第一回リプレイ 伝説の終わり 冒険の始まり
竜は恐怖の対象だ。
同時に、竜は畏敬の対象でもある。
巨大な力と限りない知性をもち、かつては神々と共に創世に携わったとされる。
同時に、途方もなく邪悪で、人を喰らい、街を滅ぼし、魔王ザッガリアの眷属であるともいわれる。
尊敬と憎悪。
それが、人間たちが抱いている竜に対する感情だ。
たとえば王都アイリーンでは竜は忌むもの。
たとえば西方大陸キアル地方では、竜は信仰と崇拝の対象。
正反対だ。
ただ、方向は反対でも、一致している部分もある。
すなわち、竜とは力の象徴なのだ。
「ドイルの近衛兵たちも、天竜騎士団と称してるしね」
熱い茶をすすりながら、ゼノーファ・ローベイルが言った。
暁の女神亭。
大都市アイリーンのなかにあって、もっとも商業活動が盛んな西ブロックに、その酒場兼宿屋はある。
そのような店の多くがそうであるように、暁の女神亭もまた冒険者のたまり場となっている。
「私はまだ、竜を見たことがないんですよ」
ひょろりとした少年が口を開いた。
モウゼンという。
ゼノーファと同じく魔法使いギルドの一員で、やはり同様に竜の峰探しの依頼に参加している。
ただ、動機は多少異なっていて、モウゼンが興味津々なのに対して、年長のゼノーファは、まったく乗り気がしていない。
妹に命じられ、しかたなく参加しているのだ。
とはいえ、仕方なかろうが受動的だろうが仕事は仕事。
受けた以上はきちんとこなすつもりではいる。
そして必要なのは情報。
とにもかくにも、これがないと始まらない。
「ギルドの図書館はどう?」
「通り一遍の資料しかありませんね。
南はどうです?」
「こっちも同じ。
誰でも知ってる話しかないね」
肩をすくめてみせるゼノーファ。
彼が南ブロックの図書館を、モウゼンは魔法使いギルドの図書館を漁って、竜と竜の峰に関する情報を整理していた。
そして調査を始めて一週間。
さしたる成果はあがっていない。
茶色い髪の魔法使いが言ったように、誰でも知っている程度の情報しかないのである。
あるいは禁書などを閲覧できれば違った発見があるかもしれないが、肩書きも何もない一般ギルド員に、そんなものを見る資格はない。
「転移魔法陣でのみ行き来できる場所、かぁ」
「それが残ってれば簡単な話なんですけどね。
あるいは術式を憶えてる人がいるとか」
「簡単っすけど、それじゃあこっちに仕事がまわってこないっすよぃ」
笑いを含んだ声が、二人の会話に割ってはいる。
赤い髪の小柄な女だ。
ベガという元盗賊で、現在はゼノーファの妹とともに商売をやっている。
半年前のサンクン会戦を生き残った猛者でもある。
「そっちはどう?
ベガ」
「地図は手に入ったすけどねぃ。
ごく普通に流通しているものっすよ」
テーブルの上に大きな紙を広げる。
ルーン王国とアイリン王国とバール帝国が交わるあたり。
デュワーヌ大河の源流近く。
地図はほとんど白紙状態だ。
「うわ……」
溜息を吐くモウゼン。
これでは、なにもわからないのと同じではないか。
「きっと炙りだしになってるんだよ」
下手な慰めを言ったゼノーファが、年下の魔法使いの肩を叩いた。
「炙ったら燃えちゃうんでダメっすよぃ。
現地に行ってからどんどん書き足すことになるんすから」
ベガが笑う。
三国国境付近の地図など、そもそも存在するはずがないのだ。
秘境といってもおかしくない場所で、領土欲が豊かなバールすら手を出さないのである。
もちろん土地的な価値がない、という事情もある。
山あり谷あり森林あり、それにプラスして帰らずの谷だの魔女の森だのモルロの生息地だの。
好きこのんでそんなところを開墾しようなどと考えるものはいない。
仮に国がその気になったとしても、入植希望者が出るはずもない。
そんなものに予算を使うくらいなら、主街道沿いの再開発でもした方が、ずっとずっと効率的だ。
「ロマンなんですよー」
のほほーんとした声が入り口から響き、少女が顔を出す。
魔法学校に通う精霊使い、ルゥ・シェルニーだ。
彼女もまた調べものに従事していた一人である。
魔法学校の図書室程度に、たいして有益な情報があるはずはないが、予備知識を持っておくのに越したことはない。
それに、おとぎ話や伝説のなかに重大な示唆が含まれていることも珍しくはないのだ。
たとえば輸送する荷物について、彼らはだいたいの見当をつけている。
花木蘭ほどの人物が、わざわざ冒険者を雇ってまで運ぶもの。
「神剣ジャスティス」ではないか。
というのが、冒険者たちの推理である。
一〇〇年以上の間、ようとして行方が知れなかった幻の剣だ。
「ジャスティスはー
マルドゥークのー
恋人なんですよー」
読んできたおとぎ話を披露するルゥ。
竜族の頂点に立つ金竜マルドゥーク。
その恋人たる白銀の竜王バハムート。
バハムートはマルドゥークのために命を投げ出し、剣の姿となった。
それがジャスティスである。
「たとえこの命が燃え尽き、朽ち果て、一握の砂になろうとも、俺はお前を守り続ける。
ですね」
モウゼンが言った。
戯曲などでも有名なシーンである。
「けど、傍にあることは許されなかったんだよね。
ジャスティスは神剣としてアイリーンに捧げられたから」
肩をすくめるゼノーファ。
これも有名な話で、吟遊詩人の詠うサーガでもお馴染みである。
戯曲「羽ばたかぬ白銀の翼」は、切なさと悲劇性で人気を博したのだ。
このあたりはアイリン人ならずとも耳に親しんでいる。
