第15話 竜巻
バクスは考えていた。
「無様に転んだとはいえ、あの剣をかわすとは……」
バクスはエルザの戦闘センスに感心していた。
腕の中で手首の旋回をコンパクトに行い、回転させながら素早く突きを放つのだが、斬る瞬間、前足を踏み出し、片手だけになって突くことで、相手が思っている以上に斬撃が奥へ伸びる……。
これこそ、秘剣・竜巻という技であった。
キラキラと光る二度の煌めき……これを見たものは必ず命を失ってきた。
「いや、一人だけ始末出来なかった男がいたな……」
それは、セドリック・バクスター。かつて盗賊の用心棒をしていた時、闘ったことがあった。
「だが、奴とて手負いになったはずだぞ。俺のつけた傷のせいで、現役を引退したという話も聞いている」
バクスは腕を組んだ。
「当たらなかったのは、あの女が初めてだ」
女だと思って油断したのか。
「俺も歳を取ったってことか……くそっ。ダンが来なければあの女を殺せていたとは思うが、なんだか拍子抜けしたな。あの女はライナーが楽しんだら殺される運命だ。惜しい腕前だが、しょうがない」
そんなことを考えながら、バクスは、ダンにエルザを担がせて、ライナーの小屋へ向かった。
女を生け捕りにしたことを伝えると、ライナーは大喜びした。
「先生! 流石ですな! いやあ、お見事、お見事……」
「……ダンが睡眠薬を塗った矢で射撃しただけだがな。まあ、まる一日は起きんだろう。あんたにゃ、それが面白くないかもしれんが」
するとライナーはニヤリと笑って、
「まあ、反応がないのはちょっと残念かもしれないが……。まあ、上玉だからそれなりに楽しめるだろう」
ライナーはそう言いながら、エルザの顎をクイッとあげて顔を眺めた。
「良い顔をしている。人相書き通りだ。派手に暴れてくれたみたいだし、礼はたっぷりしないとな」
それを見たバクスは、少し眉間にシワを寄せた。
「まあ、しかしなライナー。楽しむのはいいが、腕を縛るくらいの用心はしておけよ。剣はもってないと言ってもな、剣士って人種は油断ならんからな」
「ああ、わかってるわかってる……わかっているともさ」
ライナーはニヤついた。
「寝ている間に殺した方が良かったのではないかと俺も悩んだが……まあ、どっちでも構わん。それじゃあ、ワシらはこれで失礼させてもらうよ」
ライナーの目が、早く出て行けと言っている。
それを察したバクスは、ダンを連れて部屋から出て行った。
◆
エルザは夢を見ていた。
金髪で……青い瞳をした女の子が、エルザのそばへやってくる。
その女の子はエルザの肩までもないくらいの身長で、透き通るような白い肌をしていた。
「エルザ! エルランディ様、なんて呼び方は……私好きじゃないわ。だってなんだか他人行儀なんだもの。姉様と呼びなさい、絶対よ!」
「ああ……姉様……目が覚めたのですか……」
だが、夢の中のエルランディは、笑うだけで何も返事はしない。
「……エルザ、あなた、私の護衛騎士になりなさいよ……いい? きっとよ!」
エルランディはそういって笑う。
そうなのだ。
エルランディがそう言うから、一六歳になった時、エルザは王都へ向かったのだ。
エルザは夢の中でまどろみながら、そんなことを思い出していた。
夢の中のエルランディが、エルザへ手を伸ばして微笑みかけてくる。エルザも思わず抱きしめようとして両腕を伸ばしたが、その手は彼女に届かなかった。
「……私はね、信頼できる人に、そばにいて欲しいのよ。エルザ。あなたはそれに適任だと思うの。私を助けてくれる?」
そう言って微笑みかけるエルランディに、エルザは力強く言った。
「もちろんだわ!……王女様にこんなことを言うのは失礼かもしれないけど、ゴント村で暮らした毎日は、とっても楽しかったの……私、本当にお姉さんが出来たみたいだと思ったわ。だから私、護衛するのが姉様なら……私は命をかけてあなたを護るわ!」
するとエルランディは優しく微笑みながらエルザへと近づいてきた。
そして、今にも指先と指先が触れんばかりに近付いた時、エルランディの顔が、急に恐ろしい鬼にような顔付きへと変化した。
「エルザ! 何をしているの! 今すぐ起きなさいっ!」
◆
エルザは急に胸の痛みを感じて、薄らと意識を取り戻した。
目を見開いてみると、自分の身体の上に屈強な男が覆い被さっていて、エルザの乳房に噛みついていたのだった。エルザはすでに上半身を裸にされていて、手首は後ろ手にされて縛られていた。
(ああ……何……? 今どういう状況なの?)
