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10話:火葬

いつもご覧いただきありがとうございます。


 黒い雨が上がって、まず初めにしたことはマシな水を見つけることからだった。ろ過装置を作ってあった隠れ家も崩れ落ち、雨の後に残るのは真っ黒な水溜まりだけだ。空は変わらず黒と灰で青などどこにもなかった。

 スカーレットに川を見つけてもらい、四人を腕にその川の上流を目指す。流れ続ける川はどこかで黒いものを流しきり、まだマシな水をもたらしてくれる。人々はそうして黒い雨の後、水がきれいになるのを待つのだ。

 辿り着いた川でマテルとネイテルから黒い雨を流して清めてやった。黒いものが落ちれば焼けた肌がめくれたり、もう治ることも悪化することもない水膨れがあったり、エメットはそれを優しく、優しく撫でて、二人の髪にキスをした。甘えん坊のネイテルはエメットかレオからおやすみのキスがなければ眠らなかった。もう少し大きくなったらそれもやめないといけないな、と話していた日常がこんなにも遠い。エメットがまだどこかに熱があるのではと二人の体を膝に置いて抱いていれば、コテスが気遣うような声を掛けた。


「どちらにしろ間に合わなかった。お前が出ていってすぐ……容体が急変して、悪い、できることがなかった」

「……いい、ありがとう」


 もう少し出るのが遅ければ看取ることができた。もっと早く治療できる場所を見つけられていれば。たらればを考え続けるのも体力を使う。エメットは思考を放棄した。二人の遺体を前に項垂れるその肩をコテスが叩いて慰めてくれた。やめろよ、惚れるだろ、と軽口をたたく余裕もなく、ぼんやりとしていればスカーレットが言った。


「エメット、遺体の処理を推奨します。腐食が進むと病が蔓延します」

「お前、もう少し言葉を選べ!」

「……わかってる、大丈夫だ。フォートでも、そう、そうだな……」


 死んじまったんだよな、とエメットは掠れた声で呟いた。少しだけおろおろとした後、コテスがもう一度肩を叩いた。


「二人を送る前に、俺たちも少し雨を流そう。こんな格好で、その、なんか、悪いからな」

「そうだな……」


 腕を掴んで立たされ、川に赴いてばしゃりと入り込んだ。靴がとか、工具がとか、どうでもよくなってきていた。浅瀬に座り込んでばしゃりと髪を洗う。ぼたぼたと落ちていく、重くて黒い何か。ひたすらそれを繰り返していればようやく、自分の体に何かが戻ってきて、エメットは雄叫びを上げた。


 暫く、水面を叩いたり髪を振り乱したりして世界に八つ当たりを続けた後、エメットは髪を掻き上げて水から上がった。上流からの水のおかげで多少綺麗になった。よくわからない灰の臭いが今も鼻孔にまとわりついてはいるが、もはやそれはいつものことだ。灰色の空は夜を孕んで黒を深め、明かりのない闇の中でスカーレットの両目だけがぼんやりと浮かび上がっていた。パッとその体が淡く光り、エメットの顔を照らした。眩しさに手で目元を庇い、ゆっくりと慣らしてから外した。木の下、コテスのコートが掛けられた子供たち。木に寄り掛かり寝息を立てているコテス。そして目の前でじっとこちらを眺めて動かないスカーレット。


「……スカーレット、お前はなんなんだ?」

「申し訳ありません、エメット。情報が不足しています」


 ゆっくりとしゃがみ込んだスカーレットは淡々とした声で告げた。


「せめて分かることは? 俺が、……一応、何度か命を救ってもらってるけど、スカーレットを、信じていい、確証が欲しいんだ。レオも、いなくなって、俺はどうすればいいのか」


 造ることだけなら得意だ。物を直して、組み上げて、ただ、そういったことに集中できる環境を作ってくれていたのはレオだった。ずっと、レオには守られてきたように思う。石を引っ張って擦り傷のある手のひら。火傷した指先。レオが見たら怒りそうだな、と小さく自嘲気味に笑った。


「正常終了はしておりませんが、ターミナルの情報によると、当機スカーレットはいくつかの機能に制限が掛けられているようです。当該施設は当機の保存のためにも存在していたようです。詳細情報は得られませんでした」

「他には? あの黒いスカーレットは知り合い? 向こうは知ってたみたいだけど。それに、もう一体いた奴も」

「どちらも存じ上げません。記憶領域、他機に対する情報は優先事項ではなく、得られませんでした」


 施設情報を優先していたため、施設がスカーレットの保存のためだった、というところだけしか得られなかったのか。空を飛べるだけで人間にしてみればとんでもない技術の塊ながら、それでも機能に制限が掛けられている。どういうことなのか。ちらりとその造形美を眺め、自分が指を突っ込んだ脇腹が気になった。抉れているわけではないが、状態を確認したい気持ちにさせられた。構造が気になる。