「だから木蘭さまは、ジャスティス……バハムートをマルドゥークの元に返そうとしてるんですかねぃ?」
ベガの言葉には結論というより留保の色が濃い。
蓋然性の高い予想ではあるが、常勝将軍がそこまでロマンチストだとも思えなかったからだ。
それに、どうしてこの時期に、という疑問もある。
「いいじゃないですかー
離ればなれになった哀しい恋人たちがー
幾千年の時をこえてー
やっと再会するんですよー」
ほえほえと瞳を輝かすのはルゥだ。
最年少の少女としては、わりと当然の反応なのかもしれない。
充分にスレているベガは、わずかに苦笑しただけだった。
「ところで、中央にはだれが行ってるんですかぃ?」
「あ、それならライゾウさんが……」
「心配だから後で様子を見に行くって、ズーくんが言ってたよ」
モウゼンとゼノーファがこもごも答える。
ライゾウ・ナルカミはPW隊、ズー・インクは赤の軍と、それぞれに所属は違うがアイリン軍の軍籍を持っている。
ちゃんと常識を心得ているだろうし、任せておいても安心だろう。
「それなら問題ないっすねぃ」
じつは問題は大ありだったのだが、ベガが気にしていたのは別のことだった。
表情を読んだゼノーファが、視線で先を促す。
「裏ギルドに接触してるやつがいるっすよぃ」
「それは……ちょっとまずくないですか……」
緊張するモウゼンの声。
裏ギルド、などという組織はない。
それは犯罪者集団の総称である。
一般には盗賊ギルドと呼ばれるものが裏社会を取り仕切っているわけだが、公認されたものではないにしても、彼らには彼らのルールがあり、従わない者は処罰される。
そのような鉄の掟があればこそ、国も彼らの存在を黙認するのだ。
必要悪という言い方もできる。
ただし、国が絶対に許さない犯罪もある。
アイリンの場合は、殺人、密輸、人身売買、密漁、密猟、麻薬取引などだ。
殺人はいうに及ばず。
人身売買は奴隷制度が未だ残るバールやドイルやセムリナなどではべつに犯罪でもなんでもないが、アイリンにおいては重罪であり、この業者には死刑が適用されることになっている。
麻薬密売も同様だ。
密猟や密漁は、漁業ギルドや林業ギルドという国に公認された組合が、鋭く目を光らせている。
密輸に関しては、国の重大な財源である商人たちの権益を守るという側面が強いが、それにプラスして、国家間のトラブルに発展するおそれがあることから、厳重な取り締まりがおこなわれている。
国家と真っ向から対立することは避けたいと思うのが当然で、上記のような商売には手を出さない。
ただ、いつの時代どんな場所でも、例外というものは存在し、王都アイリーンにも密輸に関わるものはいる。
ごく少数ではあるが。
しかし、少数ゆえに彼らの団結と猜疑心は強い。
「やばいね。僕たちは木蘭さまの依頼で動いてる。
公人としての立場で出された依頼じゃないけど……」
ゼノーファが髪を掻き回す。
竜の峰探索は、すでに公開されている情報だ。
参加メンバーのことも、当然流れているだろう。
まったく他意はないとしても、木蘭の党与と見られるのだ。
そんな人間が裏社会との接触を持とうとすればどうなるか。
どうも、事態は笑って済ませられる越えているようだ。
「どこのトンチキが、そんな独走してんのよ」
不機嫌そうな声が、階段から降ってくる。
ミズルア王国の勇士、リフィーナ・コレインストンだ。
「リフィーナ姐さん。
じつは……」
「途中からだけど話は聞いたわ。
いつ頃から?」
「あたいの情報網に引っかかったのが、今日っすねぃ」
タイムラグを考えれば、少なくとも二、三日前から動いていることになろう。
「余裕ないわね……」
こめかみに手を当てるが、思考は長いものではなかった。
すでに賽は投げられてしまっている。
力づくでもやめさせて連れ戻さないと命の危険がある。
腰の魔銃に手を当てるリフィーナ。
「私が行く」
「じゃあ、あたいも」
ベガが申し出るが、リフィーナはゆっくりと頭を振った。
彼女には、やるべきことがいくらでもあるからだ。
「事態はどう転ぶかわからないわ。
ベガは手筈を整えて」
口に出したのはそれだけ。
しかしベガは、半年前の戦友の真意を正確に察した。
リフィーナは言っているのである。最悪の場合、王都アイリーンを脱出することになるので、皆の出立準備を急がせるように、と。
かつては、そのような判断ができる彼女ではなかったが、サンクン会戦とその後のミズルア動乱とが、リフィーナに経験と思慮の深さをもたらした。
こくりと頷く赤毛の盗賊。
「……僕がお供しよう。
足手まといにはならないよ」
ゼノーファの言葉。
「助かるわ」
頷く。
「モウゼンとルゥは、あたいの組っすねぃ」
「わかりましたですよー」
「マーニさんたちに、早めに出発してもらって良かったですね……」
あいかわらずのほほんとしたルゥと、やや心配そうなモウゼン。
対照的な二人だが、後者が正しいと全員が思い知るまで、さほどの時は要さなかった。
この時点で、参加した冒険者たちがすべてアイリーンにいるわけではない。
マーニ・ファグルリミ、ラティナ・ケヴィラル、レスカ・エリュージュの三人はルーンを目指し、ダルマー・B・ディとリュアージュ・エスタシアのコンビはバールを目指している。
奇しくも前者は女ばかり、後者は男だけである。
「色気のねー旅だぜ。
隣にいるのが、こんな筋肉マンだなんてなー」
ジャスモード平原を縦断しバールへと入る峠道。
