序章
◆オープニングシナリオ
「PBeMとは」
Play by e-mailの略。PBMの派生ゲームで、eメールを使ったPBMです。
こちらは結果を小説化するタイプで、参加キャラクターに対しても個別にSSがついていました。
個別ノベルに関しては非公開とします。
ルアフィル・デ・アイリン王国軍最高司令官たる花木蘭大将は不機嫌だった。
もっとも事務仕事をしているときなどは、たいていはそういう状態なので、幕僚たちはべつに心配などしなかった。
するのは心配ではなく、木蘭が脱走しないかどうかの監視だけである。
おとなしく仕事をしていれば優秀この上ないのに、とにかくデスクワークが嫌いな人だから。
「退屈だ」
ぼそりと呟く女将軍。
「そうですか?
仕事はたくさんありますよ」
にこにこと応えるのはフィランダー・フォン・グリューン准将。
木蘭の副官である。
すみれ色の涼やかな瞳をもつ青年騎士で、アイリン全軍にたった一人しかいない二〇代の将官だ。
無能な男が将軍の称号を得られるはずがない。
フィランダーは折り紙付きに有能である。
あるのだが、なにしろ周囲が普通でなさすぎる。
常勝将軍の異名を取る木蘭だけでなく、洗練された剛勇と呼ばれるガドミール・カイトス大将。
「百年を生きた梟より狡猾」なフェルミアース・ミルヴィアネス准将。
智は大陸に冠絶するといわれ、木蘭の師ともいうべき赤の軍司令官ジェニファー・リークス中将など。
綺羅星のような人材集団のなかにあっては、フィランダー程度の有能さでは目立てないのは揺るがしがたい事実であったりする。
かといって、彼が評価されていないというわけではない。
評価されていればこそ、常勝将軍の高級副官に任じられているのだ。
「仕事しかやることがない」
「仕事中ですからね」
「退屈だ」
「じゃあ仕事をしてください」
どこまでも噛み合わない会話を繰り広げる。
大将と准将の認識の間には、王都アイリーンの城壁よりも厚くて高い壁が立ちふさがっているらしい。
このふたり、いちおうは婚約者なのだが。
「よし。
トイレにいってくる」
「嘘ですね」
決めつけられた。
「ちっ」
仕方なさそうに事務仕事を再開する木蘭。
驚くほどのスピードで書類が決裁されてゆく。
適当に処理しているかに見えて、不備のあるものは次々と弾かれる。
真面目にさえやっていれば、彼女ほど優秀な人材はアイリン広しといえども滅多に存在しないのだ。
そして一〇分ほどが経過して。
「喉が渇いた。
ガンルームに茶を飲みに行ってくる」
「そのまま逃げる気ですね」
やはり決めつけられる。
「ちっ」
仕方なさそうに、ふたたびデスクに視線を落とす木蘭。
とにかく落ち着かない人物なのである。
幕僚たちとしては監視の目を緩めるわけにはいかない。
積み重なってゆく処理済み書類。
「酷い生活だ。
嫌いな仕事は押しつけられるし、トイレにも行かせてもらえないし、茶も飲ませてもらえない。
奴隷労働というべきだな」
文句を言っている。
わざわざ聞こえるように。
もちろんフィランダーは一グラムの感銘も受けなかった。
「その若さで王国軍最高司令官。
二一州を領有する花男爵家当主。
位人臣を極めていらっしゃるのに、まだ不服ですか?」
「市井の庶民だってトイレに行く権利くらいあるぞ」
「それはそうですが……」
「腹が立つからここて漏らしてやろうか」
「やめてくださいっ!
大将閣下ともあろう方が失禁などっ!!」
「一部のものは喜ぶかもしれん。
そなたはどうた?」
「そんな趣味はありませんよっ!」
「ではトイレくらい行かせろ」
「……逃げませんか?」
「そんなに心配ならついてくるが良い」
こうして、王国軍准将たるフィランダーは女子トイレの前で、ぼーっと待っていることになった。
大本営の広い廊下。
忙しそうに行き来する士官たち。
時折、フィランダーの方へ視線が投げられる。
好奇と同情が入り交じった。
彼が木蘭の婚約者であり、そのお守りを一身に押しつけられているのは周知の事実である。
「うう……そんな目で私をみないでくれ……」
内心の呟きだった。
それにしても木蘭が遅い。
入ってから、すでに五分以上が経過しているのに。
化粧でも直しているのだろうか。
不安に駆られるが、まさかトイレの中に入ってゆくこともできない。
「どうしたものか……」
「フィン兄さま?
