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1話:技師


 随分と大昔に大きな戦争があったらしい。もう、千年も、二千年も前のことで、正直今を生きる者たちには何一つ関係のない話だった。人々は過去の遺跡の残骸を掘り起こし、利用し、生活に便利なものを作り上げていく。たとえば、銅線や鉄の棒を巻いた磁気を創り出すものや、燃えるエネルギーを動力に転用させる(バルマ)だとか、構造はそれで正しいかはわからないけれど、動けばよし、壊れるなら直す、で人々は扱っていた。鉄とレンガと木の混在する建物は五階建てにもなっており、横長住居は多くの人々が住んでいた。煙と煤が空を灰色に染めている。げほげほと咳をする者も日常茶飯事、人々は咳はするものだと考えていた。


 この街の名はフォート、近くにある古代の遺跡をあさり、そのジャンクパーツを利用して日常の発展に寄与すべく、日夜新発明が生まれる技師の街だ。くすんだレンガの屋根の煙突からは様々な色の煙が上がり、工房で小さな爆発もよくある光景、皆が新しい何かを求めて眩しく生きていた。

 その街で生まれ、同じように腕を磨く青年、エメットは、今日も狭くて急勾配な路地を駆けあがっていた。貰い物のハンチング帽、よれた革ジャン、油に汚れたグローブ、腰に吊った簡易な工具箱と動きを邪魔しないポッケの多くついたズボン。最後に少しサイズの合っていないショートブーツ。ぱっと急勾配を上がり切り道に出れば、エメットのミルクブラウンの短い髪がハンチング帽から覗いた。きょろりと灰色の眼が周囲を見渡し、また走っていく。


「おい待て! それは俺たちのパーツだぞ!」


 エメットが人混みに紛れた頃、追手が急勾配を駆け終えて息を乱し、同じように人混みに突っ込んでくる。


「しつこいな」


 するっと人の隙間を抜けて腕に抱えた荷物を手放さないように走る。


「こっちだ」


 仲間が手を振っていて、そちらへ鞄を放り投げる。よっと軽い声でそれが渡り、エメットは走り続けた。もう持っていないとアピールしたところで、追手がそれを許すとは思えない。待てよ、この野郎、と物騒な怒声が聞こえなくなるまでエメットは走った。食事の屋台はソーセージやパン、チーズを売っている。蚤の市(マルシェ)ではどこで拾ったのか様々な機械パーツが捨て値であったり、高額で売られている。それが何に使われるかもわからないまま、夢だけを見て人々はそれを買うのだ。この街フォートの傍にある、あの鈍く光る灰色の機構だけが時代を切り取ったかのように存在している。


「待ちやがれ!」

「おっと、本当にしつこいな」


 そろそろ真面目に撒いた方がいいだろう。エメットは腕を上にあげてボウガンのようなものからパシュッとアームを撃ちだした。ガキン、と家の壁を多少凹ませながらそこに埋まり、両手で掴んだものにぎゅんっと腕から引っ張られる。これもまた遺跡から持ち出し、エメットが修理したものだ。屋根の上まで逃れたというのに、回り込め、と指示を叫ぶ男が諦めを見せない。


「あのパーツ、そんなに良いモノなのか」


 だったらもっとしっかり管理すべきだろ、とエメットは内心でぼやいた。四角い木箱に入ったパーツ、それが何なのかは知らない。ただ、街の噂で『あの遺跡からとんでもないものが見つかったらしい』と聞いて、見てみたいと思った。この街のちょっとした一家がそれを手に入れたと情報を仕入れ、軽く、覗くだけのつもりだった。祝杯に酔っぱらうあいつらの姿を見るまでは。いけると思った、やれると思った。そして結果上手くいった。ここまで必死に追いかけてきたあいつらもついに酔いが回って一人、また一人と離脱していく。ボスらしい男だけが食い下がって来ていた。


「くそが! お前、エメットだな! 腕はいいが手癖も悪い、技師だな! 覚えたからな!」


 そういって捕まえた奴はいねーよ、とエメットは屋根の向こうへ消えた。煙の上がる煙突のそばは酷い臭いがする。ゲホッと咳を零しながら合流場所の隠れ家へ走った。


「そろそろ良い油探して差さないと不味そうだなぁ」


 走りながらカチャカチャと先程壁を登った道具を確認する。油圧とバネを利用してワイヤーが出る構造は分解して知った。クロスボウなどの原理と似ていると思っていたが、実際のところ、これはもっと細かい調整を必要とするのだ。見たこともない素材に澄んだ油。この街ではここまで綺麗な油は手に入らない。これのためだけにエメットは遺跡に潜り込むこともあった。けれど、それは死と隣り合わせだ。

 遺跡は手順を踏んで入らなければ至る所に罠があり、多くの技師と研究者が犠牲になった。エメットはその侵入経路の一つ、罠がすべて潰された道を見つけたのだ。エメットはそれを誰にも教えていない。その情報は何かあった際、自分を助ける。身一つ、技術一つで生きている青年は何が自分を生かすのかをよく理解していた。

 走りながらの調整は終わった。屋根に突き立ててある鉄の棒にアームを引っ掛け、サーッと音を立てて壁を降りていく。ここは外に繋がる道のない、内庭だ。レンガに囲まれた縦横三メートル程度の隙間に窓はなく、取ってつけたような扉が一つ。それなりに迂回して逃げ回ったが仲間はもういるだろうか。そっと降り立った人物を確認してから仲間が出てきた。