リュアージュがぼやいた。
「かなりの線で同意見だな。
私も」
苦笑したダルマーが皮肉を飛ばす。
二人ともセムリナの出身で、言葉遣いは自然とセムリナ訛りを出していた。
互いに気楽につき合えるのだが、気軽さゆえに道中は皮肉の応酬だったりする。
「どーせなら、可愛い女の子と組みたかったよなー」
「奇遇だな。
私もだ」
黒髪の武闘家が笑うが、これは嘘である。
多くのミスティックがそうであるように、ダルマーもまた己に厳しい戒律をかけているのだ。
リュアージュのように、宿場ごとに娼館に足を運んだりしない。
もちろん木石ではないから人並に性欲はあるが、むしろダルマーとしては命を賭けてまでも守りたい相手というものに出逢っていない側面も否定しがたい。
そのあたり、割り切って遊んでいるリュアージュとは、やや価値観が異なる。
「もしかして、あのきれーなねーちゃんに操たててんのか?」
「マリシアどのは、そのようなものではない」
「俺は名前なんかいってねーけどなー」
「む……」
「やっぱり意識してんじゃねーのー?」
にやにや笑うリュアージュ。
苦虫を噛みつぶしたような顔をしながらも、ダルマーは美しく磨かれた少女のことを思い浮かべる。
懇意にしている道場の一人娘。
父の剣技と母の美しさを受け継ぎ、一六歳という若さながら道場の師範代を任されているという。
素手格闘と剣技。
流派はまったく異なるが実力的にはほぼ拮抗する。
「嫉妬だろうか、な……」
ダルマーは自分の心の揺らぎに気づいた。
彼がマリシアの歳には、まだ、一門下生に過ぎず日々の稽古に追われるだけだった。
それに比較すれば、彼女の歩みのなんと速いことだろう。
この先どこまで伸びるか、楽しみでもあり寂しくもある。
「いつか……そう遠くないうちに抜かれるかもな……」
憎しみ、ではない。
むしろもっと上を目指して欲しいという思いの方が強い。
にもかかわらず、遠くへ行って欲しくないという思いもまた、厳然と存在している。
子の成長を見守る親の心境、といえば語弊があるだろうか。
いずれにしても、ダルマーの心の航跡は真っ直ぐには伸びていないようだ。
「私もまだまだ修行が足りぬな……なんとかして解答を見つけ出そうとしている……」
内心の言葉は、むろんリュアージュには届かない。
黙り込んでしまった旅の相棒に気をつかったのか、金髪の弓士もまた黙然と街道を進む。
異変に気が付くまで。
変化は唐突だった。
そよぐ風の音に、突然、剣戟が混じったのである。
「近ぇぞっ」
「承知」
リュアージュが警告したとき、ダルマーはすでに走り出していた。
景色が後ろへ千切れ飛んでゆく。
トラブルに巻き込まれるのは、あまり歓迎できることではないが、息を潜めて見過ごすには二人とも血管に流れる血の温度が高い。
やがて、惨状が姿を現す。
商隊だろうか、一〇名ほどの旅人が山賊とおぼしき者どもに襲われている。
賊の数は、ざっと一五人。
粗末な剣や鎧で武装していた。
「どっちにつくっ?」
言わずもがなな質問を発するリュアージュ。
手にはすでに弓が握られていた。
「知れたことっ!」
ちらりと横目で確認し、走る速度を上げるダルマー。
その横で風が唸り、顔から矢を生やした賊が地面に倒れ込む。
二人。
なんとリュアージュは二本の矢を同時につがえて放つという離れ技を、いきなり演じて見せたのである。
むろん理由があって、まず賊の数が多いのがその最大のものだ。
たった二人では奇襲しても包囲されてしまう。
だからこそ、最も効果的な一撃で機先を制すべきだ。
数の多い方に冷静な判断などされたら、たまったものではない。
相棒の意図を察したダルマーは、そのまま勢いを殺すことなく中央部に突入し、槍を縦横に振るって賊を打ち倒してゆく。
素手格闘こそが彼の本領であるが、このような乱戦の場合はリーチの長い武器の方が向いている。
たちまちのうちに数を減じてゆく山賊。
まともに正面からぶつかれば、たった二人の敵など簡単に押しつぶせたはずだ。
だが結局、山賊はその「まともに」という場所までたどり着けなかった。
半数ほどが殺されると、蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってゆく。
このあたりが賊の賊たる所以でもある。
守勢に回ったときの粘りがないのだ。
「大丈夫か?」
槍の穂についた血を払い、ダルマーが声をかける。
リュアージュは、再利用できそうな矢を回収していた。
「助かりました……
あなた方は命の恩人です……」
低頭する商人風の男。
これが商隊のリーダーなのだろう。
軽く手を振ってみせるミスティック。
「お互いさまだ。
もうすこし早く来れれば良かったのだが」
商隊も三人ほどの犠牲者を出しているのだ。
商人たちが、仲間の遺体を馬車に積み込んでいる。
さすがにこんなところに放置していくわけにはいかないのだろう。
一方、山賊の死体はその辺りの草むらにうち捨てられただけだ。
これはまあ、自業自得というものである。
「じゃ、俺たちはこれで」
儀礼的な会話を二、三かわしたのち、リュアージュが右手を挙げた。
これ以上ここに留まっていても意味がない。
べつに先を急いでいるわけではないが。
「お待ちくださいっ!」
あわてて声をかける商人。
そらきた、と、内心でほくそ笑む弓士。
「命と荷物を守ってくださった方をそのまま行かせたとあっては、わたくしどもの面目が立ちませぬっ!
