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【完結】剛腕のエルザ  作者: 平ミノル
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第1話 襲撃


 

 

 エルザはうなされていた。


 駅馬車に揺られて眠ってしまったのか……八歳の時に経験した最悪な記憶が、夢の中で蘇ってきたのである。


 それはエルザの両親が殺され……住んでいた村が盗賊たちに襲われた記憶だった。


 赤い炎と飛び散る血が、エルザの目の前にフラッシュバックする。


 女妖術使いが炎をまき散らし、真っ赤な炎が舞い上がった。


 逃げ惑う村人たち……。浮かびあがる黒い人影とキラめく刃……。女子供は逃げ惑い、そして連れ去られていく。


目の前に、頭から血を流す母の姿と、短剣で刺される父の様子が目に浮かび上がってきた。謎の男女が、父を殺そうとしている。


目の前に、頭から血を流す母の姿と、短剣で刺される父の様子が目に浮かび上がってきた。謎の男女が、父を殺そうとしている。


「ジェームズ……この男が父の仇か?」


「そのとおりだ、ベルネージュ……この短剣を使え……持主を殺さなければ、呪印は奪えないのだろう」


「ぐあああ!」


 父の悲鳴が耳から離れない。


 そして胸から噴き出る真っ赤な血。


 それは、エルザの目の前に広がって、心の中を赤一色に染めた。視界がグルグルと回り出す。エルザは息を呑んだ。


 その時、ベルネージュと呼ばれていた女妖術師が、まつ毛の長い大きな丸い目で、エルザをギロリと睨んだ。


 そして、爪の長い指先をエルザに向けると、厚いぽってりとした唇を開いた。


「あの小娘を捕まえろ!」





「うわああっ!」


 エルザは呻き声をあげながら目を覚ました。


 背中は汗でびっしょり、息は荒く、顔は青白くなっていた。

 

 「また、あの夢を見たのね……」


 エルザは額に手を当てて、大きく息を吸った。


 あの忌々しくも悲しい記憶は、時折エルザの頭に浮かんでは、彼女の心をかき乱す。エルザは汗で濡れた赤い髪をかき上げ、大きく息を吸った。


「あの、大丈夫ですか? これ、使ってください」


 隣の席に座ってる小柄な女の子が声をかけてきた。手には幾何学模様のような柄のハンカチを持っている。エルザはそれを受け取ると、額の汗を拭いた。


「ありがとう。退屈だったからつい居眠りしちゃったけど……嫌な夢を見たわ」


「すごく苦し気でしたから、どこか体の調子でも悪いのかと思いました……あ、私の母は治癒師だったので、あなたの様子が気になったのです」


 彼女はちいさな声でそう言うと控え目に笑った。エルザは微笑んだ。


「心配してくれてありがとう、私はエルザよ。よろしく」


「……私はエイミーといいます。北の国から国境を越えてこちらへ来ました。王都に住む親戚を訪ねようと思って、こうやって旅をしてきたんです」


 エイミーの年齢は一四歳くらいで、小麦色の肌をしており、黒い瞳に黒い髪をしていた。前髪は眉が隠れるくらい伸ばしていて、栗のような丸い目をしていた。


 エイミーは幾何学模様のような民族衣装を着ている。そして、前髪に隠れてはいたが、額に包帯が巻かれているようだった。


「あなた、怪我をしているの?」


 すると少女は恥ずかしそうな顔をしながら、小さい声で言った。


「いえ……怪我じゃないんです……その……ホクロを隠したくて……」


「ホクロ?」


「はい……私の生まれた郷では、みんな額に赤いホクロがあるんです。それで、色々と迫害されたりしたから……」


「そんなことで? ひどいわね……もしかして、それで……一人で逃げて来たの?」


「はい……でもみんな捕まっちゃって……私ひとりになっちゃったんです」


 そう言って、少女は俯いてしまった。


「ごめんね……変なこと聞いちゃって……」


「いえ、あなたになら、なぜだか言ってもいい気がしたんです」


 少女は小さく笑った。


「なんで?」


「わかりませんけど……なんとなく……私たちの民族は、なぜだかそういう勘はいいんです。そんな力のせいで、攫われたり、迫害されたりしたんですけどね……」


「そうなんだ……じゃあ、私のバンダナをあげるよ。包帯だったら怪我をしているのかと思われるから、余計に目立つわよ」


 そう言って、エルザは鞄からバンダナを取り出して、エイミーに手渡した。エイミーは嬉しそうに受け取ると、上目遣いにエルザを見た。


 椅子に腰かけてはいるが、エルザが立ち上がると、身長は180センチはあるだろう。切れ長の大きな目と、精悍で少しアンニュイな顔立ちに、エイミーは男にしたい女だと思った。


