第14話 初見殺し
セラスを連れ去ったのは湖賊だった。
彼らは時折、吊橋を占拠して通行料をせしめるなどの、小さな稼ぎをしていたが、その吊橋が破壊されてしまった。そこで、目撃者である湖賊たち数名が、その場に居合わせたセラス連れ去ったというわけである。
「その女が吊り橋を落としたのか」
湖賊の幹部らしき男が偉そうに怒鳴った。
「本当は二人いたんですよ、ライナーさん……。もう一人の仲間が追っ手ともみ合いになって、橋ごと湖に落ちてしまいまして……とりあえず、女一人は連れてきたってわけです」
ライナーは女を見た。
「ほほう、これは育ちの良さそうな女だ……。」
ライナーが品定めするような目つきでセラスを見ると、彼女は弱々しくはあったが睨み返した。
「私は、バクスター家の者だ。私の身に何かあったら、ここへ軍が押し寄せてくるぞ!」
するとライナーはすかさず革靴で、セラスの腹を2、3回けり飛ばした。
「なめたこといってんじゃねえ! てめえ、自分の立場が解ってんのか?」
ライナーはセラスの顎を指でグィッと上げてから、頬っぺたを指でギュッと押した。
「ついさっき、黒い蝙蝠という盗賊団から、女二人の人相書きが回ってきていたんだ。もちろん、それはお前たちのことだ。身柄を渡せば大金をくれるって話なんだが、それはな……」
ライナーはセラスに顔を近づける。
「生死問わずなんだぜ」
ライナーはいやらしそうに笑った。
「だが、俺たち湖賊は、別に黒い蝙蝠と仲間というわけではない。だからな、もしそのバクスター家ってのが大金を積むっていうなら、生かしておいてやってもいいと思ってるんだ。わかるか?」
セラスは小さくコクコクと頷いた。
「お前の命なんざな、俺にとってはその程度の、吹けば飛ぶようなカスみたいなもんだ。今度口答えしてみろ! 右手の爪を全部はがしてしまうぞ!」
ライナーはそういうと、もう一発足で蹴った。
セラスは唇を嚙みながら、ギュッと目を閉じていた。
セラスはかなり消耗していたので、逆らうことも出来ない。そんなおとなしくなったセラスを見て、ライナーは満足気だった。
「とりあえず……吊り橋で何があったのか……なぜ、おまえらが黒い蝙蝠に追われているのか話してみろ」
セラスは、差し障りのない部分だけ話した。するとライナーは少なからず驚いていた。
「……こいつぁ、えらいことになったぞ……何よりもジョーが敗れたってことが、俺には信じられねえ……」
ライナーは近くにいた部下を呼び寄せた。
「いいか。吊橋の向こう岸と展望所あたりをよく捜索するんだ。もし、お前の知ってる大物を見かけたら、生きていたら助けて、死んでいたら俺に知らせろ……大至急だ!」
こうしてライナーは部下の大部分である二五名を捜索へと出動させた。
ライナーは顎をさすりながらニヤニヤと笑った。
「ははは、盗賊たちの勢力図が変わる事件だ」
ライナーはセラスの顎を人差し指でクイッとあげた。
「お前のところに赤い髪の女がいるだろう。エルザといったか。あの女はどうした?」
セラスはぎょっとした。セラスは、湖での戦闘に勝利してこちらに泳いでくるエルザを見ている。
「エルザは吊り橋で、屈強な男二人と三匹の闘犬に襲われ、そのまま湖に落ちた。そこへ落ちてからは、誰も湖からあがってきた者はいない」
ライナーは少し考えていたが、やがて振り返って細面のヒョロッとした老剣士に顔を向けた。
「バクス先生……使って悪いんだが……この女を牢屋へ入れてもらえませんか」
するとバクスは頷いて、そばにいた男に向かって顎をしゃくった。
「おい、ダン……お前この女を連れて……先を歩け」
ダンは身長一六〇センチほどの細い男だったが、弱ったセラスはダンにさえ抵抗できずに引っ張られていく。
「それから先生、もしかすると、赤い髪をした女剣士が、この建物へ侵入しれくるかもしれねえ」
「女一人でか? この金髪巻き毛を助けに?」
「ああ、そうだ。腕に覚えがあるらしくてな。……まあ普通は逃げるだろうが、こいつは多分、来るだろうよ」
「で、見つけたらどうするんだ? 殺すのか」
「出来れば生かして連れて来て欲しいんだ。無理なら殺していい」
「連れて来てどうする?」
するとライナーはニヤリと笑った。
「人相書きを見るとな、これが俺好みの美人なんだよ」
「はぁ?」
バクスは呆れて肩を竦めた。