なにとぞお礼をさせてくださいませっ!」
「困ったときはお互いさま。
礼など不要だ」
ダルマーが遠慮して見せる。
七割は演技だ。
こうなることを期待して救出に入ったのである。
謝礼が目的なのではなく、バールでの情報集めにはバール商人の助けがあった方が何かと都合が良いからだ。
「なにとぞ。なにとぞ」
「そこまで言われたら、遠慮するのも失礼だよな。
じつは俺たちはバールは初めてなんだ。道も良くわからないしな。
帝都まででも良いから同行させてもらえるとありがたいんだけど」
用意していた台詞を並べるリュアージュ。
仮にバール帝都ガズリストグラードに向かわなかったとしても、地理を教えてくれれば助かる旨をダルマーが告げる。
「それはちょうどようございました。
我々は中央各国を巡回する商隊でございます。
ガズリストグラードに向かっておりましたところで」
「それは奇遇。
同行させてもらえるかな?」
「もちろんでございます。
帝都に着きましたら、なにとぞ私めの屋敷にお泊まりください」
「至れり尽くせりだぜっ」
快活にリュアージュが笑った。
この経路で巡回商隊が進んでいるということは、バールの次にはルーンへ向かうはずだ。
「どうやら運が向いてきたようだ」
内心で呟くダルマーであった。
男二人が山賊と戦っている頃、女三人旅はどうしていたかというと。
「いいお湯ねぇ」
タオルを黒髪に乗せたレスカが満足の吐息を漏らす。
アイリン王国アスカ地方。
ドイル国境に睨みをきかすアスカ要塞から北上すること二日。
温泉で有名なタイモールの街に、彼女たちはいた。
しかも露天風呂などでくつろぎきっている。
「極楽ですわぁ」
「まったくですわね」
ラティナに同意するマーニ。
男性陣とは比べればずいぶんと暢気だが、じつのところ移動距離的にはかなり先行していることになる。
タイモールからルーン国境までは、ゆっくり歩いても二日の距離だ。
どうしてこんなに先行できたかというと、最初から彼女たちは幸運に恵まれていたのである。
王都アイリーンを出発してすぐに、彼女たちは街道である人物と出会った。
再会である。
ミルヴィアネス男爵フェルミアース。
旧知と言って良い男爵は、女性たちの目的地を知ると、自分の馬車に便乗させてくれたのである。
立派な四頭立て馬車に。
さすがにルーンまで送ってはもらえなかったが、アスカまでの所要時間を三分の一にまで短縮できたのは大きい。
しかも男爵から、いくつかの情報を仕入れることができた。
「銀嶺の魔女ね」
半ば湯船に沈み込みながら、レスカが呟く。
一度入ったら二度と出られない魔女の森。
その森の主こそ、銀嶺の魔女「セリム・ラスフォーサー」である。
ミルヴィアネスが教えてくれたことだ。
代々ルーン近くに所領を持ってきた地方領主のミルヴィアネスだけに、そのあたりの事情にはある程度は精通していた。
かつて彼が名乗ったファルスアレン王国も、大昔に三国国境あたりに実在した国なのだという。
「どこまで本当かは置くとして、危険そうな場所には近づかないのが賢明ですわね」
豊かな胸を隠そうともせず、ラティナが言う。
「一番危険なのは、竜の峰なんでしょうけど」
苦笑するマーニ。
こちらは、無い胸をタオルでしっかり隠している。
「なんだか無性に腹が立つナレーションですわ」
「どうしたんですの?
マーニ」
「気にしないでくださいまし。
うわごとですから」
「???」
「まあ、マーニさんの胸はどーでも良いとして、よ」
「……どうでも良くないです……」
「じゃあ、話題の中心に据える?」
「やめてくださいっ」
「わがままな人ねぇ」
からからとレスカが笑う。
「わがままなんですかっ!
それはわがままなんですかっ!?」
「まあまあ。
マーニ」
激昂するプリーストと、まるで善人の振りをしてなだめる傭兵。
「そのうち成長しますわ。
たぶん」
「ううう……」
笑いながら漫才を見ていたレスカが、真剣な顔つきに戻り、
「私としては、木蘭さまがいった言葉が気になるけどね」
「というと?」
「アリスって名前。
それだけじゃなんとも言えないんだけど、竜に詳しいっていってたでしょ」
「そうだったかしら?」
ぽやーっと記憶を探るマーニ。
明敏そうに見えて、ちょっと抜けたところがあるのだ。
ラティナが肩をすくめる。
「言ってたの。
だからレスカさんとしては、ちょっと宿帳を調べてみたのよね」
「何で宿帳なんですの?」
「ぶっちゃけ、他に手がかりがなかったから。
図書館とか調べたって上っ面を撫でた程度のことしかわからないしね」
「そういうものですか……」
小首をかしげるマーニだったが、レスカの考えは間違っていない。
誰にでも触れることができる情報というものは、誰が触れてもいいように修正がかかっていることが多い。
また、伝説や伝承は、伝わってゆく間に変質する可能性を常に秘めている。
願望が含まれたり、故意ではないが脚色されたり。
だから、どうせ調べるなら改竄されないものを探った方が良い。
「それで宿帳ですの?」
ラティナの顔は納得したようには見えなかった。
むろんレスカはきちんと説明するつもりである。
「結論からいうと、アリスって人は暁の女神亭に泊まってたのよ」
顔を見合わせるマーニとラティナ。
あまりにも自明のような気がしたからだ。
アリスという名は木蘭が告げたのだ。
当然、彼女の人脈のなかにある人物ということになる。
軍関係者か暁の女神亭の客か。
その公算が高い。
そして今回は軍を動かしていないのだから、後者だと考えるのが普通だろう。
二人の表情を読んで、苦笑するレスカ。
「軍関係でないなら、なんで最初から木蘭さまはその人を使わなかったんだろうね?」
示唆性の強い言葉。
はっとする二人。
竜に詳しい知己がいる。
にもかかわらず冒険者を使う。
たしかにおかしな話なのだ。
ならば、導かれる結論としては、
「アリスは動けないんじゃない?