「……嘘ってつける?」

「合理的ではありません」

「つかないってことでいいのか?」

「はい」


 人と違い、目が揺れたり、声が震えたりしない相手の言葉ほど真意がわかりにくいものはない。エメットは大きく息を吸って、吐いた。状況についていけないが、今自分が生きていることだけは真実だ。それだけはどうにか受け止めた。


「スカーレット、怪我見せろ、直す」

「当機スカーレットは怪我を負いません。エメットの方が重傷であると判断します。適切な処置を推奨します」

「俺は後でいいから。スカーレットのそれが怪我じゃないなら故障だ、見せろって。構造を理解していれば、なんかあった時、俺が直してやれるから」

「わかりました」


 スカーレットは立膝だったものをぺたりと座り込み、シュウン、と音を立ててからバカリッ、と胸の装甲を開いた。女性型の胸が開く、その動作に少々気まずいものを感じはしたものの、その奥の構造に釘付けになった。

 中心の赤い玉は金色の波で輝いており、まるで血管のようにその光が全身へ伝わっていた。人間の体を開いたことはないが、エメットは自分のそれとよく似ているように感じた。石を抜いた脇腹へ目をやる。硬い配線のようなものがやはり少し歪んでいるように思い、腰の工具箱を開く。水浸しになっていたので何度か振って、乾かし、その間に逆側の配置を確認した。それから先端の細いラジオペンチで摘まみ、肋骨のようになった装甲の奥、駆動音が小さく響いているのを聞きながら、外部からの圧力で前後が入れ替わった配線を器用に戻した。


「痛くない?」

「当機スカーレットには痛覚がありません」

「もぞもぞしたりしない?」

「感覚という意味合いでの質問でしたら、そういったものは存在しません」

「じゃあ、怪我をしてもわからないんだな。わかってる、怪我じゃないんだろ?」


 否定をされる前に言えば、スカーレットは、はい、と答えた。


「でも、動作は悪くなるだろ。そういう時は言ってくれ、直すから」

「わかりました」

「他の構造も見せてもらっておいていいか? 正常な状態で記憶しておくから、何かあっても元に戻せばいいだろ」

「はい、エメット」


 スカーレットは手足の装甲をバシンッと開き、風切り羽をゆっくりと広げ、その中の構造を見せてくれた。見たこともない造りだった。何かポンプがあって出し入れしているのではなく、その狭い収納の中で翼が折り畳まれていたのだろう。見たことのない品で造られた部品、小さくて細かく、油の臭いもないのにスムーズな動作、エメットは夢中でその体を探った。骨に酷似した筒に触れた時にはさすがに熱くて飛び退いた。


「機関部からのエネルギー供給管です。高温になっています」

「そういうのはもっと早く言ってほしいな。スカーレットは何を使って動いているんだ? 燃える水だとか、電気だとか、そういうのがないと動かないだろ?」

「当機スカーレットはコアによるエネルギー精製を行い、半永久的に活動が可能です」

「どういうことだ?」


 スカーレットの説明はエメットには少し難しかった。エメットが入れたあの赤い玉、それをコアと呼ぶらしいが、それが創りだす動力を骨のように硬い筒の中を巡り、全身を稼働させているらしい。どういう仕組みなのかがまったくわからない。電気だって、燃える水だって、使えばなくなるものだというのはエメットも知っている。未知の技術だ。こうなってくるとあの施設内をゆっくりと見て回れなかったことが惜しい。


「悪い癖だ」


 ふるりと顔を振る。マテルとネイテルのこともあり、技術に気を取られて本題を忘れるところを、先程自分自身であれだけ責めたというのに、この体たらくだ。ガシャン、プシュゥ、と音を立て、スカーレットは装甲を戻して立ち上がった。


「エメット、遺体の処理を推奨します」

「あぁ、うん、そうだな……。穴を掘らなきゃ」

「火葬を推奨します」

「……焼けて死んだのに?」


 エメットが睨めば、そちらでは表情の分からない鳥の頭がじっと見つめ返していた。


「動物による掘り返しと、遺体の損傷を懸念しています」


 動物、と言葉を繰り返し、ここが街の外であることを思い出した。確かに、四つ足の動物はいる。外で襲われて死ぬ奴もいたりする。そうか、あいつら死体を掘るのか、と新しい知見を得ながら、答えが一つしかないことに一人では耐え切れなくなり、エメットはコテスに近寄るとその肩を揺らした。呻きながらも目を開いたコテスは目の前のエメットに驚いたようだった。それから状況を確認し、そうだった、と一言呟いて顔を上げた。


