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【完結】剛腕のエルザ  作者: 平ミノル
18/30

第18話 乱入

 


 レイはL字の剣を振り上げながら、正面からエルザへと斬りかかってきた。


 L字形なので、直剣よりもリーチが短い。斬り合いには向いてない剣だとエルザは思った。だがなぜ、L字型である必要があったのか……そこにレイの、初見殺しの秘密が隠されているのかもしれない。


 エルザは相手の出方を見て勝負するつもりで、剣を中段に構えた。


「こっちから行かせてもらうそ!」


 レイがエルザ目掛けて駆け寄ってくる。L字型をした刃は、クルリと回すだけで、剣先の向きが大きく変わる。そんな奇妙な剣さばきは見たことがない。


 どこから刃が飛んでくるかわからない中、エルザはそれを慎重に見定め、躱しながら斬るという攻防一動作に徹した。


「ほほう。動きが違うな。言うだけのことはある」


 そう言うとレイは、怪我をした左足側を攻めてくる。だが、エルザは動かない左足を軸にして、体捌きのみで男の斬撃を躱し、前に出ながら攻撃の手を緩めなかった。


 熟練の剣士同士の戦いは、一瞬たりとも油断はできない。


 技と技との、しのぎ合いなのである。


 そしてレイに一瞬の隙が見えた時、エルザは痛い足を前へ飛び出して、男へ斬りかかっていった。


 その時である。突如、レイが横殴りに剣を振ったかと思うと、その勢いで刀身が外れてエルザの元へ飛んで来たのである。


「うわっ!」


 エルザは剣を顔の前に掲げて、その刃をガツンと受けると、そのままのけぞるように後ろへ倒れていった。そしてそのまま地面へと転がり、ひとつ前回りをするとそのまま立ち上がった。