そして動けない理由としては、死んでるか、それとも他に何か事情があるのか」
前者はありえない。
なぜなら、死んでいるならわざわざ名前を出す必要はないし、過去形を使うはずだからだ。
「そして、もうひとつ面白いことがわかったのよ」
「なんですの?」
ぐっと身を乗り出すラティナ。
新しく加わった仲間の洞察力と観察眼に興味を持ったようだ。
「ある人物がチェックアウトしたあとしばらくして、入れ替わるようにアリスがチェックインしてる。
同じ部屋に」
「べつに珍しい話だとは思いませんけど」
「マーニさんの意見は常識的ね。
でも、常識を覆す重い名前が出てきたんだね。
これが」
「それは?」
「シャルヴィナ・ヴァナディース」
『なっ!?』
ラティナとマーニの驚愕が重なった。
王都アイリーンに、否、エオスに暮らすものであれば、その名を知らぬものはいないだろう。
魔軍の副司令。
竜騎士ウィリアム・クライヴとともに、世界に対して弓引いた女。
だが、シャルヴィナはプリュードの野の戦いで散ったのではなかったか。
「公式にはそうなってるわね。
でも、そんな人が使っていた部屋を他のお客に貸すかしら、何年も経った後ならともかく」
「木蘭さまなら貸しますわ」
「いいえ、ラティナ。
木蘭さまは貸すでしょうけど、お客様が納得しませんわ」
思慮深く、マーニが述べる。
しかしそれでは、導かれる結論が一つしかなくなってしまうのだ。
「アリスの正体は……魔軍副司令……」
ラティナの呟き。
すべてのフラグメントが、その可能性を示唆している。
輝く月。
三人の美女の裸体を照らしていた。
ちなみに三〇分後、のぼせて湯船に浮かんでいる三人が、旅館の従業員によって保護される。
彼女達がルーンにむけて出発するのは、予定より一日遅れることとなった。
うららかな午後。
王都アイリーン西ブロック水晶街1丁目。
健全な酒場兼宿屋という触れ込みの暁の女神亭。
常勝将軍と異名を取る花木蘭は、自室で午睡を楽しんでいた。
広いベッドの傍らには少女が腰掛け、団扇で風を送っている。
この少女はレフィア・アーニス。
ラティナとともに傭兵団「ホープ」を統括する団長である。
相棒はルーンへと向かっているが、彼女はアイリーンに居座り続けている。
しかも木蘭の近くに。
二人が揃って行動していてもあまり意味がないというのと、女将軍の傍に仕えているのが最も情報が集まりやすい、というのが理由である。
なにも面と向かって訊くだけが芸ではない。
態度や仕草。
雑談などからヒントを得れば良い。
もちろん四六時中はりついているわけにはいかないが、こうして休日ごとに木蘭の元を訪れ、雑用を仰せつかりながら一緒に時を過ごしている。
もともとが他人とのふれあいを好む女将軍である。
かいがいしく通ってくれれば悪い気はしない。
「それに、木蘭さまって人と話しながら考えをまとめるタイプなんだよ。
お話を伺っているだけでも、いろいろ参考になるし」
とは、レフィア内心の声である。
何万冊もある図書館の蔵書のなかから、関係のあるような文献を探すより、ずっとずっと効率的だ。
この程度の計算は一六歳の少女でもするのである。
ただ、計算だけではなく、純粋にレフィアが木蘭に憧れているという側面もあった。
なんといっても常勝将軍だ。
国内外を問わず、最も人気のある将帥なのだ。
王都アイリーンに住む女性の多くは木蘭の生き方に憧れている。
レフィアもまた例外ではない。
名もない騎士の子として生まれながら、実力で王国軍の頂点にまで昇り詰めた女性。
神速の用兵と華麗な武術。
たぐいまれなカリスマ性。
謀略とは無縁な公明正大な態度。
そしてなによりも、その美貌。
「フィランダーさんも罪な人よねぇ。
この人を独り占めしちゃうんだから」
ぽつりと呟く。
木蘭がアイリン王マーツの求婚を退け、部下であるフィランダー・フォン・グリューンと婚約したのは有名な話だ。
多くのファンはシンデレラストーリーが完結しなかったことを残念がったが、同時に納得の吐息を漏らしたものである。
花木蘭は、権力に跪くような人物ではない。
王といえども、彼女を縛ることはできない。
この時代、長上の決定で見ず知らずの男女が結婚するというのも珍しくはない。
そんななかで自らの愛を貫いた木蘭に、女性たちは自分の夢を重ねる。
微睡む女将軍の黒髪に、レフィアの指が触れる。
「きれい……」
いつも戦場の狂風に晒されているというのに、黒絹ような艶やかさだった。
「そなたの赤毛も、まるで炎が燃えているかのように美しいぞ」
かすかな刺激で目を覚ましたのか、木蘭が口を開いた。
「あ……起こしちゃいましたか……」
女将軍の手が伸び、かるくレフィアの髪を弄ぶ。
「そなたに起こされたのではない。
ずいぶんと焦った気配が近づいてくるのでな」
「気配?」
むろんレフィアは、そんなものに気が付かなかった。
「まだ遠い。
水晶街に入ったばかりだ」
「ほえ……」
ゆうに三〇〇メートルは離れている。