「いいんですか? 頂いても」


「もちろん。このハンカチのお礼よ」


 すると、エイミーは嬉しそうに笑った。


「王都までの馬車旅が、少し楽しくなってきました」


 それを見たエルザは目を細めて微笑んだ。


「もっと早く声をかければ良かったわね」


 目的地に到着するのは日暮れ前の予定である。退屈だった馬車旅が、少し楽しくなってきたエルザだった。





 お昼をまわったころだろうか。


 前方で大きな衝突音がしたかと思うと、駅馬車が激しく揺れて急停車したのだ。興奮する馬の嘶きが聞こえて、バタバタ暴れまわる音がする。


乗客が席から転げ落ちる中、エルザは窓の外へと目を走らせた。


外には悪人面した4人の男が立っていて、なにやら大声で騒いでいる。


(何だあいつは)


エルザは目を細めて睨みつける。しばらくすると、駅馬車の扉が開いて、御者が入って来た。そして申し訳なさそうに頭を下げる。


「この中にエイミー様という方はいらっしゃいませんか……。外にいる方々が……その、あなたに用があると……」


それを聞いたエイミーは、顔を真っ青にした。エルザは再び窓の外へ視線を走らせ、外の男どもをジロジロ見たが……どいつもこいつも悪そうだ。


他の乗客も、その悪人顔を見て恐怖していた。若い男がエイミーに向かって大声で言った。


「知り合いなら早く降りてくれ、このままじゃ、俺たちまで何かされるかもしれねえ」


 すると乗客の中からは、ザワザワと、その若い男に賛同する声がチラホラ出て来る。乗客の目が、エイミーに注がれた。


エイミーはその視線におびえながら、小鹿のように立ち上がった。すると、エルザが立ち上がって声をあげた。


「ちょっと待ってよ。外にいる奴らは、どう見ても盗賊か何かじゃない。この子がそんな奴らと知り合いなわけないでしょ」


 背が高いので、天井に頭が付きそうである。エルザは少し前屈みになっていた。


「表にいる人たちは……その娘を差し出せば、何も取らないし、誰も傷付けたりしないって言ったもので……」


 それを聞いたエルザはため息をついた。するとその時、外から怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! 馬車の乗客ども! この馬車に異国の民族衣装を着た小娘が乗っているはずだ。とばっちりを食いたくなければ……その小娘に馬車から降りるように言え!」


 その男は恐ろしい容姿で怒鳴った。その大きな太い声で馬車が揺れる。


 エルザが窓からのぞき込むと、男は筋肉質のがっしりとした体形をしていて、身長は一九〇センチほどもあった。そしてその顔だが、数えきれないほどの切り傷で覆われているのだ。一体、何があったらそんなにも傷が付くのか……見るだけで背筋が寒くなる。


エルザは鼻で笑った。


「見てみなよ。普通に生活している人間が、あんな顔面傷だらけの男と知り合いになんてなるかよ。あいつらは人攫いだ」


エルザはそう言うと、エイミーの肩を上から押して、席に座らせた。その時、また、顔面傷だらけの男が怒鳴り声をあげた。


「出てこねえつもりか? ……おい、お前、馬車の中へ行って、小娘を引っ張り出して来い」


「へい、ドゴンさん、少々お待ちを」


 すると一人の小男が、ニヤニヤ笑いながらドゴンへ愛想笑いを浮かべた。


 ドゴンは自分の肩に担いでいた、大人の身長と同じくらいの長さの両手剣の、先っぽを地面へドスンと突き刺した。それを見た駅馬車の乗客たちがどよめく。


「へっへっへ、ドゴンさんの団扇を見て、乗客がビビってますぜ」


 ドゴンの使う剣の名は、人呼んで「団扇」と呼ばれている。三〇センチはあるかと思われる幅広い刀身は、横に振れば風が起こせそうなことからそう呼ばれていた。


 その凶悪な重量から繰り出される破壊力は強烈で、幅広な刀身は盾にもなった。そしてなにより、その恐ろし気な見た目は、見せつけるだけで相手をビビらせる効果があった。


「おかしな模様の服を着た小娘だ。すぐにわかる」


「すぐに連れてまいりやさぁ」


 乗客が怯えている様子が、馬車の外からでもよくわかる。小男は薄ら笑いをしながら駅馬車の扉へと歩いて行った。


「盗賊が入ってくるぞ!」


 乗客たちがどよめく中、エルザはエイミーの顔を見た。彼女は、丸い栗のような瞳に涙をためて震えていた。エルザはその幼い少女の顔をみると、子供のころの自分と重ねずにはいられなかった。