「エメット!」

「レオ! どうだ?」

「ばっちりだ、功労者が戻るのを待ってた」


 赤髪を一つに束ねた親友と拳を打ち合わせた。垂れた眉に垂れ目の優しい顔をした親友、レオはお疲れ、と労ってくれた。エメットはハンチング帽を外し、勝気な眉が姿を現し、にっと歯を見せて笑ってそれに応えた。一応周囲を確認してから中に入る。木の扉はギィと腰の痛そうな音を立て、ゴトリと閉まった。もう少し良い家だったなら、電気が通っていた。ここにはそれを通すための線がなく、レオが手探りでランタンに火を入れた。中には小さな少年が他に二人、英雄の帰還を喜ぶようにわぁと叫んだ。慌てて唇に指を当てて宥めれば、口をパッと押さえ、子供らしい仕草でそれが静まる。


「バレたらやばい、マジでしつこかった」

「こんな箱の中に何を入れてんだろうな?」

「エメット、はやく!」

「ぼ、ぼくがまんできないよ!」


 はいはい、待ってろ、と腕を捲る。トランペットが入りそうな大きさの木箱は腕に抱いていた時は少し重く感じた。余程上等なパーツが入っているのだろう。ぱちり、ぱちりと金具を外し、そうっと開く。まだ何も見ていないのにうわぁ、と感嘆の声が上がり、四人で覗き込む。


「なんだこれ?」


 御大層なクッションの上に、ポツンと一つだけ赤くて丸い石が乗っていた。


「きらきら、ほうせき?」

「たべもの?」

「食べ物ではなさそうだなぁ」


 エメットはひょいと摘まみ上げてランタンの明かりに透かした。きら、と何か複雑な光が見えた気がして眉を顰める。レオは腕を組んで唸った。


「パーツだって叫んでけど、何のパーツかもわからないな。どうする? ドブに捨てるか?」


 盗むだけ盗んで使えないものはドブに捨てる。探したい奴は探せということだ。エメットはううん、と唸り返した。


「ちょっと調べる、それからだな。今日は家にあるもので飯済ませてくれ、たぶん外はまぁまぁ追手が出回ってる」

「あれロゾネ一家だろ、ドブに捨てに行くのもわかってそうだな」

「だろ? しかも俺は顔も名前も憶えられてる。レオたちは別の隠れ家に居た方がいいかもしれないぞ。ちょっと別行動しよう」

「……わかった、明日の昼に移動する」


 おう、頼む、と言いながら机に置いたランタンにも明かりを入れる。手元だけが明るい場所でエメットは背を丸めた。耳に掛けられる拡大ルーペを着け、興奮に乾いた唇を舌でなぞる。下唇の引っ掛かったささくれを歯でこそぎ、ぺりっと剥きながら赤い玉を覗き込む。縦に横に金色の線が走っている。規則正しいその線はくるくる回してもまるで変わらない。ぱっと思いつくのは何か衝撃を受けた時に割れるガラス玉だが、この球は外側がひび割れているわけでもない。


「なんなんだ? 気になる。一定の規則性かと思ったけど中身全部がそんな感じだ、それにすごく細かい」


 腰の工具箱を机に置き、軽く、割れることを前提として小さな金づちでコツコツと叩く。表面に傷もつかずかなり頑丈である。ランタンの明かりの下でもう一度確認した。どこかに分解できる箇所がないかを探す。指で始点を決めてゆっくりとなぞり、引っ掛かりがないか、カチリと動くところがないかを調べた。結果、なかった。


「だぁー! なんなんだよ!」

「エメット、そろそろ寝てくれ、この隠れ家に窓はないが、ランタンがまぶしい」

「あぁ、悪い、おやすみ」


 おやすみ、と眠そうな声で返ってきてそちらを見遣った。物心ついた時から一緒に残飯をあさり、パーツをあさり、はした金を稼ぎながら二人三脚してきたレオ。手先の器用さはないが目利きで、レオが見つけ、エメットが直す、でここまで生きてきた。好奇心旺盛で今日のような盗みを働きもするエメットは悪評もあるが、腕の良い技師としてフォートの街で重宝もされている。そうして奇怪な遺跡の部品を修理したり、組み上げたりして懐に余裕ができると、自分たちと似たような子供を守りたくなるから不思議だ。たまたま、下から羨むようにではなく、真っ直ぐにこっちを見ていたからこそ、伸びしろがありそうだ、と拾った兄弟は推定で十歳になった。女を拾えば売れたのにな、と野暮なことを言う奴もいるが、そうなるまでに金が掛かりすぎるだろうと頬杖をつき、ぼやいた。


「手は多い方がいいってだけだ」


 食費は掛かるしぐんぐん身長の伸びていく子供は服代も掛かる。ドジも踏むし、エメットに作業をさせるために捕まることもあった。そういう時に守ってくれるのがレオだ。レオ程喧嘩に強い男を、エメットは知らない。

 三人の寝顔を少しの間眺め、エメットは自分も壁の寝床に潜り込み、ふっと火を吹き消し、明日はもう少し明るいところでこの玉っころを確認するぞと思いながら、目を瞑った。



面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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