なにしてるんです?」
思案顔の准将に女性の声がかかる。
「あ、フィー」
シェルフィ・カノン中尉。
この春から赤の軍に勤務している新進気鋭の士官で、フィランダーにとっては妹のような存在だ。
「じつは……」
事情を説明する。
「あー…それ、逃げられたと思いますよ?」
言ってトイレを覗くシェルフィ。
「ほら。
だれもいませんもん」
指し示す。
個室の扉はすべて開いており、人が隠れられるようなスペースはない。
ついでに、開いているのはドアだけではなく、小さな窓も開きっぱなしになって風に揺れていた。
「やられた……」
がっくりと項垂れる長身の騎士。
困ったような顔で、シェルフィがその肩を叩いていた。
せいいっぱい背伸びをしながら。
さて、まんまと大本営を脱出した木蘭だったが、べつに何か用事があったわけではない。
商店街を冷やかしながら歩く。
ふつう、大将といえば従者だけで一個分隊近くの数になり、周囲を威圧しているものだが、彼女はそういう仰々しいことが好きではない。
いたって気軽に単独行動をしていたりする。
これには多少の事情があって、戦士としての木蘭の強さが桁外れだというのもそのひとつである。
万夫不当という言葉があるが、まともに戦って彼女に勝利できる人間などまず存在しない。
下手に護衛など付ければかえって足手まといだ。
それに、
「レバカツをくれ。
ソースをたっぷり塗って」
「あいよっ」
商店街の人々も、この美しく気さくな将軍を愛していた。
ぞろぞろと大名行列などされたら、寂しい限りというものだろう。
やたらとチープなジャンクフードを買い込み家路を辿る。
木蘭の家、つまり暁の女神亭である。
花男爵家は王都アイリーンに上屋敷を構えてはいない。
これは貴族としては希有なことではあるが皆無ではない。
が、王都で酒場兼宿屋を営んでいる貴族は、さすがに彼女だけだろう。
こっそりと帰宅し、自室に籠もる。
「どうせ後で怒られるのだからな。
いまのうちに命の洗濯をしないと」
勝手なことを言って、買ってきた麦酒の蓋を切る。
口に含んだジャンクフードを、一気に流し込む。
はじける泡が喉に心地よい刺激を与えた。
「ごくらくごくらく」
山海の珍味が並ぶ豪華な晩餐より、このような庶民の味をこそ好む彼女だった。
ささやかな饗宴を楽しむ。
『木蘭』
不意にかかる声。
ただしそれは音を伴ったものではなく、頭に直接ひびいたような感覚であった。
無言のまま立ち上がった彼女が、クローゼットへと歩みを進める。
扉を開くと、一振りの長剣が鎮座していた。
「ジャスティス。
人の楽しみを邪魔するものではないぞ?」
苦笑した木蘭が語りかけ、柄を握る。
神剣ジャスティス。
もともとは木蘭の持ち物ではない。
かつて最後の聖騎士といわれたシャーリーンが持ち主である。
至高神アイリーンの神具は七宝聖剣であり、当然シャーリーンもそれを使っていたが、神具というのはおいそれと振るえるものではない。
だから、主に用いていたのがこのジャスティスなのである。
もちろんアイリーンから賜ったものだ。
一五年前、ひょんな事からジャスティスを手に入れた木蘭は、これを世に出さず保管してきた。
そして暁の女神亭を建てるとき、土台の下に埋めた。
埋めたはずだった。
にもかかわらず、掘り出されてしまったのである。
どういう運命の悪戯だか知らないが。
『木蘭よ。
マルドゥークを存じておるか?』
訊ねる剣。
ドラゴンロードと尊称されるゴールドドラゴンの名だ。
むろん木蘭は知っている。
「直接に会ったのは、一度だけだがな」
『彼女は死に瀕している』
「はい?」
思わず素で返してしまう。
あまりに唐突な話だった。
『驚くような事でもない。
マルドゥークは一万年を閲しているのだから』
「そうなのか……」
寂寥を感じる。
あの偉大なる竜がいたからこそ、魔王ザッガリアの侵攻を防ぐことができたのに。
魔王の陣営へと走った竜騎士たち。
そのことを人間に与えてくれたのがマルドゥークだった。
神々の代理人たる聖騎士の探し方を教えてくれたのもマルドゥークだった。
もしドラゴンロードが人間に味方してくれなければ、歴史は異なった記述を残したかもしれない。
その彼女が死に瀕しているという。
「なんとかならぬものか……」
非建設的な言葉。
木蘭はマルドゥークと親しかったわけではないが、それでもごく自然に尊敬し敬愛していた。
『竜の寿命は長くても二千年ほどだ。
個体差はあるが』
剣が語る。
一万年という長い時は、長命種の竜のなかにあってさえ奇跡である。
それほどの時間を生きてきたのは、他に魔王の側近たる古代黒竜のアンディアくらいのものだろう。