 小男が駅馬車の扉に手をかけた時、エルザは早足で扉に近づき、思いっきり扉を蹴り飛ばした。すると扉はものすごい勢いで開いたので、扉の前にいた小男は顔面をひどくぶつけて、地面へ落下した。


「ああっ!」


 男は鼻血を吹きながら地面へ倒れる。


 それを見た乗客は、みんな顔を青くした。


 エルザはエイミーが着ていた幾何学模様の上着を借りると、ヒラリと肩にかけた。


 そして、さきほどの包帯を額に巻いて、そのまま外へ向かった。


 エルザが自分の身代わりに外へ出て行くのだと気づいたエイミーは、思わず立ち上がった。


「エルザさんっ!」


 するとエルザは散歩にでも行くみたいな顔で振り返った。そして、切れ長の涼しい目をエイミーに向けると、少し微笑んだ。


「心配はいらない。私はこれでも、このエスタリオン王国、第三騎士団の者なのだ」


それを聞いた乗客から、おおーっという声があがった。


乗客の思いがけない反応に、エルザは少しバツの悪そうな顔をした。


「入団して、まだ三か月だけどね……」


エルザはそう言うと、駅馬車の扉を閉めた。


外へ出ると、乾燥した冷たい風がビュウと吹いて、エルザの長い髪を揺らした。


 見上げると、冬の終わりにふさわしい、どんよりとした雲が広がっている。エルザが視線を下ろして盗賊たちをジロジロ見ると……奴らもエルザへ睨み返してくる。


 エルザにドアで蹴り飛ばされた小男は、顔面を血だらけにしながら、地面から顔を上げた。その顔は前歯もなく、赤鬼が灰を被ったように砂だらけだ。


「俺の前歯をこんなにしやがって! 俺たちが誰だか知ってるのか! “黒い蝙蝠”だぞ!」


 するとエルザはゆっくりと駅馬車の階段を降りて地面に立った。


「やかましいわ! お前は黙ってろ!」


エルザが小男の顎を蹴り飛ばすと、小男はバタリと倒れて静かになった。


 駅馬車の窓ガラスに映った乗客の顔を見ると、緊張した様子が伝わってくる。エイミーや、乗客のみんなが応援してくれているのだ。


それを見た顔面傷だらけの男……ドゴンは、呆気にとられながらエルザを睨んだ。そして、手に持っていた大剣の、重い剣先を地面へドスンと叩きつけた。


「その民族衣装……額の包帯……お前がタミル族のエイミーだな……!」


 そしてギラリと光る目玉でエルザを睨みつけた。


「タミル族?……」


 エルザはゆっくりと剣を抜いた。 そしてその剣を下段に構えると、そのままゆっくりとドゴンの方へと近づいていく。


「私を追い回すのはやめてもらえる? 迷惑だわ」


 エルザは民族衣装の少女になりきったつもりでしゃべりながら、ゆっくりとドゴンの方へ歩いていった。


 そして、下段に構えていた剣先をちょっとだけ上げて刀身をドゴンへ向けると、そこへ太陽の光が反射して、ギラリと輝きを放った。


「お前が? 貴族の旦那が探している女なのか……なんか聞いていたのとちょっと違うような……」 


「人違いなら回れ右して帰りなさいよ。今なら見逃してあげるわ」


 それを聞いたドゴンは激怒した。


「このアマ、なめてんじゃねえ!」


 野太い大声を上げて、肩に担いだ大剣をブウンと振り回した。それは、大人の身長ほどもあろうかと思える長さである。


 ドゴンがそれを振り回すと、エルザの顔に風が当たった。


「女ひとりで何が出来るってんだ! あんまり舐めると痛い目をみるぞ!」


するとエルザは鼻で笑った。

 