 レイが一文字に振ったその刀身は、まるでブーメランのように弧を描いて、元の場所へと帰って行った。


「足を怪我している割には動けるじゃないか」


「なぜこんなに、ブーメランの軌道を制御できるんだっ」


「フフフ、それが魔導の力よ」


 男はもう一度、ブーメランの斬撃を放ってきた。


 エルザはそれを当然のように躱したのだったが、その躱した先に小型のブーメランが二枚飛んで来ていたのである。


「ぐぁっ!」


 エルザは二枚の小型ブーメランと接触し、右腕と背中を少し斬り裂かれてしまった。あの大振りな刀身ブーメランは囮だったのか……。


 二枚のブーメランは、それぞれの大きさが違っていて、それぞれの軌道も異なっているようだった。


 エルザは苦痛に顔をしかめた。


「ようやく当たったな」


 レイはL字剣を上段に構えた。


「エルザ、俺の魔導剣は血に飢えている。お前もこの剣の糧となれ」


「冗談じゃないわよ!」


 その時、ゾロゾロと大勢の人が走り寄ってくる足音が耳に入った。エルザが顔を向けると、さきほど降下してきたレイの仲間たちである。


「レイ様…お待たせしました」 


 八人の部下が、レイの前へ並んだ。それを見たレイはニヤリと顔をゆがめた。


「ようし、お前ら……あの女に魔導の怖さを教えてやれ!」


「ハッ!」


 すると男たちはバラバラっと散開した。


「な、なんだ一体!」


 囲まれるのを恐れたエルザは、足を引きずりながら走りだした。そして、近くにあった大きな岩を見つけると、そこへぴったりと背中をつけて剣を構えた。


 男たちはすぐさま追いかけてきて、エルザと大岩を中心に、二〇メートル程度の距離を取りながら、円を描くように取り囲む。


「やれ!」


 レイが手を上げて合図すると、男たちはマントの中から一メートルほどの棒を取り出し、地面へ突き刺す。 エルザを中心として、等間隔に八方向、棒が立てられたのである。


「なんなの、この人たち……」


  男たちの行動は謎すぎた。エルザは冷や汗を流した。


 しばらくすると、その突き刺した棒からブオオオオ……という謎の音が響き始めた。


すると、棒で囲まれた一帯だけが急に暗くなってきたのである。


「ええっ? なんで暗くなってるの?!」


エルザ脂汗を流しながら、周囲を見回した。


視界がどんどん暗くなっていく。


「これが妖術? それとも幻術なの!」


  エルザが驚く間もないまま、暗闇はどんどん深くなっていった。そして、とうとう、影すら見えない漆黒の闇となったのである。


「ああ、見えない……全く、何も見えないっ」


 エルザの周りは完全な闇となった。彼女は自分の顔の前で、手のひらをフルフルと振ってみたが、それすら見えないのだ。


 エルザは両手を広げて岩に密着する。背中に触れている、冷たい岩だけが真実のように思えた。


 ブオオオという音が、敵の足音や息遣いを隠していたる。そんな音に混じって、レイの声だけがクリアに聞こえてくる。


「フフフ、怖いか……怖いだろう。耳と目を塞がれては、どこから刃が飛んできてもわかるまい。だがさらに、こうなるとどうだ」


 レイの笑い声とともに、暗闇の奥から、金色に輝く蝶がヒラヒラと現れた。


 それはだんだんと増えて十六匹となり、エルザの周囲に金色に輝く鱗粉をまき散らして、また暗闇に消えていった。


「なんなの、これ!」


 エルザはすぐに袖口で鼻を覆ったが、少し遅かったのかもしれない。妙に鼻の感覚がおかしいのだ。


「ちょっと吸ってしまったのかしら……」


 しびれ薬なのだろうか。エルザの鼻が全く利かなくなった。エルザは何度も鼻をスンスンと吸ったが、何も臭いを感じない。


「ああっ、何なの? 鼻がおかしい……もう! 気でも狂いそうだわ!」


 妙な音が鳴り響く暗闇の中で、鼻がしびれたエルザは、もう何を頼りに戦えばいいのかわからなかった。


 エルザはふと、背中に貼り付いている冷んやりとした感覚を思い出した。そして

血で濡れた右腕を指で触れた。


「そうだっ!」


 エルザは暗闇を凝視する。そして、ブーメランで傷付けられた腕を高く上げてみた。


「感じる……感じるぞっ!」


 エルザは血で濡れた腕に風が当たって、冷んやりとするのを感じていた。


 エルザは深く呼吸をした。そしてゆっくりと息を吐きながら、呼吸に集中していく。


 痛みの感覚が消え去り、全身の毛穴が総毛立った。


 皮膚に付いた汗や血が、風の動きを僅かに感じている。


 エルザはその風の動きをイメージしていった。すると、さっきまで、エルザを苦しめていた金の蝶が舞うのを感じる。


 金色の鱗粉の残り香が、微かに風に舞って、ゆらゆらと揺れている。エルザはその僅かなゆらぎを肌で感じながら、全神経が剣となったかのように集中した。


 目の前で舞っていた金色の蝶が左右に逃げて、金の鱗粉が激しく揺れるのを感じた。


 エルザが思わず剣を前に突き出すと、ガキーンという音を立てて、硬い金属を弾き飛ばした。


 エルザは頭を大げさに下げた。


 するとブンという風が頭の上を通過する。


「でええいっ!」


 エルザは剣を横に振って、そのまま飛び下がった。その時、ザクッと肉を斬ったような感触を覚える。


「ううっ!」


 男の呻き声が聞こえて、二匹の蝶がバッと散った。


 ブオオオという音が耳を塞ぐ。


 その音とともに、蝶がパッと散開して、くるくると暗闇を舞う。