正直にいえば、いつ死んでもおかしくはないのだ。
「ひとつの時代が終わる、ということか……」
わかっている。
命あるものは必ず老いて死ぬ。
時は万物を支配する絶対者だ。
無機物と有機物のすべてを過去へと押し流す。
これに勝利することは、たとえどのような神話の神々であっても不可能なのである。
いつかは、このエオスの天地も深淵へと飲み込まれるのだ。
だが、去りゆくものはなんと貴重で、忘れがたいことか。
こんな事態になって、もっとドラゴンロードと親しく接したかったと思う。
もっといろいろなことを教えて欲しかった。
エオスのこと。
過去のこと。
そして未来のこと。
語り合ってみたかった。
『貴女に頼みがあるのだ。
木蘭』
「なんだ?」
『私を彼女の元へ連れていって欲しい』
「そうか……そなたは……」
神剣ジャスティス。
剣としてはそう呼ばれる。
本当の名は竜王バハムート。
太古の昔、彼は白銀の翼と蒼い瞳をもったドラゴンであった。
魔との戦いで致命傷を負い、バハムートは自らの存在を剣に変えた。
竜だけがもつ秘術の一つで。
それがジャスティスの誕生秘話である。
『愛した女の最後くらい、看取ってやりたいのだ』
「わかった。
なんとかしよう」
頷く木蘭であったが、簡単なことではない。
竜たちの故郷である竜の峰は、どこのどんな地図にも載っていない。
竜騎士たちの故郷たる竜の郷がそうであるように。
人間たちは転移魔法陣によってそこを訪れたのだが、同じ方法はもう使えなかった。
先の大戦の時に焼失してしまったからだ。
自力で場所を探し出し、自らの足で訊ねなくてはならないだろう。
とてつもない難事業だ。
しかし、それでも木蘭はジャスティスの希望を叶えてやるつもりだった。
もはや彼女にできることは、それくらいしかないから。
「いざとなれば、アイリーンの力を使ってでも……」
『それはやめた方が良い』
剣から伝わる苦笑の気配。
マルドゥークはアイリーンを尊敬しているが、好いてはいない。
彼女にとっては恋人を奪った存在がアイリーンだからだ。
死に瀕したバハムートは剣となって至高神に忠誠を誓った。
結果として彼はマルドゥークではなくアイリーンを選んだ。
そういう解釈も成立するのである。
「わたしはいかない方が良いのか……」
寂しくはあるが、そういうものなのかもしれない。
不思議と納得してしまう木蘭だった。
数日後。
花木蘭の名で、冒険者ギルドへ依頼が出された。
アイリン軍大将としてではなく、個人の資格でである。
内容は、竜の峰に棲むドラゴンのもとへある荷物を輸送する。
これだけ聞けば、簡単そうである。
事実は、どこにあるかもわからない竜の峰を探さなくてはならないし、何日かかるか何年かかるかもわからないのだ。
どれほどの危険があるかもわからない。
しかも、なるべく早急にという但し書きがついている。
困難を極めることは明白で、普通の冒険者であれば尻込みして当然である。
ただ、報酬額が半端ではなかった。
望むものを与える、とは。
もちろん常識の範囲を越える要求などできないだろうが、たとえば栄爵という点では騎士位くらいは望めるだろう。
金銭でということであれば、一生涯を働かずに暮らせるほどの財宝を求めても良い。
名誉というなら、木蘭の側近たるの地位を受けても良い。
薔薇色の未来図だ。
成功すれば、という前提であるが。
困難と報酬を秤にかけ、後者が傾いた者は、詳しい話を聞くために暁の女神亭を訪れることになった。
「アイリンとルーンとバール。
この三国が交わるあたりに竜の峰はある、と伝えられている」
美貌の女将軍の言葉。
ざわつく冒険者たち。
簡単に言わんで欲しい、と、文句を言っている者もいる。
三国国境と一口に言っても広大な領域で、何の手がかりもなしに探し回るのには無理がある。
しかも、魔女の森だのモルロの生息地だの、やたらと危険な噂の絶えない地域だ。
バール帝国軍ですら手を出さない、いわば「開かずの間」のような場所である。
そこで調査をおこなうということは、
「多少は危険があるだろう」
控えめすぎる表現だ。
この時点で席を立ち、酒場を後にする冒険者もいた。
木蘭は止めなかった。
ここで臆病風に吹かれるようなものは、いらないのである。
「報酬の話をしようか」
初夏の太陽が窓越しに差し込む。
穏やかな午後。
難事に挑む者たちに、束の間の安らぎをもたらすように。
※次回行動への指針※
行動指針(目安)
1.北からバール帝国経由で探索を開始する
2.北東を目指し、ルーン王国に入る。
3.まだまだ王都アイリーンで情報を集める
4.その他
アンケート(PC)
Q1 あなたの立場は?
Q2 あなたの特技は?