009、虹色蛙の屁
にーじーいーろーカーエルーがっ♪
「すいません店長、虹色蛙、盗まれちまいまして」
ぬーすーまーれーこーろーりん♪
「まさか、身代金を要求されるとはね……」
べっちょん、ばっちょん、びっちょん、ぼっちょん、つーぶーされてーもどってきたよ♪
「私が発見した時には既に……」
ご愁傷様です。
マザーバッグから取り出したカエルたちは、すべて何者かによって潰され、轢死体状態である。
折角なので虹色六色+黒色の順に並べておいた。
上から赤、橙、黄、緑、青、紫、黒である。
尚、虹色が何色なのかは各国で定義が違うので、如何ともし難いことである。
それはさておき、痛ましい事件であった。
本日の店番、ゼンダ氏の供述によると。
「今日入荷予定だった虹色蛙は、危険な代物だと依頼主の錬金術師に釘を刺されてた。だから厳重に保管箱へ入れて運んでもらった。保管箱? 冷凍睡眠箱と言って、中に入れた生き物は凍結、生きたまま眠ったように保管される精霊魔術の粋を極めた箱、高級品さ。だからなのか、窃盗犯はこの箱を狙った。中に蛙が入ってるとも知らずに。おそらく、他の何か、もっと高級な生き物が入っているとでも思って身代金要求を書いた紙を置いていったけれど、中を開けてびっくり。ただの蛙だったから怒って道端で踏んづけた、と。僕は思うね」
ふむ、理にかなっている、かな?
「困ったねえ、虹色蛙はA級冒険者に頼んで、やっと手に入れたものなのに……轢死体で許してくれるかなあ、ラグ爺さん」
店長のケミスさんは困った困ったと言いながらも、テキパキとラグ爺さんとやらに手紙を書き、身代金要求の紙には何やら魔法をかけ……て、えええ、すごっ、これが魔法?!
初めて見るちゃんとした魔法に私は感動した。
キラキラ銀色の星屑が杖の軌跡を描くように舞い踊っている。綺麗~!
あと、杖を使うところも初見。本格ファンタジーな道具にわくわくとまらない。
この店には様々な魔法用品がある。
天秤、天球儀、大きな篩なんかは、いかにも錬金術師が使ってそうだし、カエルを素材にするということは、生き物の何かそういうものも……。
oh......血の入った試験管、動物の骨、頭蓋骨、ホルマリン漬けっぽいものまで、まるでインテリアのごとく飾ってあるし……。
ケミスさん、ディスプレイの仕方うまいですね。
あの辺のキラキラした鉱物でも眺めていよう。
鉱物の中で、キラキラ雲母が星空みたいに瞬いている。
素敵綺麗……と、和んでいたところで、vol.3『手に入れてみよう!』が明るく輝き、点滅しだした。
お? もしかして、ここで?
『手に入れてみよう!』
□魔珪石
□魔水晶
□虹色蛙(赤)の屁
□虹色蛙(橙)の屁
□虹色蛙(黄)の屁
□虹色蛙(青)の屁
□虹色蛙(緑)の屁
□虹色蛙(黒)の屁
□虹色蛙(紫)の屁
□精霊樹の枝
□硝子の欠片×10
□木片×10
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屁が多いな?!
カエルの屁が何の役に立つというの?!
何故かもう□にチェック入ってるし、一体いつ、虹色蛙の屁を手に入れたのやら……。
vol.2『つくってみよう!』も光っているので見てみる。
『つくってみよう!』
□シリコーンゴム[材料][動画]
□ベビーニップル[材料][動画]
□ニップルシールド[材料][動画]
□歯固め[材料][動画]
□哺乳瓶[材料][動画]
□搾乳器[材料][動画]
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蛙の屁は、シリコーンゴムの[材料]になるらしい。
シリコーンゴムってなんぞや? と、[動画]を観て確認したところ、魔珪石を電気炉で還元し、虹色蛙の屁の反応で合成。出来上がった化合物を蒸留することで精製されるのが五つの原子。その内の四原子に加水、重合して、魔珪石を灰にしたものを加え錬成、加熱処理しながら形状整形………………。
うむ、訳分からんな。理解不能なので神にお任せだ。
と、投げやりになったところで、
「儂の虹色蛙があああああ!!!!」
元気なお爺ちゃん登場。
直ぐ様、ケミスさんが対応した。
「ラグバルドさん、」
「儂のっ、頼んでおった、蛙がっ」
「落ち着いて」
「ぬぬぬぬぬぬ盗まれたぁとぉぉ」
「返って来ました」
「……なぬん?」
「そこに……」
「つーぶれておるではないかああああ」
コントかな?