「まあ、考えておくよ。どんな奴かは戦って見なければわからんからな。とにかく剣士って奴は危険だ。本当は、殺せる時に殺すべきなんだがな」
バクスはそう言ってライナーをじっと見ると、ボスの部屋から出て行った。
その頃エルザは、湖賊たちが去った方向から推測して、早々とアジトを発見していた。
渡し船業者がすべて廃業した現在、船を使うのは湖賊くらいなものだろうと推察して、湖岸に接岸していた船の付近を探索したらあっけなく見つかったのである。
アジトには三つの建物があった。
ボス専用の小屋、大きな建物、それから共同トイレである。
ボス専用の小屋はそれほど大きいものではなかったが、大きな建物はかなりの人数を収容できそうだった。おそらく湖族は二、三十人規模の組織なのだろう。
それからトイレ。これもまた規模の大きいトイレだ。羽目板の下に溝を掘っただけのトイレで、個別の小便器はない。ただ男どもが並んで、汚い板壁に向かって小便をするようになっている。
エルザが丘の上から寝そべって観察していると、丁度セラスがボス部屋から連れられて、大きな建物の中入っていくのが見えた。
「良かった、セラス様は無事だわ」
エルザは思わず笑みがこぼれた。そして、ゆっくりと大きな建物へ近づいていく。
すると突然、大勢の足音がして、建物の入り口付近が、人のしゃべり声でザワザワと騒がしくなった。
エルザは慌てて物陰に隠れたが、彼らはエルザの方を見向きもせずに、そのままゾロゾロと湖の方へ向かって行った。
「どこに行くのか知らないけど、人が少なくなったのは有難いわ」
エルザは大きな建物へ近づくと、裏口からそっと侵入した。
建物の中には、細長い廊下が続いていて、その左右にいくつもの部屋があった。セラスがどこへ閉じ込められているのか、全く見当もつかない以上、しらみつぶしに調べていくしかない。エルザはため息を吐いた。
「地下から探してみようかしら」
エルザがウロウロしていると、廊下の突きあたりに、男が一人で立っていることに気が付いた。
エルザはドキリとして身を固くする。
エルザがしばらく息を潜めていると、その男はその薄暗い闇の中から、こちらへ向かって歩きだした。エルザは慌てて隠れる場所を探した。
「お前、ここで何をしている」
しわがれた、年寄りじみた男の声がした。
エルザが目を向けると、闇の中から剣士の姿が浮かび上がってきた。
エルザは冷や汗をかいていた。
その男は眼光鋭く、気楽な服装に剣だけという恰好の老人であった。身長は一七〇センチほどで枯れ枝のように細い身体をしてる。だが……その全身から放つ殺気はエルザの背中に寒気を起こさせるほどだった。
剣士はすでに抜剣していた。
湖賊の老剣士・バクスである。
「女、降参しろ。命まで奪おうとは思わん。だが……俺に向かって剣を抜くようなことがあったらその時は」
バクスは横一文字にヒュンと剣を振った。
「斬る!」
バクスは剣を握り直して中段に構えた。中段といっても少し背をかがめ、こじんまりとした構えである。
エルザはその構えを見て、思い出したことがあった。
初見殺し。
剣士の中には、己の剣技を工夫して、まるで手品のトリックのような技を使って殺しに来るという。
トリックがあるから、初見でしか通用しない。
だから、技を見せた相手は必ず殺さなければならないのだ。
エルザはこの剣士の構えから、初見殺しの臭いを嗅ぎ取ったのである。
エルザは一歩、後退って半身となる。そして、バクスの構えを観察した。
中段で、少し斜に構えた感じ。
先生から昔話を聞く中で実演してもらった、あの構えに似ている。
エルザの師匠・セドリック・バクスターが、ある盗賊の親分を追い詰めた時の話である。もう少しで親分を捕縛できるという所で邪魔が入った。用心棒の剣士が立ちはだかったのである。
セドリックは、親分を追いかけたくて気が急いていたのだろう。さっさと斬り殺して追いかけようと、雑な戦闘をしてしまい、逆に斬られてしまったのだという。
その時の初見殺しが、今のバクスの構えにそっくりなのである。
それは、回転させながら広範囲かつ奥まで突き進んでくるという妙な技で、セドリックはその時、剣がキラ、キラと二度輝いたのを見たかと思うと、足首を浅く斬られていたと言っていた。
その結果、セドリックは親分も用心棒も取り逃がしてしまう。そして、その傷をきっかけに現役を引退し、ゴント村へ隠居するということになる。
(初見殺しなら、無暗に突っ込むのは危ない!)
