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前日譚1

「その」前の物語1

 風が哭く。

 数千年の怨嗟を乗せて。

 金の髪がなびいている。

 竜の郷。

 どんな国の地図にも載っていない場所。

 そしてこれからも載ることはない。

 未来永劫。


「またここにきていたのか。

 シャラ」


 男の声。

 呼びかけられた女が、ゆっくりと振り返る。


「……マルドゥークさまが、また謳っておられた」


 彼女の名はシャルヴィナ・ヴァナディース。

 世界に対して弓引いた魔軍の副司令官だった女であり、公式には死者である。

 声をかけたのはロック・サージェントと言い、ドイル神の聖騎士だった男だ。

 護り手の聖戦と呼ばれる戦いにおいて正反対の位置に立っていた二人だが、竜の郷で共に暮らしている。

 彼らの他には、竜の王を祀る竜神官の老夫婦があるだけ。

 広大な領域をもつこの郷も、もうまもなく滅びるだろう。

 それで良い、と、シャルヴィナは思う。

 竜の、竜騎士の力は強すぎる。

 世界を変革させうる力。

 そんなものは、もう人の世に必要ない。

 かつてはそう思わなかった。

 竜は忘れ去られるだけの存在ではない。

 そう確信していた。

 だから、ウィリアム・クライヴの戦旗のもと戦いに臨んだ。

 だが、今は違う。

 これで、良かったのだ。


「唄?