男はエルザから身体を離すと、今度はエルザのズボンを脱がせにかかった。
「ピチピチしたズボンなんか履きやがって……脱がすの面倒くせえ……!」
その男はライナーだった。
彼は乱暴にエルザのズボンを脱がせようとしたが、ブーツが邪魔で脱がせるのに難儀していた。しばらく苦労しながら、ズボンとパンツを左足だけ脱がせてしまうと、右足を脱がすことは諦めてしまった。
「この薬はよっぽどキツイんだな。乳を噛んでも何の反応もねえ」
ライナーはヘラヘラ笑いながら、エルザの頬をひっ叩いた。だがエルザはピクリともしない。
エルザは内心イラっとしたが、とりあえず眠ってるフリを続けた。エルザは嫌悪感でいっぱいだったが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。この、薬で薄ぼんやりとした頭を、なんとか働かせないといけない。
逃げ出すには、色ボケしている今がチャンスなのだ。今、逃げ出さないと、体を弄ばれた挙句……最後には殺されて終わりである。
エルザは左足の指先で、右ブーツの靴裏にある刃を引き出して、つま先にそっと展開した。それは亀のようにノロい動作だった。……体が思うように動かない。根気のいる、時間のかかる作業だった。
ライナーは、人形のように反応の乏しいエルザに不満だった。
「気持ち良くヨガるか、泣き叫ぶかしてくれたら、興奮するってもんなのだが、こう無反応じゃなあ」
ライナーはエルザから離れて上がると、自分のズボンと下着を脱ぎ始めた。
「面白くねえ。もうさっさと終わらせるか」
そして脱いだパンツを投げ捨てると、エルザの両脚を左右の手で押し広げた。
その時のことだ。
エルザの右足がパッと動いたかと思うと、ハイキックのような形で、ライナーのこめかみを蹴ったのである。
「あっ!」
ライナーがこめかみを押さえると、手にベットリと血が付いた。
「な、なんだこれは!」
ライナーも、最初はそれが血だとは思わなかった。一瞬、赤い塗料か何かだと思ったが、そう思ったのもつかの間、エルザが何度も蹴り入れるので、ライナーの頭や手の甲は血で真っ赤に染まり、彼は倒れるようにエルザから離れた。
「おおお……?」
ライナーには、一瞬、何が起こったのか訳がわからなかった。目の前で布がバサリと動いたかと思ったら、自分の頭から血が吹きだしたからである。その布というのは、おそらくエルザのズボンだったのだろう。
「こいつ、なんでっ……」
ライナーが振り返ると、エルザは後ろ手に縛られたまま立ち上がって半身に構えた。
ライナーは自分の顔を撫でながら涙を流した。2度、3度切りつけられるうちに、頬と左手の甲やら、いろんなところから血が噴出している。ライナーの頭の中は怒りで一杯になった。
「てめえーっ! よくもやってくれたな!」
ライナーは血塗れの顔をあげて、般若のように睨みつけた。
その瞬間、エルザの回し蹴りが飛んで、ライナーの股間へ刃を走らせた。
「うわああああっ!」
ライナーは絶叫した。
勃起したそれは、半ばから斬り飛ばされて床へボトリと落ち、残された片割れが、泣き叫ぶかのように血を吐き流していた。
ライナーの心の中では、絶望が、次に悲しみが、そして怒りが巻き起こっていた。そんな感情が三つ巴になって、ライナーは赤鬼のような形相でエルザを睨み……そして絶叫した。
「エルザーぁ!」
ライナーの怒り様を見たエルザは、地面に落ちている大切な片割れをブーツで踏みつぶした。その途端、ライナーは猛烈にエルザへ接近し、顔と腹にパンチをねじ込んでいった。後ろ手に拘束されているエルザは、ろくに防御できるわけでもなく、その攻撃をモロに受けてしまう。
「お前――っ! なんてことを! 俺の命より大切なものに! 何て酷いことをしてくれたんだっ!」
ライナー怒りの鉄拳が、何度も、何度もエルザの身体へ叩き込む。
エルザは足捌きで躱し、太腿を上げてガードをしたが、後ろ手に縛られていては防御もままならない。だが、ライナーは執拗に殴ってくる。
エルザはたまらず、つま先の刃でライナーへ蹴りを加えていく。ライナーは、下半身から血をまき散らし、顔からは血と涙、鼻水やよだれが、汚らしく混ざりながら、謎の液体を周囲にまき散らした。
