーの姿を見て、エルザは飛び起きていた。


 これまでも、ジョーのうなされているのを見たことがあったが、これほどまでに取り乱したのを見たのは初めてだった。


 これが、ベルネージュの妖術なのだろうか。いずれにせよ、今日のジョーの苦しみ方は、鬼気迫るものがあった。


「ジョー、落ち着いて! 目を覚ましなさいジョー!」


 エルザは引っ叩いてでも、正気に戻そうとジョーの両肩を押さえつけてみたが、その時のジョーの顔は、幼い子供が親の庇護を求めて泣いているような、とても弱々しいものだった。


「ジョー……あなた一体……」


 エルザはそんな幼子のような顔をしたジョーの頬を、引っ叩くことなど出来なかった。


「ああ……母さん、父さん……助けて……」


 その悲しげに庇護を求めるジョーの涙を見て、エルザは思わずジョーの顔を、自分の胸の中へと抱きしめていた。


 ジョーは、エルザの胸に顔をうずめて、いつまでも泣きじゃくっていた。エルザは根気良く、ジョーが落ち着くまでジョーを胸に抱いた。


 やがてジョーは弱々しくエルザの身体に手を伸ばし、その柔らかな胸に手を触れた。


「温かい……」


ジョーは涙を流しながら、そう呟いた。





 ジョーはまだ、悪夢の中へいた。


 己が切り裂かれるよりもっと辛い、悪夢である。


「もうやめてくれ! 俺を、俺を殺してくれ! 俺はもう、これ以上、この惨劇を見ていられない!」


 子供姿のジョーはそう叫んで、涙を流した。


 すると、亡者たちはジョーの方を見た。


 そして、ゆっくりと、ジョーの元へと集まっていく。何体もの亡者が幾重にもジョーを取り囲み、そして、ジョーの身体を掴んでいく。


 そして、一番前にいた鎧を着た骸骨が、ジョーの首筋に先の尖った指先を突きつけて言った。


「終わりだジョー」


 そう言って、亡者たちがジョーの肉を掴み、それを引き裂こうとした時、突然、七色に輝く虹のような光が、目の前に広がっていった。


「うわっ! なんだこの光は!」


 亡者たちは、その明るさに耐え切れず、光に背を向け、両手で顔を隠した。


 しかし、その光は段々と輝きを増し、虹色はグルグルと混ざりあって白となり、丸い円の形を取って周りを照らし出したのである。


「うがあああっ!」


「やめてくれ!」


「身体が、き、消える……」


 亡者たちは、口々に叫びながら、ジョーのそばから離れだす。闇が遠ざかり、光はますます輝きはじめ、ジョーの周りを明るく照らしていった。


「うわ……」


「か、体が……」


「消えてゆく……」


 亡者たちは絶望の形相で、その光から逃れようとしているが、もはや逃げる余地などどこにもなかった。ジョーの周りには光があふれ、ポカポカと暖かなぬくもりだけがジョーを包んでいった。


「なんだこの安らぎは……そしてこの温もり……」


 ジョーはこれまで感じていた身体の緊張が解け、脱力していくのを感じていた。


 そしてジョーは、柔らかで丸い光に誘われ、吸い込まれるように突き進んでいった。


「なんだか瞼が重い……だが、嫌な感じではないな……俺は……そこへ向かえばいいのか……」


 ジョーは目を閉じて、右手を伸ばした。すると何やら温かいものに飲み込まれ、そして安心感のような穏やかな、さざ波のようなものに包まれていくのだった。


 そして、その波に誘われ、ジョーは丸い光の中へと飛び込んでいく。


 その瞬間、ジョーの眼前は真っ白な光で一杯となって、身体の中まで光で満たされていった。





 ジョーが目を覚ますと、ジョーは真っ暗な中で、毛布にくるまって横たわっていた。


 そして、身体の左半身に柔らかな温もりを感じて、毛布の中を覗いてみると、そこには赤い髪をした女の白い肌が見えたのである。


(エ、エルザ?)