「だったら、なぜ斬りかかってこないのよ。さっきからその大きな剣をチラチラ見せびらかしているけど……もしかして腕の筋肉でも鍛えているわけ?」


 するとドゴンは顔を真っ赤にして叫んだ。


「うるせえ! 小娘! ぶっ殺すぞ!」


「あら、私を攫いに来たんじゃなかったの? 殺していいのかしら?」


「ちょっとくらい、手違いはあらあな!」


 ドゴンはそういうと、エルザに向かって猛烈に走り寄り、剣を振り回してきた。偉そうにしているだけあってその斬撃は鋭い。


 重さ10キロ、長さは160センチはあろうかと思われる大剣……ドゴンはそれを無造作に振りながらエルザへと迫った。


 ドゴンが両手剣を振り下ろすと、ゴウという風切音が鳴った。


 エルザは半身でその剣を躱すと、前へ踏み込むと同時に肘で大きな剣の腹を弾いて体勢を崩すと、そのまま刃をドゴンの腹へ突き入れた。


 だが、ドゴンは、体が大きい割には機敏で、それらはすべてかすり傷であった。


「また傷が増えたわね」


「う、うるせえ!」


 ドゴンは少し下がって、エルザをにらみつけると、ペッと唾を吐いた。


「こいつはヤべぇ女だ……ジェームズさんは、小娘がこんなに強いとは言ってなかったぞ」


エルザはそのドゴンの言葉を聞き逃さなかった。


「ジェームズだって?」


するとドゴンは大声を出して手招きした。


「おい! お前らこっちへ来い!」


 ドゴンに呼ばれて、御者台の方にいた二人の盗賊が、エルザの背後へと走ってきた。そして、近づいて来た一人の男が、エルザを見て声を上げた。


「あ!」


「どうしたんだ? お前」


「兄貴! こいつは例の女じゃありませんぜ!」


「何だって!」


「あいつはゴント村で有名な怪力女、剛腕のエルザですぜ!」


「なんだと、よくも騙したな! この! クソ女め!」


「ドゴンの兄貴、人相書きと全然違うじゃないっすか。あの小娘はもっとちびっ子ですぜ!」


 ドゴンは傷だらけの顔を顰めて睨みつけ、両手剣を握りなおした。


「目的の小娘ではないとなれば、もう手加減はせん」


それを見て、エルザは慌てて剣を構え直した。


「なんで! もうバレたの?」


「バレたじゃねえ、この、うおおおりゃあ!」


 ドゴンの本気が見える剣撃が飛んできた。ドゴンはそれを横なぎに振りながら前へと進んで来る。その、攻撃範囲にいるものすべてをなぎ倒す、問答無用の斬撃だ。


「おい、お前ら! 壁だ! 壁!」


「へい!」


 ドゴンの言う壁とは、敵の背後に剣士を壁のように立たせて、逃げ場を塞ぐことを言う。そうすることで、ドゴンの大剣の横なぎを避けられなくする工夫である。


だが、エルザは即座に壁役の男へ向かって距離を詰めた。


「こいつ、こっちに来るぞ!」


男は剣を振り下ろして牽制したが、エルザはそれを半身でかわして小手を斬り入れ、そのまま流れで剣先を喉へ斬り裂いた。


「うげええ!」


 男の喉から血が噴出する。


 その時、エルザの背後にもう一人の盗賊が迫っていたが、彼女は足を前後に入れ替えて体勢を反転させると、その盗賊に向かって斬りかかろうとする。だが、今度はそこへドゴンの両手剣が横なぎに飛んできていた。


 慌てたエルザは大きく体勢を崩しながら後ろへさがって斬撃を躱す。


するとエルザの鼻先を、ブウゥーーンと風が吹いて、両手剣が通過していった。さすが、団扇とはよくいったものだ。


 その体勢が崩れた隙だらけの所へ、盗賊が刃を打ち下ろしてきた。


「もらったぜ!」


 そう言ってニヤつく盗賊だったが、エルザは体勢を立て直そうともせず、剣の軌道を避けながら足を伸ばして、盗賊の膝を蹴り飛ばした。


「うわ! 痛ってえ!」


 盗賊は剣を落として泣き叫んだ。


「膝をやられた!」


 それを見たドゴンは、傷だらけの顔を真っ赤にして怒り狂った。


「何やってんだ、この馬鹿め!」


 ドゴンはギリギリと歯ぎしりをして、重さ10キロはありそうな大剣を、まるで旗でも振っているかのように軽々と振り回し、何度も何度もエルザへと斬りかかって行った。


「くっ!」


 一度崩れた体勢を立てなおすのは容易ではない。もし敵が優秀だったら、体勢を立て直す余裕を与えることはないだろう。さらに驚いたことは、ドゴンは一向に疲れた気配を見せないのだ。底が見えない体力である。