そんな場所から気配が読めるというのか。
しかも眠っている状態で。
身を起こす木蘭。
ごくかすかな花の香りが、レフィアの鼻腔をくすぐる。
「下に降りる」
「あ、はい」
寝室を出て階下のホールへと向かう。
やや慌てて、レフィアが続いた。
「た、大変ですっ!」
ズー・インクが犬と共に暁の女神亭に転がり込んできたのは、彼女がホールへと続く階段を降りている最中だった。
「まずは落ち着くが良い。
ゴズ、冷たいものでも出してやれ」
呼びかけに応えて、厨房から浅黒い肌の美青年が冷水を持ってくる。
一息に飲み干したズー。
「ライゾウさんが、黒に捕まりましたっ!!」
爆弾を投げ込む。
レフィアが目を丸くし、木蘭が頭を抱え込んだ。
「なにをやっておるのだ」
「すみません。
俺がついていながら……」
「べつにそなたの責任ではない。
どういうことなのか説明してくれ」
身振りで席を勧める。
頷いて従ったズーが、経緯の説明をはじめた。
「ライゾウさんが中央図書館で調べものをしてるっていうんで、俺も顔を出したんです。
護り手の聖戦の時の資料でもないかと思って」
だが、ズーの方はたいして収穫はなかった。
あのとき竜の峰に赴いて、今も健在な者は多くはない。
しかもほとんどがアイリーンを離れてしまっている。
現在も居住しているのは、フィランダー准将ただ一人だということがわかっただけだ。
それは良い。
あとで木蘭経由で繋ぎをとってもらうことは容易い。
問題は、
「どうもライゾウさんは、木蘭さま個人のことを調べていたようで……」
「あの馬鹿。
イグナーツの二の舞になるぞ」
「はい……」
ライゾウは木蘭のことを探っていた。
図書館だけでなく、上司や同僚に尋ねたりもしていたらしい。
木蘭自身、べつに顧みて後ろ暗いところはなにもないが、黒の軍はそう考えなかった。
というのも、かつてフィリップ・イグナーツという男が、同様に木蘭の背後を探り反乱を企てたことがあるのである。
結局は陰謀は失敗し、イグナーツは聖戦のおりに誅殺される。
しかし、この男の策動によって国王マーツと木蘭が、魔軍に囚われたのは事実なのだ。
この過去を黒の軍は無視できなかった。
木蘭に雇われている身のライゾウではあるが、行動が不審すぎる。
こうして、めでたく黒の軍に逮捕されるに至った。
「ほどがあるだろ……馬鹿さ加減にも」
溜息を漏らす木蘭。
「木蘭さまに雇われてるってことで、調子に乗っちゃったのかもしれませんねぇ」
こめかみを押さえながら、レフィアが言った。
後ろ盾が大きくなればなるほど、人間は増長する。
だが、あくまで権力を持っているのは女将軍であり、冒険者たちにはなんの権限もない。
権限がないのにおかしな行動を取ればどうなるか。
総天然色見本が、この件である。
「それで、ですね……」
言いづらそうに言葉を継ぐズー。
「まだなにかあるのか?」
「それが……黒に囲まれたとき、ライゾウさんちょっと抵抗しちゃいまして……」
「抵抗しちゃったんだ……」
げっそりと溜息を吐く赤毛の少女。
それでは、後ろ暗いことがありますと認めてるようなものである。
「で……ちょびっとなんですけど、黒に負傷者が……」
「や、どう考えても拙すぎるって。
それ」
いらいらとレフィアがテーブルを小突いた。
「怪我の度合いはどうだ?」
「軽傷程度らしいですけど」
自分がライゾウにでもなったかのように、ズーが項垂れる。
横に座る犬のクロロも、なんとなく元気がない。
責任を感じているのだ。
慰撫するように、木蘭がズーの肩を叩く。
「起こってしまったことは仕方がない。
すぐに釈放の手続きを取ってやるから……」
「大変ですっ!!」
女将軍の声を遮って、魔法使いのモウゼンが転がり込んでくる。
「また大変なのね……」
「うう……」
がっくりとするレフィアとズー。
事が多すぎる。
身体は一つしかないのに。
「???」
小首をかしげるモウゼン。
「いいから話せ」
「あ、はい……じつは、ウィリアムさんが怪しい連中に襲われまして……」
「怪しい連中というのはなんだ?」
「その……たぶん……密輸グループじゃないかと……」
木蘭の右眉がぴくんと跳ね上がる。
亀のように首をすくめる黒髪の魔法使い。
彼でなくとも、常勝将軍の逆鱗に触れるのは恐ろしい。
だが、叱責の言葉は飛んでこなかった。
おそらくは、説明なしでだいたいの事情を飲み込んだのだろう。
ウィリアム・シャーマンが密輸グループと接触しようとして失敗した。
その結果として襲われたのだということを。
「続けろ」
「は、はい……リフィーナさんとゼノーファさんが助けに行きましたが……」
「二人では厳しいな。
追われているといったところか」
「はい……」
「まったく。
なにをやっているのだ。そなたらは」
木蘭の声は苦い。
関係のないところまで手当たり次第に突きまくるから、このような事態に陥るのだ。
藪をつついて蛇を出す、という言葉通りである。
「レフィア」