 俺には聞こえなかったが」


 ロックが首をかしげる。

 シャルヴィナの表情が、ごくわずかに動いた。

 苦笑を浮かべたのだということを、男は視覚によらず悟る。

 人には聞き取れぬ音だったのだろう。


「最近、あの方はよく謳っておられる」

「そうか」

「きっと……」


 つづく言葉を、シャルヴィナは呑み込んだ。

 たとえ愛する男にでも伝えたくないこともある。

 金色の竜王に死が近づいていることなど。

 飛翔の力を失った翼。

 無聊を慰めるための唄。


「シャラ?」


 問いかけ。

 応えず、


「……風が、変わるな……」


 金の髪をもつ女が、目を細めた。




 傭兵団の経営というものは、なかなかに難しい。

 というより経営はなんでも難しいものだ。

 二〇歳そこそこの小娘二人が簡単にできるようなものではない。


「仕事こないねー」

「こないですわね」


 むっさい顔で溜息をつく、レフィア・アーニスとラティナ・ケヴィラル。

 傭兵団「ホープ」の団長コンビである。

 彼女たちがホープを立ち上げたのはサンクン会戦直後のことだが、結成以来、この傭兵団はたいした仕事をこなしていない。


「レフィが仕事を選ぶからですわっ」

「ラティが依頼主を殴るからだよっ」


 不毛な押し付け合いは、まあ何パーセントかは原因ではあるだろうが、それ以上に実績がないのが問題なのだ。

 実績とは信頼であり、当然、信頼のあるところに仕事は集中する。

 新設の傭兵団などに回ってくるのは、下請け仕事がほとんどだ。

 そして下請けというものは、たいてい条件が悪いものと相場が決まっている。


「世知辛い世の中だねー」

「まったくですわ」


 溜息だって出ようというものだ。

 軍資金だって残り少ない。

 ホープの設立は無借金でおこなわれた。

 これはレフィアとラティナが潤沢な資金を有していたからだが、残念ながら二人は金貨の湧き出す魔法の壺はもっていなかったので、使えば減ってゆくのである。

 構成人員六五人というのは大きな数字ではないが、メンバーの衣食住は団長たる二人が保証しなくてはならない。

 結成以来半年、順調に資金は減り続け、


「やばいねー」


 一向に危機感がないレフィア。


「このままいくと、今年中に解散ですわ」


 事態はけっこう深刻だったりするわけだ。


「レフィラティ傭兵団も大変でござるなぁ」


 男の声が会話に混じる。


「変な呼び方するなー」


 事務所の戸口に立っている男に、さっそくレフィアが噛みついた。


 この男はライゾウ・ナルカミ。

 アイリン軍のPWで、知り合ったのはサンクン会戦の前夜だ。


「仕事の話を持ってきたでござる」

「受けないよっ!」

「まあまあ。

 話だけは聞きましょう」


 常識人のフリをして、ラティナが相棒をたしなめる。


「ぜったいロクな話じゃないんだ。

 聞かなくたってわかるもん。

 賭けたっていいくらいだよ」


 ぶつぶつとレフィアが呟いている。

 もちろん相手にされなかった。

 なかなか的を射た意見なのだが、そこは背に腹は代えられないという言葉もある。

 生きるためには働かねばならず、働くからにはスポンサーは大きな方が良い。

 ライゾウが持ってきた仕事ならば、普通に考えてアイリン軍が一枚噛んでいるはずだ。

 うまく立ち回れば、また大金を手にすることができるだろう。


「お座りになって。

 いまお茶を煎れますわ」


 満面の笑みを浮かべるラティナだった。




 祈りの声が響く。

 ルーン神を祀る神殿。

 ルーン本国の大聖堂に比較すれば小さいが、それでも王都アイリーンの神殿は、それなりの規模の建造物である。


「おつかれさまです」


 朝の礼拝を終えたマーニ・ファグルリミに、レティシア・ディアンサスが声をかけた。

 ともにこの神殿で寝起きする神官である。


「おつかれさまです」


 かるく会釈を返すマーニ。

 ふたりとも鮮やかな金の髪ととがった耳を持っている。

 エルフである。

 人間からはなかなか見分けが付かず、姉妹だと思われることもあるが、血縁はまったくない。

 目が青くサイドで髪をまとめているのがレティシア。

 ストレートヘアで緑の瞳なのがマーニ。

 失礼極まる判別法が神殿で使用されていることを、もちろん彼女たちは知らない。


「ルゥがきておりますわ。

 マーニ」

「あら珍しい。

 あの娘の方から足を運ぶなんて」

「もうすぐ夏休みですからね。

 暇つぶしのネタでも探しにきたのかもしれません」


 くすくす笑いながら廊下を進む。

 彼女らふたりと、ルゥ・シェルニーは知己である。

 神殿勤めのプリーストと魔法学校に通うシャーマンでは、あまり接点がないように思えるが、割と仲が良かったりする。


「おはようなんですよー」


 客室に入ると、元気な学生が手を振っていた。


「また、忙しくなりそうですね」


 予感に似た衝動にかられ、マーニが呟く。




 桟橋に降りると風に乗った賑わいが耳道をくすぐる。


「変わってないな」


 くすりと笑った女が荷物を背負いなおした。

 ほほ半年ぶりの来訪である。

 リフィーナ・コレインストン。

 東方大陸はミズルア王国の王宮護衛士であり、彼の国の歴史上はじめての銃士である。

 ミズルア王国の大使館がアイリーンに新設されるのにともない、現地調査をおこなうスタッフの護衛というのが、彼女の表向きの任務である。

 まあ、表があれば裏があるのは当然で、実際にはリフィーナの仕事はほとんどない。

 というのも世界一治安の良いアイリーンで、しかも友好国の関係者を迎え入れるのだからアイリン政府が充分な警護体勢を整えてくれる。

 半年前とは状況が違うのだ。

 滞在期間中は、かなり暇をもてあますことになるはずだった。


「妹の様子でも見に行こうか」


 そう思っていた彼女だったが、交易船「希望の朝日」号の中で受け取った魔導通信によって、予定を変更することになる。


「元気そうっすねぃ。

 リフィーナ姐さん」


 かけられる声。

 待ち人である。


「あなたもね。

 ベガ」


 視線の先、赤い髪の女に微笑を向ける。

 リフィーナがミズルアへと赴くこととなった大事件の際に知り合った、シーフのベガだ。

 いまは盗賊稼業から足を洗って相棒と商売をしているのだったか。


「みんな待ってるっすよぃ」

「暁の女神亭にいくのも半年ぶりね」


 歩き出す女たち。

 汽笛が鳴る。

 新たな冒険の幕開きを告げるように。

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