 

「どうだ、恐れいったか! 俺の持ち味は尽きることなき無限の体力! いつまでこの攻撃を避け続けられるか見物だぜ!」


 

 このままではまずい! エルザは焦った。逃げ続けるだけでは、いつかはやられるだろう。エルザは覚悟を決めて、ドゴンの懐へ飛び込んでいった。


「死ぬ気か! お前ェ!」


 ドゴンはエルザを真っ二つにしてやろうと渾身の一撃で斬りつけたが、それをなんとエルザは剣で受けた。


 ガキーン!という大きな音とともに、黄色い火花がバチバチと飛んだ。


 ドゴンはこの一撃でエルザを吹き飛ばすつもりだったが、女の身体はビクともせず、岩のように動かない。ドゴンは信じられないといった顔をした。


「お、お前どこからそんなチカラが!」


 焦ったドゴンが力いっぱい押し返す……だが、驚いたことに、逆にドゴンが押し返されてしまう。


「えええぃ!」


 エルザの剣がドゴンをグイグイと押す。するとまた、ドゴンも負けじと渾身の力を込めて押し返してくる。


「うおおおおおっ! この、クソが!」


 ドゴンが渾身の力を刃へと込めたその時、エルザは急に剣を引いたかと思えば、ドゴンの小手を取って前へ押し、足を引っ掛けて投げ飛ばした。


「あっ!」


 前のめりで力が入っていたドゴンは、勢いでそのままひっくり返って地面へ背中を付けてしまった。そこへエルザが片手で剣を振って、ドゴンの右手の平と太腿を斬り裂いた。


「ああっ!」


 ドゴンは地面に横たわったまま、傷口を押さえて呻いた。


 エルザは剣を構えたまま、フーッと大きく息を吐いた。


「あっ!」


 エルザがもう一人、足の骨を折った壁役がいたことを思い出して振り返ってみると、その男が背中を見せて逃げているのが見えた。


「あっ! 待て!」


 エルザがそう叫んだ時、草むらの向こうから二人の男がひょっこりと姿を現した。


 体格のいい、熊のようにガッシリとした男と、陰湿そうな細い筋肉質の男だ。これまでの盗賊たちとは雰囲気がまるで違う。


 逃げようとしていた壁役は、その姿を見ると青くなって立ち止まり、膝をついて首を垂れた。


 一体何者なんだ? エルザは不思議に思いながら睨みつける。





 壁役の男は頭を下げたまま、ジッとしている。顔面傷男のドゴンでさえ、おとなしく頭を下げているのだ。


「ドゴンっ! そのザマはなんだ! 一体どうしてこんなことになっている!」


 熊の方が低くうなるような声で怒鳴った。


「へえガスタ親分……女に不意打ちされて、手と足を斬られてちまいました! 助けてくだせえ……」


そういって目に涙を溜めて懇願した。


「血が止まらねえんです」


 ガスタはギロリとドゴンを睨み付けた。


「この役立たずめ。すっこんでろ!」と怒鳴りつけた。


親分と呼ばれるこの男は、盗賊団・黒い蝙蝠のボスでガスタという。隣の細い男は副団長のメスラーだ。


 ガスタは、身長は一八〇センチくらいで、体重は一〇〇キロを超える巨体である。髭ヅラで目つきの悪いその姿は、まるで山から降りてきた熊のようだった。


 ガスタは腰に差した長剣を抜いた。


 そして、その剣をヒラヒラさせながら、ゆっくりとエルザの方へと歩いていく。


 ドゴンはヒイと小さく悲鳴をあげて震え、這うようにして端へ寄った。


 ガスタはエルザの方へ近づいてくる。


 割と大きな長剣も、ガスタが持つと厚紙でも振っているかのように軽く見えた。ガスタはその長剣をヒラヒラ振ってから、エルザに突き付けて言った。


「ガキが調子に乗りやがって。格の違いってもんを見せてやるわ」


 ガスタは軽く捻り潰すつもりでズカズカと近づいていく。


メスラーは観戦するようで、腕を組んでニヤニヤしながらこっちを見ていた。


「親分、女だからって、油断するんじゃないぞ」


「黙ってそこで見てろ、メスラー。手ェ出すんじゃねえ」


 エルザはガスタの方を向くと、剣を大上段に構えた。そして、目の前に剣を振り下ろした時の軌道をイメージする。


 エルザは目の色を変えたようにガスタを睨みつけ、全身の毛を逆立たせるようにピリピリしていた。


頭がカーッと熱くなって、エルザは全身の血が熱くたぎるのを感じていた。