ごく短い思考の末、木蘭は赤毛の少女を呼んだ。
「あ、はい」
「そなた、馬車は扱えるか?」
「できますけど……」
「では、アイリーンに残っている者たちを乗せて城の外まで駆け、逃げてくる連中を回収してアスカ方面へ向かえ。
スタンニの領地に入れば、とりあえずは追ってこない」
「でも……ぜんぜん準備が……」
「消耗品は道々に仕入れるしかあるまい。
時間がないぞ。急げ」
裏口を指さす。
頷いて飛び出すレフィア。
宿の裏手には花家の馬車が停められているはずだが、厩舎から馬を選んで、すぐに出発したとしてもけっこう時間がかかる。
「ズー。
そなたは黒の詰め所まで駆けて、ライゾウを解放しろ」
美しい花押を書類に描いた将軍が、筒にしたそれをズーに手渡す。
中身を確認するまでもない。
釈放の請求書だ。
「わかりました」
緊張の面持ちで頷く赤の軍の兵士。
所属の違う自分が持っていくことに躊躇いはあったが、いまはそんなことを言っている場合ではない。
「月光を使え。
わたしの馬ではいちばん速い」
「あ、ありがとうございますっ」
こんな事態だが、ズーの頬に赤みがさした。
名馬と名高い木蘭の月光。
轡を取ることすら大変な名誉なのに、まさか貸してもらえるとは。
「必ずお返ししますっ!」
レフィアが消えた裏口に飛び込むズー。
すぐに嘶きが聞こえてくる。
「モウゼンは残ってる連中に声をかけ、すぐに馬車に乗れ」
「ゼノーファさんたちは……」
「そちらは、わたしが何とかする。
心配するな」
ごく軽く言い置いて、木蘭が戸口から外へ出てゆく。
まるで食事にでも出かけるような気軽さだった。
やや呆然と見送ったモウゼン。
はっとしたように動き出す。
「こうしちゃいられない……ベガさんとルゥさんに報せないと……」
慌てて階段を登ってゆく。
「自分が何をしたのかわかっているのか」
怒りに満ちた声をリフィーナが発した。
路地を駆けながら。
並んで走るのは、ウィリアムとゼノーファ。
彼らは今、危機的な状況にある。
王都アイリーンに巣くう凶猛な犯罪者グループに追われているのだ。
「私は取引をしようとしただけだ」
淡々と言い返すウィリアム。
「あんな連中とまともな取引になるわけないだろうに」
溜息を吐いたゼノーファが、振り向きざまにマジックミサイルを放つ。
足を撃ち抜かれたチンピラが悲鳴をあげて転がった。
街中で攻撃魔法を使うのは御法度だが、ルールなど守っていたらこちらが殺されてしまうのだ。
「密輸ギルドとは幾度も取引をしたことがある」
苦虫を噛みつぶしたような顔のウィリアム。
「自慢できること?
だいたい、どこの国の話よ。それ」
続けざまにリフィーナが発砲した。
立ち止まって魔法を使ったゼノーファが、ふたたび走り出すための時間稼ぎである。
なかなか見事なコンビネーションプレーだが、状況はまったく良くなっていない。
追っ手の数はざっと三〇人。
しかも土地勘がある者ばかりだ。
もしかしたら先回りされているかもしれない。
悪い予感を、首を振って払うリフィーナ。
ウィリアムが言うように、彼はルーンにいた頃は密輸ギルドと付き合いがあったのかもしれない。
元軍人だというから公僕だったはずだが、公僕と犯罪者が汚れた手を交わし合うというのは珍しい話ではない。
だが、ここはアイリン王国だ。
ルーンの流儀など通用しないのだ。
まして彼らは木蘭の依頼で動いている。
つまり、一般庶民からの受けは良くなるが、裏社会の住人からは警戒されるのである。
これが常勝将軍の影響力だ。
「そのくらい気づきなさいよ。
これだから軍人は」
毒づきながら、魔銃スパイラルに弾丸を装填する。
じつは彼女も、今はミズルア王国の王宮護衛士という役職についている。
しかし、それまでは一介の冒険者であった。
公権力の強さも危うさも見てきた。
「次いくよ」
ゼノーファの声。
「了解」
「スリープクラウドっ!!」
発生した催眠ガスを置き去りにして走る三人。
何人か引っかかってくれればいい、という発想の罠だ。
二、三人のならず者が路地に倒れ込む。
「ごめん。
僕これで打ち止め」
脱出行で、立て続けに魔法を使ってしまったのだ。
「私の方も、あまり弾が残ってないけどね」
苦い微笑がリフィーナの顔に浮かぶ。
もともとスパイラルは装弾数が三発しかない。
こまめに装填しないといけないし、弾丸は特注だから高くつく。
だからといって、他の魔銃より性能が良いわけでもない。
使い勝手は最悪といっていいが、
「父さんの形見だからね。
手放せないのよ」
得意の三連射。
撃った数と同じ数の敵が、肩や足を抱えて倒れる。
これが消耗の原因の一つだったりする。
いくら相手が犯罪者でも、殺してしまってはこちら側の正義がなくなってしまう。
だからゼノーファもリフィーナも、致命傷を避けるように攻撃しているのだ。
と、前方に立ちふさがる影。
背の低い男の影だ。
「くっ!」
慌てて狙いを定めるリフィーナ。
だが、その瞬間に男は彼女の脇を走り抜けていた。