「なめやがって。なめやがって!」
ライナーは殴り続ける。
いいパンチが何度もエルザのボディへ叩き込まれた。エルザは耐え切れず、とうとう立ったまま吐いた。エルザはもうだめかもしれないと思った。
ライナーの殴る勢いが弱まるのを感じたので、エルザは顔を上げてライナーを見た。血を失いすぎたのか、ライナーの顔を蝋人形のように白く、生気を失っていた。
エルザは歯を食いしばってライナーへ体当たりすると、そのまま奥の柱まで突進した。ライナーを柱へぶつけると、彼は力なく呻き声をあげて、小さなテーブルやその上に乗っていた花瓶を倒しながら床にぶっ倒れる。
エルザも反動で弾き飛ばされて、フラフラと部屋の真ん中までヨロけた。そして、荒く息を吐きながら、目をギョロリとさせながらライナーを見た。
ライナーは、床に倒れたまま動かなかった。辺り一面には割れた花瓶の破片と、ライナーがまき散らした血しぶきでいっぱいだった。
「あんたバカなの? 被害者はこっちでしょうが!」
エルザは倒れて呻くライナーの首筋につま先のナイフを当て、トドメを刺した。
◆
エルザがボスの小屋を出ると、外は太陽も沈んで、空の端っこだけがほのかにオレンジ色をしていた。エルザは剣を片手にヨロヨロと、大きな建物へと歩いていった。そして建物に近付くと、中から話し声や笑い声が聞こえてきた。
エルザが窓からチラリと覗くと、五、六名の男が酒を飲みながら肉を食べていた。
「あの男もいる!」
エルザの目がギラリとした。
バクスだ。
だが彼は、酒を飲まずに水だけで食事をとっている。
「さすがだわ、油断しないのね」
あの男は手強い……出来れば戦わずにセラスを連れて逃げたいが、奴らの目を盗んでセラスを連れ出すのはおそらく無理だろう。
となれば、出かけていった湖賊たちが帰ってくる前に、なんとしても決着をつけなければならない。
そのうち、ダンが立ち上がって、トイレへ行くと大声で宣言している。随分と酒を飲んでいるのか、小便を我慢できなくなってきたのだろう。先輩らしき男がそれでも飲め、飲めと強要してくるので、ダンはその手をふりほどいて食堂を出ていった。
ダンはフラフラになりながら、小走りにトイレへと走った。ここのトイレに小便器はない。横長の大きな羽目板の下に溝が切ってあるだけだ。
ダンはその羽目板の前に立つと、ジョボジョボと小便を始めた。
「ああ、危なかった!」
ダンはフゥと息を吐きながら、ボケた顔をしながら肩を落として脱力する。その背後にエルザはそっと立って、足先で尻をグイグイ押した。
「はぁ……なんだよ、冗談はやめてくれよぉ……」
ダンは何の警戒心もなく、無防備に小便を続けていた。エルザはちょっと少しバカらしくなって、尻を強めに蹴り上げた。
「おい!」
尻を蹴られて飛び上がったダンは、ヒイと声をあげて振り返った。
するとそこには、赤い髪をした女が立っているわけだ。
「えーーっ!」ダンは大慌てだった。
エルザは鞘に入った剣を振りかぶっている。
「ちょっと待って、ちょっと待って、あーー痛いっ!」
エルザが尻をバシバシと二、三度叩くと、ダンは悲鳴をあげた。
エルザは叩かれながらも小便をやめないダンを見て、少しあきれながら言った。
「なにがちょっと待てなのよ。命と小便どっちが大事なの? これが抜き身の剣だったらあんた死んでるわよ」
「だって、急には止まらないんですよ~」
ダンは泣き顔でいう。
「ところであんた、私に吹き矢を撃ったやつよね?」
「ひいっ、ごめんなさい!」
「おかげでこっちは死にかけたんだけど」とエルザは凄んだ。
ダンはぎょっとしていた。
「姉さんが無事ってことは、ライナーさんは死んでしまったんですか」
エルザは腫れた顔で頷いた。
それを聞いたダンは顔を青くしたが、その頃ようやく小便が止まった。
「姉さん……命だけはお助けを……」
「それはあなたの態度次第だけどね。いい? あなたたちが誘拐してきた金髪巻き毛の女の子はどこにいるの?」
「あの、貴族の娘ですか?」
「そうよ!」
エルザは胸倉をつかんで凄い形相で睨みつけてきた。それに気圧されたダンは慌てて話し始めた。
「話す! 話しますからちょっと落ち着いてくださいっ! 話すだけじゃなくて案内もしますから!」