エルザは後ろへ数歩下がりながら手早く剣を抜いた。
「抜いたな……?」
バクスの目が細くなる。
エルザは返事の代わりに中段に構え、剣先をバクスへ向けた。
しばらくにらみ合いの沈黙が続いたが、やがて、バクスが動いた。
「てええぃ!」
「おおう!」
バクスの剣がエルザへと迫る。
エルザは半身で躱そうとするが、剣の回転が広がりを見せながら突き進んでくる。
バクスの剣が、キラ、キラという輝きを見せた。
エルザはその瞬間、ハッとして後ろへ下がったのだが、その斬撃はエルザを追って突き進んで来る。
「あああっ! おお!」
エルザは斜め後ろへ飛び上がった!
そして、無様にも尻を床に打ちつけながら転倒した。
「小癪な!」
バクスは追撃の剣を振り下ろす。
エルザはそれを剣で受けながらさらに後ろへと転がった。
三の太刀が来る。
今度はそれをかわし、転がりながら足首へと斬撃を放った。
バクスは飛んでそれをかわしたので、エルザは立ち上がって追撃の刃を振り上げた。
するとバクスはそれをキンと受けながら、後ろへ飛び退く。
バクスは少し離れた場所から剣先をエルザに向けて、呼吸を整えていく。
(ライナーには悪いが、こいつは本気でかからないとあぶない!)
バクスはゼイゼイと肩で息をしながら、エルザを睨みつけた。
バクスはエルザを、本気で殺しにいくことに決めた。
「貴様、一体、何者だ?」
エルザは静かに剣を上げた。
「それはこっちの台詞よ!」
するとバクスは笑った。
「違えねえ……。ようし、それじゃ、剣と剣との勝負だ。娘! かかってこい!」
「ちょっとだけ、死期を早めてあげるわ」
エルザの頭に、段々と血が上ってきた。顔も赤くなって目は血走っている。
もはや、この男の所見殺しは破った。
この相手には……力で押していく!
エルザは強引に斬りかかろうと覚悟を決めて、燃えるような瞳をバクスに向けたその時。
この闘いは唐突に終わりを告げた。
エルザの背中に吹き矢が刺さったのだ。
この矢には強烈な睡眠薬が塗ってある。
エルザは急激にめまいがして、思わず両膝をついた。
「先生! 間に合いましたね」
横から男がバクスのそばへ走ってきた。
「睡眠薬を用意するのに手間取りまして……。まさか、この女、こんなに早く来るなんて」
そういうと、ダンは笑った。
エルザは、背中に刺さった矢を抜きながら、バクスを睨みつけた。
「嘘でしょ?」とつぶやいた。
バクスは大きなため息をつきながら、剣を鞘に納めた。
「娘さんよ。世の中そんなもんだ」
そんな声を聞きながら、エルザは徐々に意識を失っていった。