「速いっ!?」
「西門の外で馬車が待っている。
行くが良い」
愕然とするゼノーファ。
遅れて聞こえた声は男のものではなく、紛れもなく常勝将軍のものだったから。
しかし女声だったのはそこまで。
「我が名はレストっ! 義によって助太刀するっ!」
朗々した名乗りは男性のものだった。
ぽかんと口を開ける三人。
「名乗った……私でも名乗らなかったのに……」
「しかも……おもいっきり偽名をね……」
「こすいよ木蘭さま……こすすぎるよ……」
三者三様の感想を述べる。
その間にも、レストと名乗った男は敵のただ中に躍り込み、縦横に剣を振るってチンピラどもをなぎ倒していた。
たしかに強い。
強いという表現では追いつかないほど強い。
ちなみに、この事件がきっかけで、義人レストなるローカルヒーローが王都アイリーンに生まれるのだが、それはまた別の説話である。
「行くよ」
忘我の一瞬が過ぎ、リフィーナが男たちに声を掛ける。
ここにいるのが敵のすべてとは限らない。
むしろチンピラなど、数に入れる必要などない。
本当に怖いのは、面目を潰された犯罪者グループが差し向ける刺客である。
頷くゼノーファとウィリアム。
疲れた足を叱りつけ、西門の方角へとふたたび駆け出した。
赤い。
視界が赤く染まっている。
沈んでゆく夕日によって、全てのものが赤く染めあげられている。
「はいっ!」
懸命に鞭をふるレフィア。
街道を三頭立て馬車がひた走る。
道行く人々が描かれた紋章をみとめ、街道脇に避ける。
大輪の薔薇をあしらった、花男爵家の紋章。
だが、乗っているのは花家の家臣ではない。
モウゼンとルゥとベガ。
そして合流したリフィーナたち三人。
赤毛の少女を合わせて、七人の冒険者である。
ベガとモウゼンが後方に注意を向け、ルゥが風の精霊の力を借りて周囲の音を聞いている。
索敵だ。
犯罪者グループどもの刺客が、いつかかるかわからないのだ。
警戒を怠るわけにはいかない。
それにしても、準備不足の出発になってしまった。
「あと六発。
きついわね」
呟くリフィーナ。
アイリーンに到着してから弾丸は買い足したのだが、それらはすべて宿に置いてある荷物袋の中だ。
大きな街、たとえばマルゴー市あたりに到着するまで、補給は望めない。
彼女だけでなく、他のメンバーも似たような状況である。
モウゼンとルゥが時間の許すぎりぎりまで荷物を積み込んだが、実際には微々たる量でしかない。
「木蘭さまから現金を借りることができました。
つぎの街に到着すれば、何とかなるはずです」
慰めるように言うモウゼン。
苦笑で応える仲間たち。
金があるのはありがたいが、それ自体は戦闘にはまったく役立たない。
次の街にたどり着く、というのが現在の大目標なのである。
今ここで襲われたら、かなり苦しい戦いを強いられることになってしまう。
「……土煙っ!?」
目の良いベガが後方を指さす。
猛然たる勢いで、何かが接近していた。
「レフィア」
「無理。
これ以上飛ばしたら馬がもたないんだよ」
絶望的な返答に、ゼノーファが窓から身を乗り出す。
魔力はほとんど回復していない。
だが、最接近されるよりはやく片を付けるしかない。
同様に戦闘姿勢を取る仲間たち。
「あ。大丈夫なんですよー」
「月光だっ!」
ルゥとリフィーナが同時に言う。
純白の馬体。
落日の余光を照り返し、鞍上で手を振る影。
二人だ。
「ズーの旦那とライゾウの旦那。
生きてたんすねぃ」
安心したように、ベガが笑った。
今、冒険が始まる。
伝説の終焉を迎えるための。
■NPC一覧
◎花木蘭/女/33歳
常勝将軍。花男爵家当主。国内最大の貴族で、最も人気のある将帥。
◎フィランダー・フォン・グリューン/男/29歳
木蘭の高級副官で婚約者。聖戦のおり、竜の峰へと赴いた一人。
◎マルドゥーク/女/?歳
金色の竜王。竜族の長。
◎バハムート/男/故人
白銀の聖龍。死して神剣ジャスティスとなった。
◎ウィリアム・クライヴ/男/故人
最後の竜騎士。魔王に与し世界を相手に戦った。魔軍司令。
◎シャルヴィナ・ヴァナディース/女/故人?
魔軍の副司令。
◎フェルミアース・ミルヴィアネス/男/30代後半
少将。アイリン王国緑の軍西方管区司令官。男爵。
◎フィリップ・イグナーツ/男/故人
聖戦のおり、国王と木蘭を人質に取った奸物。
◎ゴズ/男/?歳
暁の女神亭の小間使い。浅黒い肌の美青年。
■次回予告
逃げるようにアイリーンを脱出することとなった冒険者たち。
木蘭は後始末に追われていた。
他方、バールとルーン方面に先行した者たちは、期せずして同様の噂話を耳にする。
竜狩人……。
竜を狩る者とは、一体なんなのか。
終焉の刻へと冒険は続く。
※次回行動への指針※
次回の行動(目安です)
1 ルーンシティへ
2 三国国境へ
3 アスカ要塞へ(バール組選択不可)
4 その他
アンケート
Q1 夏です。夏といえば?
Q2 犬と猫、どっちが好きですか?