 エルザは岩に背中を着けて、剣先を前に向ける。目を大きく見開いて、荒く肩で呼吸した。


 暗闇を凝視していると、金に輝く鱗粉が、渦を巻いてエルザへ迫って来た。


 エルザはその鱗粉の渦を避けるように飛ぶと、その渦を剣で切った。


「ぎゃあああ!」


 男の悲鳴が鳴り響いたかと思うと、周囲はまた暗闇に戻る。


「えええい、何だ何だ、視覚も聴覚も……嗅覚まで奪ったというのに、なぜ戦えるのだ!」


 苛立ったレイの叫び声が聞こえる。


「こうなったら、俺が止めを刺してやろう。いいか、ようく見ておけ」


 暗闇の中から、レイの声が聞こえたかと思うと、前方から金色に輝くブーメランの刃が飛び出してきた。


「ああっ……何なのこれはっ!」


 目の前に迫ったその金色の刃を、エルザは剣で受け止めたが、その瞬間、強烈な電撃が体中を駆け巡った。


「ぎゃああっ!」


 エルザは雷に撃たれたような衝撃に震え、後ろへ跳ね飛ばされた。そして岩へ背中をぶつけると、そのままズルズルと……岩を背にしたまま座り込んだ。


 エルザは心臓が止まったかのような衝撃に苦しみ、呼吸困難に陥って胸をかきむしった。


「ああ……もう駄目だ……」


 エルザは口をパクパクしながら、必死に起き上がろうとした。岩で背中ごとぶつかった時、額に怪我をしたのか、血が流れ出てきた。


 突然、ブオオオという音が鳴りやんだ。


 エルザも呼吸が出来るように回復してきたので、荒く息を吐きながら耳を澄ました。汗が滝のように噴出する。


 エルザはもう、限界だった。指を動かす力すら残っていない。


「さすがはレイ様……お見事でございます」


「油断するな。そんなセリフはエルザの命を奪ってからだ」


 エルザの周囲に、大勢の足音が聞こえてきた。その足音は次第にエルザの元へ近づいてくる。


「おい…止めをさしてやれ」


「はっ」


 暗闇の中で、カチャリと剣を構える音がする。


「さよならだ、女」


 ふりかぶった男の剣がエルザを突き刺そうとした時、一陣の風が吹いて男の側頭部へ、棒のようなものが突き刺さった。


「なあああっ!」


「どうしたっ!」


 その瞬間、暗闇がパッと晴れた。


 眩しく光る太陽の日差しが、エルザ目に突き刺さった。


「幻術が解けたのか!」


  エルザは薄目で周囲を見渡す。すると、目の前には、倒れゆく男がまき散らす血しぶきが、強風に煽られて霧のように舞っているのが見えた。


 驚く間もなく、エルザとレイやその部下兄弟たちの間へ棒がもう1本飛んできて、地面へと突き刺さった。


 レイたちは慌てて一歩、後ろへ飛んだ。そして棒を投げた男を睨みつける。


「誰だお前は!」


 レイたちは歯を剥いて叫んだ。


 一体誰が助けに来てくれたのかと……エルザは額から流れる血を袖口で拭ってから目を向けると、一瞬にして血の気が引いてしまった。


 そこへ現れたのは、黒い鎧を着た男、ジョーだったのである。


 無理無理。


 この魔導剣士たちに加えて、さらにジョーなんて……。


 いくらなんでも、絶望的である。


 エルザは青くなっていた。


 エルザは額から流れる血と汗を手で押さえながら、ジョーの姿を見ていた。


 一瞬、助かったと思ったのに、それは寿命が数分伸びただけ……というだけのことだったのだ。


「よそ者が、余計な口を挟むんじゃねえ」


 レイの部下たちがそう罵ったが、ジョーは表情を変えず、鼻で笑い飛ばした。


「お前の事情など俺には関係ない。お前こそ引っ込んでろ! この女はもともと俺の獲物なのだ。お前には渡さん。どうしても譲れんというのなら、先に俺が相手になってやる」


 ジョーの発言に、レイたちは凍りついた。


「なんでそうなるんだ、この馬鹿! お前の女なのかよ!」


 ジョーは無言で首を振った。


「勘違いするな。この女は稀に見る強い剣士。……俺はこの女との決闘を希望しているのだ。お前らが正々堂々、美しく戦うのであれば俺は口出しはせん。しかし、なんだお前たちの戦い方は。手負いの女を九人がかりで嬲り殺すなどと、不細工な……とてもじゃないが、見ていられなかったぞ」


 それを聞いて、レイは激怒していた。


「何を勝手なことを言ってやがる! そんなつまらん美学を披露するために、俺の部下たちを殺しやがったのか!」


 するとジョーは、鼻で笑った。


「止めようと思って、けん制で投げた棒なのだがな。……そんな適当に放り投げた、武器でもないただの棒にやられるなんて……貴様の部下がドジなのだ」


 ジョーの言い分に、レイは怒り狂った。


「可愛い部下を殺しておいてその言い草……もはや生かしておくわけにはいかん! お前を先に始末してくれるわ!」


 レイは片手を上げて合図を送った。


 レイの周りに六人の部下が並んだ。見渡すと、地面に二人倒れている。エルザはあの状況で二人倒していたのである。


「やれッ!」


 レイが手を上げると、男たちがトリッキーな動きをしながら小型のブーメランを投げた。


 だがジョーは、両手に持った斧でそれらすべてを払い落とす。


 そして、そのまま流れるような動作で一人のもとへ駆け寄ると、斧の一撃で胸を割った。


「あああっ!」


 男の絶叫が鳴り響いた。


 その男は手に持っている剣をポロリと落とすと、そのまま地面へゆっくりと倒れる。だが次の瞬間、少し離れた場所にいた二人の男も地面へ倒れていた。そして二人の胸には、ジョーが投げた斧が突き刺さっていたのである。