「なんだ、どうした」

「二人を火葬する。……お前、看取ってくれただろ、だから、一緒に」

「あぁ……、わかった」


 前に腕を伸ばして体を解し、コテスは立ち上がった。


「火はどうするんだ?」

「木切れを集めてこないとだな、雨の後だから湿気てるだろうけど」

「当機スカーレットに炎を扱う許可をいただければ、当機が火葬します」


 あんぐりと口を開けて胸に手を当てているスカーレットを見上げてしまった。


「えっと、じゃあ、頼む」


 はい、と短い返答の後、スカーレットがマテルとネイテルに歩み寄った。コテスがコートをそっと外してエメットはそっと二人の髪にキスをして最後のおやすみを告げた。人の肌が焼けた後の、少しだけ甘い脂の臭いがした。立ち上がってゆっくりと離れれば、スカーレットはいくつかの金属音を立てた後、手のひらからゴゥッと炎を噴射した。いっそ青い炎はあっという間に子供たちを焼いて、消し炭にした。情緒も何もない手法に文句が喉まで出掛かったが、ぐっと堪えた。それを頼んだのは自分だ。地面すら白く焼いたスカーレットは同じような金属音を立てて手を戻し、エメットを振り返った。


「火葬が完了しました」

「……ありがとな」

「どういたしまして」


 礼を言われたから返しただけだろうその言葉がイラッとしたが、取り合っても仕方なさそうだ。エメットは真っ暗な空を見上げてぼやいた。


「これからどうすればいいんだろうな。レオも見つからずじまい、街はなくなって、遺跡も大穴に落ちて。街があったって俺はもう、居られないんだろうけど」

「……一つ提案なんだが」


 コテスがそっと手を上げてエメットに言った。


「都に、スカーレットを連れて行かないか? 都ならもっと、情報がある」

「なんだっけ、ロゾネレト? 遺跡の停止がどうのこうの?」

「そうだ。俺としてもオーパーツが起動したものがなんなのか気になる」


 スカーレットの存在がなんなのか、あの遺跡がスカーレットを保存するためにあった、というのも気にかかる。エメットは腕を組んだ。


「マテルとネイテルの件に関しては感謝してるけど、俺はお前を信用してるわけじゃない。お前たちが連れてきたあの……スカーレットの劣化版みたいな奴らが、俺と同じ技師たちを殺したことだって、忘れてないんだぞ」

「確かに、俺の指示外でそういうことがあったのは事実だ。あれを俺たちは自動可動式人形(フルオデイル)と呼んでいるんだが、指示できることは意外と少ない。誰も立ち入らせるな、を、殲滅と捉えてもおかしくはないんだ……」

「クッソ欠陥品じゃねぇかよ!」

「スカーレットを見た今なら同意するが、都ではかなり高等な技術だぞ! お前、造れるか!?」

「パーツさえあればやってやんよ!」

「御歓談中失礼します」


 歓談してない、と再びのやり取りをしながら振り返ればスカーレットが小さく首を傾げエメットを覗き込んでいた。


「エメット、バイタルサインに乱れが見えます。早急に怪我の手当てを推奨します」

「怪我? お前どこを」


 革のグローブは劣化していたこともあって、石を掴んで引いた際に破けてしまっている。あ、とエメットは自身の手のひらを眺め、スカーレットの放つ光の下、コテスが叫んだ。


「酷いじゃないか! 手は技師の宝だろうに!」

「うるさいな、わかってるよ! でも綺麗な水もここには」

「酒がある、せめて消毒だけでもしよう」


 コテスは元々掛けていた鞄から琥珀色の瓶を取り出してエメットの両手に掛けてきた。ズキッ、ヒリッと手がアルコールを受けてカッと熱くなる。うぅ、と腕を縮めてそれを堪え、アルコールが飛ぶまでの間、ジリジリと焼け付く痛みに耐える。

 我ながら単純で、どうしようもなく間抜けだとは思った。けれど、計画でも何でも、そうした行動のとれる男を信用してみてもいいかもしれないと考えた。マテルとネイテルはきっと、寂しくなかったと思いたい。


「……都って行ったことねぇんだけど、どんな場所なんだ」

「フォートの街よりも大きくて、(バルマ)が道をたくさん走ってる。夜は煌々と明かりが眩しくて、人々は遅くまで活動ができる。食料も市民に配給があったり、豊かだ」

「スカーレットを連れて行って、大丈夫なのか?」


 エメットの言葉に前向きなものを感じたのか、コテスが幸の薄そうな顔をパッと輝かせた。


「問題ない、ロゾネレトは古代の技術に敬意を払う。それに、遺跡の停止ができると言った言葉を伝えれば、歓迎されるはずだ」

「……スカーレット、いいか?」

「当機スカーレットに決定権はありません。エメットに従います」


 そっか、と頷き、エメットはコテスを振り返った。


「都まで案内しろよ。それから、お前の仲間のことは謝らないからな」

「……お互い様だ。仲間は大いなる発見のために犠牲になった、それを誉と思うだろう」


 だめだ、言っている意味がわかんねぇ。エメットは二度咳き込んで、一時の睡眠を求め、木の根元に座り込んだ。



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