 二人とも一糸纏わぬ姿である。ジョーは動揺し、赤面した。エルザはジョーの胸に頭を乗せて、スウスウと眠っていた。


 いくら鈍いジョーでも、昨晩何があったか想像はつく。


(つまり、俺とエルザは……)


 ジョーはエルザの柔らかい体の丸みを感じながら、優しげな視線をその美しい顔へ落とした。


「エルザ……また、お前が俺を救ってくれたんだな」


 ジョーは、なんだか晴れ晴れとした気分で目覚めていた。心の傷が全部塞がったかのような、そんな満ち足りた充実感があった。あれほど苦しめられた悪魔の呪縛が、エルザと結ばれたことによって、すっかり解放された気するのだ。


 ジョーは恐る恐る、エルザの髪に触れた。艶のある美しい髪だ。ジョーは一房の毛束を指先でつまんで、しばらくそれを眺めていた。


「ジョー。起きたの?」


 急に声をかけられて、ジョーはどぎまぎしてしまう。


「ああ、今しがたな……」


 エルザは身体を回して、上目遣いにジョーを見ると、ジョーはその瞳に心が射られたようにドキリとした。


「酷くうなされていたけど、大丈夫なの?」


 そう言われて、ジョーは優し気な微笑みをエルザへ向けた。


「ああ。俺はもう大丈夫だ」


 ジョーがそう言い切ると、エルザはニッコリと微笑んだ。ジョーは、エルザの髪に触れた。


「……夢の中で、俺は心が打ち砕かれそうになっていた。あの、妖術師にかけられた呪いが、心に楔のようなものを打ち付けていたのだろう」


 ジョーは髪に触れていた手を、エルザの右頬へと滑らせ、優しく触れた。


「だか、突如、白い光に包まれて、俺は救い出された。それが何なのか、俺はわかっている」


 ジョーはジッとエルザを見た。


「お前と結ばれたことで、俺の心の楔が外れたのだろう……」


 エルザは黙って話を聞いていた。


「エルザ。俺はお前を愛している」


「愛しているって、どういうこと?」


「俺は馬鹿だからうまく言えないが、どんなことよりも、お前のことを大切にしたいと思っている」


「じゃあ、そんな大切な私がもし壊れそうになったら、あなたは私のことを守ってくれるわけ?」


「ああ。この先何が起きようとも、俺はお前を守ると誓おう」


 エルザはジョーの胸に顔を埋めながら、上目遣いにジョーを見た。


「こんな片目の女だけど、いいのかしら?」


 するとジョーは大真面目な顔をして言った。


「何を言う。それは、お前が俺を守ろうとして負った傷じゃないか。愛おしさを感じこそすれ、嫌いになどなるはずがない」


 エルザは再び、ジョーの胸に顔を伏せた。


「ジョー。守ってよ。本当の私は、見た目よりずっと弱いの」


 そう呟くエルザの頬へ、ジョーが無骨な手の平を添えると、エルザは顔を上げてジョーをジッと見た。


「ああ、任せてくれ。俺がお前を守ってやる」


 その言葉を聞くと、エルザは再びジョーの胸に顔を埋めて、ふふふと笑った。


「それって、あなたが言うと世界で一番、頼もしく聞こえるわ」


 エルザはそう言うと、身体を起こしてジョーへと抱きついていた。ジョーも、思わずエルザをそっと抱きしめた。


「見て、ジョー」


 エルザの言葉に、ジョーは洞窟の入り口へ目を向けた。そこには、オレンジ色の朝日が差し込んできているのだった。


 エルザとジョーは思わず立ち上がると、二人一緒に毛布を纏った。そして裸足のまま、洞窟の入り口へと寄り添いながら歩いて行く。


 暗い洞窟からオレンジ色に輝く外へと、二人で足を踏み出したのだ。そして、輝く朝日を眺めながら、エルザはジョーの腕を握りしめた。


「ジョー。もう一度口づけをしてちょうだい」


 すると、昨日のことをあまり覚えていないジョーは、ドギマギしたが、ぎこちなく、エルザの唇へ、己の唇をそっと触れさせた。


 エルザはそれが不満だったのか、ジョーの首筋をグッと掴むと、強く顔を抱き寄せた。そして、強く、ジョーの唇を吸ったのである。


 ジョーは驚いて目を丸くしたのだったが、やがて彼自身も目を閉じて、エルザの背中に腕を回した。朝日はそんな二人を、暖かくオレンジ色に照らし続けるのだった。



このお話全30話、すべて書き終わりました。

毎日更新しておりますが、このままいくと25話の更新が5/31になります。

コンテストに応募している関係上、6月1日に、残り26話から30話まで一気に掲載したいと思っています。

毎日更新で読んで頂いている方には、お話の順序等ややこしくなり申し訳ございませんが、よろしくお願いします。

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