「知ってるんだな? ええ!」
「ああ、知ってます……知ってますとも! もちろん! 僕が地下牢へ連れて行ったんですから!」
するとようやくエルザは胸倉を掴んでいた手を離した。
「よし、じゃあ案内しなさい……ちゃんと最後まで私の用事を勤めあげたら解放してあげる」
「わかりましたよ……乱暴はよしてくださいね。じゃあ、ついてきてください……」
ダンはそういうと、大きな建物の方へと歩き出そうとした。だがその時、エルザがダンの袖口を引いて、トイレの裏に隠れた。丁度ダンが小便をしていた羽目板の裏である。
「ど、どうしたんですか」
「シッ! 誰かきたのよ」
すると、足音がだんだんと大きくなってきて、男が一人、エルザたちが隠れている方へゆっくりと歩いてきた。
バクスである。
エルザは息を飲んだ。
戦うか、このまま隠れておくか……エルザは決断しなければならなかった。
建物の方からゆっくりと、バクスが歩いてくる。
小便に来たのだろう。
エルザの心臓が早鐘のように鳴った。
バクスは便所の前に立って、キョロキョロと周囲を見回した。
「やれやれ、ダンの野郎……どこまで小便しに行ってるんだ?」
バクスはそう呟きながら、用を足し始めた。
一枚の板壁を隔てた向こうで、バクスがジョロジョロと小便をしている……。エルザは抜き身の剣を板壁に向けて構えると、勢いよく刃を突き刺した。
「おわああっ!」
バクスが小便をしていると、突然目の前の板が割れて刃が飛び出してきたのである。
バクスはのけぞるように飛び退いて距離を取ると、小便をまき散らしながら剣を抜いた。
ダンはそれを驚きながら見ていた。
「きえええぃ!」
エルザは板壁を蹴破ってバクスの前に出現すると、バクスへと斬りかかっていった。
エルザとバクス……。お互い一歩も譲らぬ速さで剣を振り、お互いがそれを見事な体さばきで躱していく。ビュンビュンと、剣が風を切る音だけがしばらく続いた後、ガキーン!と一度剣がぶつかって、バクスはひらりと飛び下がった。
エルザが振り返った時には、バクスの陰部は、すでにズボンへと収納されていた。
「なるほど、ライナーは死んだんだな」
バクスはニヤリと笑った。
「小便の最中を狙うなんて、お前本当に女か? やっはりお前は危険だな」
バクスは中段に構えた。
「……お前と初めて斬り合った時に見せた技の名は竜巻という。……この技を2回見た者はいない……。なぜなら、みんなこの技で倒してきたからな……」
バクスはエルザをジロリと睨んだ。
「いや、一人倒せなかった奴がいたな……セドリック・バクスターだ」
それを聞いたエルザは、肩をピクリとさせた。
バクスはその変化を見逃さない。
「奴と斬り合った時……俺は盗賊の親分に雇われていたんだ。そして俺は、親分を逃がすためにセドリックの前に立ちはだかった」
そんな昔語りをしながら、バクスの剣先はエルザの隙を探している。
「その時放ったのが、さっきの竜巻って技だ。俺はセドリックの野郎を殺すことは出来なかったが……風の噂じゃあ、その時の傷が原因で引退したんだってな」
するとエルザは剣先をゆっくりと下げながら、下段に構えた。そして正面からバクスの顔を強い視線で見つめる。
「先生から聞いたことがあるわ。あなたがバクスだったのね?」
するとバクスはへへへと笑った。
「やっぱり奴の弟子だったか」
バクスは興奮で胸が高鳴っていた。
これほどの剣士と斬りあえることは、そう度々あることではない。
「丁度いい、さっきはライナーに殺すなと言われて手を抜いていたが……」
バクスが剣を中段に構えて剣先をエルザに向けると、殺気を迸らせた。
「二度目はねえぞ」
エルザもまた、中断に構える。
「またもやカウンターを狙うつもりか」
バクスのつぶやきに、エルザは答えない。
ジリジリと、二人のにらみ合いが続いたが、今回もやはりバクスが先に動いた。
バクスが瞬時にエルザへ寄って、刃を前方へと伸ばしてゆく。それは円を描くように回転し、上下へと軌道を変え、エルザの体へ向かって走った。
エルザはそれを避けようともせず、逆に前へ足を一歩踏み出した。
そして、バクスの回転の外周へ触れるように剣で受けると、その斬撃をはじきながら、斜め前へ飛び出したのである。