 それを見たガスタはオッという顔をして、それからニヤリと笑った。


「なるほど、気の強そうなところが気に入った……面白い女だ」


 そしてマジマジとエルザの顔を眺めた。


「顔も良いじゃないか……お前……俺の女にしてやろうか?」


 ガスタは重く低い声で、脅すように言った。


 エルザからの返事は無視である。


 エルザはただ、ガスタを刺すように睨みつけていた。しかし、ガスタにしてみれば、それもまた“そそる”というものだ。


 ガスタは気の強い女が好きだった。これまでも、気の強い女の頬を張り飛ばし、言うことを聞かせてきた。そういう“躾“をしながら、自分に従わせるのがたまらないらしいのである。


 “どうせ俺には勝てやしない“


 そう思いながら、ガスタはエルザに、不用心に近づいて行った。


 その瞬間、エルザが動いた。


 全身全霊を込めて、エルザは大上段からくる捨て身の一撃を、ガスタの頭上へと放ったのである。


 その一撃は、あまりにも早くガスタの頭上へと迫ったため、ガスタにそれを避ける余裕はまるでなかった。また、ガスタ自身もどこかで”避けなくても良い”と思っていたのだろう。



 ガスタは片手を振り上げて剣で受けたが、エルザの剣は重かった。


「あっ!」


 そう思った時にはもう、エルザの剣は、ガスタの剣もろとも彼の顔面にめり込んでいた。


「ああっ! 重いっ!」


ガスタは焦ったが剣はもう顔面に食い込んで血が噴き出ていた。


「ええええい!」


 エルザはそのままギリギリと押し込む。


「やめ、やめ、おおおおっ!」


 ガスタは無意識のうちに刃を押しのけようと手を伸ばしたが、その指ははかなくも剣の刃で両断されていった。


「ぬううう!」


 エルザの押し込みにガスタはそのまま後ろへ倒れてゆき、尻もちをついた。するとエルザはガスタの胸板へ足を押し付け、踏みしめ、グイグイ押し込んで、ガスタの背中を地面に付けた。


「がああ、あぶあぶあっっ!」


 額がピシピシと割れて頭蓋骨がガパッと割れた。 頭蓋骨は割れて脳味噌が零れ落ち、血と脳漿がスプレーのように噴出する。


 エルザはそこまでやると、すぐさま立ち上がり、もう一人の男の攻撃に備えようと剣を構えた。


 だが、振り返ってみると、メスラーはもう逃げていて、そこにはもういなかった。


 ドゴンはそのまま見捨てられた。


 エルザはガスタを見下ろしてみたが、奴の顔面は、己の剣とエルザの剣によって十字に陥没し、頭蓋はパックリと斬り割れていた。


 エルザは手に持った剣をブンと一振りして血を飛ばすと、刀身を鞘に納めた。


 そして馬車の方へ振り返ると、そこにはエイミーが立っていた。


 エイミーはエルザをジッと見ている。


「エイミー。服を返しておくわね」


 エルザは肩に羽織った民族衣装をヒラリと脱いで少女へと手渡した。


「エルザさん……助けてくれてありがとうございます……もう少しで私……連れ戻されるところでした……ご迷惑おかけしてすみません……」


エイミーは恐縮して、エルザに頭を下げた。


「いいのよ……あなたは被害者でしょ? あやまる必要なんてないわ。それよりエイミー。あなた、ずっと、あんなのに追いかけ回されてたのね……。ほんと、辛かったわね……」


「……はい……。後で、私の事をちゃんと話しますね……」


「ああ、言いたくなければ、無理に言わなくてもいいんだからね? ただ、しばらくは私たち、一緒に行動した方がいいわね。あなた一人じゃ、盗賊から身を守れないでしょ?」


「はい……ありがとうございます……エルザさん、あなたとお知り合いになれて、本当に良かったです……」


そういうと、エイミーは泣き出してしまった。


「怖かったっ……今度こそ! 連れて行かれると思った……」


そういうと、エイミーは緊張が解けたせいか、エルザの胸に顔を埋めて大泣きしていた。エルザはやさしく背中をさすりながら、やさしく声をかけた。


「エイミー……もう大丈夫だから安心して」


 エルザはやさしく彼女の背中をさすりながら、涙で濡れた自分の胸が、ほんのりと温かくなるのを感じていた。



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