 レイは青くなっていた。


 瞬く間に三人が死んだのである。


 レイがジョーを睨みつけていると、ジョーはゆっくりと歩きながら、地面に突き刺さっている棒を二本、引き抜いた。


「よくわからんが、お前たちのからくりはこの棒なのだろう」


 ジョーはそういうと、抜き取った二本の棒を両手に持ちながら、近くにいた三人の剣士に向かって走り出した。


「おのれ、よくも仲間を!」


 魔導剣士たちは、剣を振り上げてジョーへ斬りかかっていくが、ジョーはそれをヒョイヒョイと躱して、両手の棒で叩きのめしていく。


 殴られた魔導剣士たちは、ジョーの強烈な打ち込みの圧力に耐えきれず、剣で防御するのだが、その重い衝撃に、後ろへ跳ね飛ばされていた。


「ええい、お前らそこをどけ! 俺が止めを差してやる!」


 レイはそう言うと、L字剣を横向きに構えた。そして、そのまま横一文字に振りかぶった。先ほどエルザを倒した電撃の刃を出す構えなのであろう。刃がブーンと音を立てながら黄金色に発光し始めた。


 しかし、ジョーはそれを避けるそぶりも見せず、レイに向かって走り出していた。


 レイが横一文字にL字剣を振ると、刃の先から黄金の光が飛び出したのである。


「ええいっ! 死ねぃ!」


 するとジョーは、手に持っていた棒をレイに向かって投擲し、地面へと突き刺した。すると、レイが放った金色の刃は、その棒へ吸い込まれるように当たって、バリバリバリッ! と火花を飛ばした。


 それは、まるで雷が落ちた避雷針のように棒を光らせ、地面へと落ちていったのである。


「なんだと!」


 レイが驚いて、構えを取り直そうとした時、ジョーの振り下ろした棒が、レイの鎖骨あたりを強く打ちつけた。


「ぐあっ!」


 岩でも落ちてきたような重い衝撃に押しつぶされ、肩の骨がバキバキと音を立てた。


「ぐううっ!」


 レイはその重みに耐えきれず、膝をついてしまった。そして顔を上げた時、棒を大きく振りかぶったジョーの姿が見えた。


「ああ、まさか、こんなことになるとは!」


 絶望に顔を歪めたレイのもとへ、ジョーの棒が猛烈な速度で打ち下ろされた。


 レイがやられるのを見て、一人の男が逃げようとしていたので、ジョーは、レイを殴った血だらけの棒を投げた。すると、その棒は男の背中へ突き刺さり、ギャアアという絶叫が響き渡る。


 そして、その絶叫が終わるころ、ジョーは残った二人の元へと走り迫ったので、彼らは仕方なく、剣を振り上げてジョーへと斬りかかった。


 両手に武器を持っていないジョーは、迫りくる刃をかいくぐって、重い拳を相手の頭蓋骨へ叩き込む。


「ぐはっ!」


 殴られて倒れこむ男の影から、もう一人の男がブーメランの刃を飛ばしてくる。


 だが、その時には、ジョーは太い鎖を取り出していて、ビュンビュンと振り回しながらブーメランを打ち落とした。


 そして、その鎖をそのまま男に向かって飛ばすと、鎖は男の首へ蛇のように巻き付き、ギュルギュルと音を立てながら締め上げた。ボキボキッと首の骨が嫌な音を立てる。


「ぐわあああ……」


 男は固く巻き付いた鎖に指をかけたまま……地獄のような顔をして絶命していた。


 あっという間だった。


 エルザは呆然としながら、ジョーを見上げた。


 それからジョーはゆっくりと、エルザの元へと歩いていった。エルザは額の血を拭うと、力なく薄っすら目を開けながらフッと笑った。


「あなた、本当に強いわね」


 だが、ジョーからの返事はない。


 ジョーは兜を脱いで、小脇に抱えた。


「ひどい怪我だな……」


 意外なことに、ジョーは男らしい顔をしていた。眉は太く、目は切れ長で、黒い髪が汗でキラキラしている。他の盗賊のように、悪者特有のオーラみたいなものは感じられなかった。