竜巻の特色で、片手で突き入れる形となっていたバクスは、エルザに腹を見せる形となった。エルザがバクスの目の前を通り過ぎた時、彼は驚愕のあまり目を大きく見開いた。エルザの剣がギラリと光った。
エルザは足を前後に入替えると、その腹目掛けて素早く剣を振り上げる。
「うおおおおっ!」
エルザの下段からくる斬撃が、バクスの脇腹へと迫った。バクスは体をねじって刃を避けようとしたが、その刃からは逃れることは出来なかった。
「ああっ!」
刃はバクスの脇腹を割いて肋骨へと当たり、その胸を割った。
バクスは倒れながらも二の太刀を打ち、エルザはそれを剣で受けた後、体を一歩後ろへ引いて中段に構えた。
バクスは、そのまま尻もちをつくようにドサリと座り込んだ。
そして、掠れるような声で口を開いた。
「……なぜ前に?……」
そういうと、ゴフッと口から血を吐いた。
バクスはどこか痛むのか、ウッと呻いて荒く息を吐いた。
「竜巻は後ろへ下がる方が危険なのよ。奥まで伸びてくるし、横へ逃げても刃先が届くから」
「それを今……思い付きでやってのけたのか」
するとエルザは首をフルフルと振った。
「先生が昔話をしてくれた時に、この技を真似して見せてくれたのよ。この技は、ワシを引退に追い込んだ技だと言ってね……でも、本物の方が何倍も鋭かったわ」
それを聞いたバクスはニヤリと笑った。
「……あの男が引退なんてとんでもねえ。奴は辞めるきっかけを待っていただけだろう。現にお前みたいな怪物を育ててるじゃねえか」
バクスはゼイゼイと息を吐いて、絞り出すような掠れ声を出した。
「……セドリックの野郎は強かった……。自分のことを最強だと思っていた俺は、奴を斬り伏せてやろうと息巻いていたんだ……ゴフッ……ところが奴と剣を交えてみるとな……まるで歯が立たねえ……」
バクスはガハッと血を吐きながらゴホゴホと咳をした。
「あの時、奴はちょっと焦ってたんだ……。親分を追いたかったからな……ウウッ……俺はっ……そこを運よく突いて怪我させただけだ……ハアハア……この技でな。ああっ……その隙に、俺たちはその場から逃走したってわけさ……」
バクスは青白い顔でニヤリと笑った。
「だがな……嬉しかったんだぜ……。あの剣聖に膝を付かせたんだからな……。ハハハ……ウウゥッ!……だ、大金星だろ? ……ヘヘヘ……。だがな……この話を……オォッ………誰に自慢できるってんだ? アアッ!……クゥッ…………所詮、俺は悪党なんだからな」
バクスはゼイゼイと息を吐きながら呻いた。顔は青白く、尻の下には血だまりが出来始めていた。
エルザはその様子をジッと見ていた。
「本当のことをいうと……この技を随分と研究したのよ。先生を斬った技だったからね」
するとバクスは、ゼエゼエと荒い息遣いをしながら、血のついた口元をニヤリとさせた。
「……そこでこの技に対応できたってわけか……」
バクスはそういうと、荒く息をした。バクスは苦痛に顔を歪めながら目を閉じて、歯を食いしばった。
バクスはゼエゼエとか細い息を吐きながら、薄っすらと目を開けてエルザを見た。
「この剣がお前を育てたってことは……お前は……ある意味俺の弟子でもあるな」
バクスはフフフッと笑おうとしたが、血が肺に入ったのか、猛烈に咳込んだ。目はカッと見開かれ、唇はブルブルと震えた。
「あんたの弟子なんて、冗談じゃないわ」
エルザがそう言って微笑むと、バクスはチラリとエルザを見上げて、ニヤリと笑った。そして剣を持った手を、ブルブルと腕を振るわせながら目の高さまで上げると、ゆっくりと剣を回して見せた。
「竜巻は指を使って回しちゃいけねえ……手首をうねらせるんだ」
バクスの目から光が消えた。だが剣を持つ腕は前へ突き出したまま硬直していた。
エルザは剣を掲げて祈りを捧げると、フーッと大きく息を吐いた。そして、剣を振るって血を落とすと、刀身を鞘へパチンと納めた。
「行くわよ……彼女の元へ案内してちょうだい」
すると石像のように固まっていたダンは、まるで呪いが解けたかのように、急に飛び上がってエルザの前へ立った。
「姉さん……こっち、こっちでやんすよ!」
ダンはエルザの露払いでもするように先頭へ立って、セラスの所へ向かったのだった。