噂のラグお爺ちゃんは、頭は禿げ上がっているのに、白い髭は長い。胸のところぐらいまである。サンタさんみたい。
体型も丸めだし、丸眼鏡が鼻の上にちょこんと乗っているタイプ。
「誠に申し訳ございません。我々の不注意で盗っ人に盗られてしまいました。もう一度、手配をしますので、再度お待ちいただけませんでしょうか?」
潰れた蛙を前に膝を屈し、相当に落ち込む老人は見ていて痛々しかったのか、ケミスさんは潰れ蛙で赦してもらう予定を変更したらしい。再度、お取り寄せの形にして、弁済費用に充てるつもりだ。
その気持ちが伝わったのか、ラグお爺ちゃんは、ふっと顔を上げ、今気づいたように言った。
「そう言えば……潰れておるが、お主らは平気なのか? 蛙はこの状態で戻ってきたということかの?」
「え? ああ、そうですね。そこのお嬢さんが、潰れた状態で発見したそうです。特に我々は怪我もなく」
「いやの、怪我じゃなくての、気持ち悪かったり、目眩がしたり、虚脱したり、じゃの。この蛙は身の危険を感じると毒の屁をひり出すのじゃ。潰された時に毒も巻き散らかされたはずじゃの。最初は軽い症状なのじゃが、発熱、嘔吐、下痢、下血、脱毛と続いて衰弱、最期は体中から血を噴出して死ぬの。見たところ……そこのお嬢ちゃんも元気そうじゃな」
怖っ! このカエルの屁、毒ガスなの!?
こんな小さいくせに恐ろしい毒屁もち。スカンクよりヤバい生き物だ。スカンクは己の屁が臭すぎて死ぬらしいけど、このカエルは毒屁にやられたりしないのかなあ。
まあ、自分の毒で死ぬ生き物はいないか。毒耐性があるとみた。
そして潰れカエルの惨殺死体遺棄現場にいた私。もしかしたら第一発見者かもしれない。現場を荒らしてすみません。
それでも、ラグお爺ちゃんの言うような症状は体験してないぞ。
思い返せば、あの時くしゃみが出て……あれ?
「あの、そのカエルの毒の屁って、甘い匂いですか?」
「おや、お嬢ちゃん、知っておるのかね。左様、甘い匂いで、無色透明。目に見えぬから、よからぬ事に使うことが可能じゃの。とても危険じゃからこそ、高級な冷凍睡眠箱で輸送を頼んだのじゃが…………犯人は、開けてしまったようじゃな」
「────っ、こうしちゃいられない、直ぐに、その症状を訴える患者が居ないか、当たってみます」
「そうするがええ。儂の虹色蛙は残念じゃが、気は長い方じゃ。待つとするわい。ただ、その症状の患者がいた場合、蛙が手に入らんことには治せんのじゃが……」
ラグお爺ちゃんがもにょもにょ口ごもっている間に、ケミスさんは行ってしまった。
最後まで聞いていた私は、ラグお爺ちゃんが毒蛙の血清のことを指摘しているのだと理解した。そして、患者が助かる見込みは皆無だということも。
現物がなければ血清の生成は難しいだろう。そして血清ができるまでには時間が掛かる。何年程になるかは、こちらの世界での技術が分からないから断言できないけれど、前世だと最先端の精密機器を使っても一年くらいだったと、何かの折に調べたことを思い出す。
「……治療院に腕の良い治癒術師がおれば、ええのう」
そうか。この世界には魔法があった。魔法で血清と同じように、毒を中和できるのかもしれない。
私もその可能性を祈るしかない。