「ええ、お陰様でね」


 エルザがそう言うと、ジョーは、懐から布切れを取り出し、ポイと放り投げてきた。布を開いてみると、革袋に入った水と痛み止めの薬草を刻んだものが包まれてあった。


 エルザはびっくりして、ジョーの顔を見た。


「これは……?」


 エルザは尋ねるような顔つきでジョーを見た。


「血を拭いて……薬草を傷口にあてるんだ。血止めになる」


 エルザはきょとんとして、ジョーを見ていた。


「くれるの?」


「ああ……。今のお前はひどい怪我だぞ。そんな調子で怪我をされちゃ、いつ、俺と戦えるのかわからないからな」


 エルザは、ジョーの顔を覗き込むように見た。ジョーはエルザの前にしゃがむと、腫れた足を確認した。


「少しブーツを脱がすぞ」


「変なことしない?」


 するとジョーはジロリとエルザを見た。


「バカなことを言うんじゃない」


 ジョーはそう言うと、慎重にブーツを脱がせた。そして分厚いステーキ肉のようなものを取り出すと、エルザの足に貼り付け、包帯でグルグルと巻いた。


「馬肉を酒で漬けたものだ。湿布の代わりになる」


 その姿を見てエルザはフフッと笑った。


「やっぱり、私と戦いたいわけ?」


「ああ。もちろんだ。ちゃんとケリを付けたい」


「私じゃ、あなたに勝てないのに?」


「そんなことはない。お前は、他の誰よりも強かった。……現に俺を傷付けている」


「あれは、マグレよ」


 そういうと、ジョーは鼻をフンと鳴らした。


「でもね、あなたと戦うには、条件が一つあるの」


「条件?」


「ええ。一つだけ、条件を付けさせて」 


「俺の斧を一本にしろとか……そういうことか?」


 するとエルザはフルフルと首を振った。


「そんなこと言うわけないでしょう……私がいう条件っていうのはね、あなたに手伝ってほしい事があるのよ」


「手伝うだって? なんで俺がお前の手伝いをしなくちゃいけないんだ」


「だって、あなたと戦ったら、多分、私は死んでしまうわ。だからその前に、どうしてもやらなきゃならないことがあるのよ」


 ジョーはしばらく黙り込んでいたが、しばらくして重い口を開けた。


「その手伝いとはなんだ」


 エルザは荒く息を吐きながら、顔を上げて、ジョーを上目遣いで見た。


「私、近々メラーズ男爵家を襲撃するのよ。手伝って」


「なんだと!」


 ジョーは目を剥いてエルザを見た。


「メラーズはやめておけ。命がいくつあっても足らんぞ」


 するとエルザはじっとジョーを見つめた。


「知ってるわ。夫人が妖術使いなんでしょ?」


「知っているならなぜ、襲撃などするんだ」


「親の仇なのよ」


 すると、ジョーは無言で押し黙った。


「八年前、私は山奥にある樵の村に住んでいたの。私の父さんは樵だったのよ。だけどある日、盗賊たちに襲撃されて……みんな火に焼かれて死んだわ。その時、村を焼いていたのが……メラーズ男爵夫人……つまり妖術使い、ベルネージュだったのよ」


 ジョーは驚いた顔をしながら、エルザを見ていた。そして、眉間に皺を寄せながら少し俯いた。ジョーは沈黙した。


 その沈黙はしばらく続いたが、やがて顔をあげると、エルザの顔を見て大きく頷いた。


「いいだろう。手伝ってやる」


「ほんとに?」


「ああ……本当だ」


 エルザはニコリと笑った。


「ありがとう……ジョー」


 するとジョーは、ポケットから何かを取り出してエルザへと投げた。


「気休め程度にしかならんが、無いよりはマシだろう。痛み止めも入っているから飲んでおけ」


 その箱は携帯用の薬箱だった。


「優しいのね」


 エルザがそういうと、ジョーはキッと睨みつけた。


「助けが来る前に死なれては困るから、渡しただけだ」


 するとエルザは首を横に振った。


「誰も助けになんか来ないわ。もうみんな死んじゃったもの」


 するとジョーはグッと押し黙った。そして、遠くの森の方へ視線を向けた。


「あの森の入口あたりに降下場の厩舎がある。そこに馬が何頭か繋がれていた。おそらく、今、襲ってきた奴らの馬だろう。迷惑料代わりに乗っていくといい」


 ジョーは立ち上がった。


「王都へはカリストを経由して行け。その方が安全だ。そこの街道を真っすぐ東だ」


 ジョーはそう言いながら、馬の方へと歩いていく。


「いいかエルザ。俺はカリストにある黄金の子豚亭という宿で寝泊まりしている。詳しいことが決まったら、そこへ連絡をよこすんだ」


 それを聞いたエルザの視界が涙で揺れた。


「ありがとう……ジョー……ありがとう」


 エルザは痛いやら、悲しいやら、助かったやらで、涙が止まらなかった。


 ジョーはそれを見ると、プイッと顔を背けて、そそくさと馬へ飛び乗る。


「メラーズへの復讐が終わったら……ちゃんと俺と勝負するんだぞ……」


 ジョーはそう言うと振り返りもせず、そのまま馬を走らせた。


 エルザはジョーが立ち去る姿をみつめる。景色が涙に揺れて、鼻がツンと痛くなった。


 さわかやな風が吹いて、エルザの頬を撫でる。


 ジョーの馬はゆっくりと遠ざかっていき、やがて森の影に消えた。


 エルザはジョーの背中を見送っていたが、ジョーはただの一度さえ、振り返ることはなかった。




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