008、カミングアウト
授乳が終わり、ゲップとんとん、おしめも替えたらば、ユリシスはスッキリしたみたいで、スヤァと夢の中へと旅立って行った。
その一部始終をマリアさんに見られたわけだが……。
「精霊との繋がりがあるってレベルじゃないわねえ。エアリーちゃんは」
にっこり微笑んでいらっしゃるのに、何故か圧を感じるよ。
「あの、その~……授乳ケープと授乳クッションは差し上げますので、どうか、色々と見てしまったものは、お忘れください」
そう、そうなのだ。私は調子に乗って、マリアさんの前で授乳クッションを【育児収納】から取り出していたのだ。
突如、空間から大きなクッションが現れたように見えただろう。それが何を意味するのか分からないマリアさんじゃなかった。
「精霊魔法で空間を繋げて? そこに収納する? しかも出し入れ自由?! それができる精霊術師が何人いると……!」
マリアさんには精霊の動きが見えるらしい。私が【育児収納】を使う時、精霊が活発化しているそうな。
えあれ? これ、魔法じゃないの?
精霊魔法が魔法なのか、な?
しかし私は、何の為にマザーバッグをダミーに持っていたのか……マザーバッグから取り出したフリをすれば良かったのに……いや、でも、クッションは大き過ぎてマザーバッグには入らないか……ダミーの意味なし。
やらかしたと気づいたので、もう開き直ってユリシスはパンダ神特製ベビー籠に寝かせてある。
ベビー籠は布をロープ編みした編みかごで、取っ手がついており、そこにはパンダの耳が。籠の側面にはパンダの目鼻口がデザインされていて、とってもパンダ可愛い仕様である。
「タレ目も、口元もキュートで、子供にも大人にだって、これを見て悪い感情を抱く人はいないと思うわ」
パンダデザインを、そう評価したのはマリアさんである。
この世界にパンダは存在しないらしく、こういう動物が前世の世界にいて、人気アニマルだったと説明。
さり気に、授乳ケープや授乳クッションも白黒パンダ模様であり、帽子や靴下にもパンダのアップリケがワンポイントを飾っていたりする。
「忘れるわけないでしょう。これだけ、あれやこれやと見せられては……」
おおう、今度は困らせてしまった。
私としては、せっかく見つけたユリシスに母乳を与えてくださる聖母様だ。逃したくないし、今後も友好を築けたらと思う。
でも、私のチートぶりを脳内処理するのは大変なのだろう。彼女を悩ませてしまったようだ。
「あの、マリアさん」
「……しかないじゃない」
「はい?」
なんか、ガッと両肩を掴まれたのだが。
「保護するしかないじゃない! 貴女ごとっ!」
お、おおお、鬼気迫るとはこのことかあ。私を揺さぶっても何も出ないよ。あ、育児グッズなら出せるけども。
「いーい? 私の実家は、大店なの」
「あ、はい」
「それで、私の夫は、この焼場の管理権を有した商人なの。ちょっと珍しい店をやってるわ」
「は、はい」
「これが、どういうことかと、言うとね?」
一語一語区切ってまで教えてくれるのはいいけど、肩を持って揺さぶらないで欲しい……。
「私には、販売網がある」
それって実家と旦那さんのでは?
「貴女の育児用品は素晴らしい。絶対に欲しい人がいる。必要に思う人がいる」
「えあ、それは嬉しいです。欲しい人がいるなら、あげてもいいくらい」
「それは駄目ええええええ」
「ぴああああ!」
めっちゃかっくんかっくん揺さぶられたので、首もげそう。
落ち着いてくださいとなだめたところで、「どうしたんだい?」と、後ろから、のんびりした声が響いた。
「ケミス……お仕事は終わったの?」
「ああ、一通り見て回ってきた。問題は無いよ。その子は?」
と、私を見て尋ねるケミスさんとやらは、二十代前半くらいの若者だ。
ひょろりとした体躯で、雰囲気が儚げの、こう言っては失礼かもだけど、あまり男性には見えない中性的な人。
おそらく、マリアさんの旦那さん。
マリアさんはケミスさんに近寄ると、とっても親密な空気を醸し出しながら、こそこそ、ひそひそっと、内緒話を始めた。
私は空気を読んで、ユリシスの可愛い寝顔を眺める。相変わらずの新生児微笑、プライスレス。
アウロくんも眺めていたら、左手だけグーにして寝ながら「ぷぷぷぷっ」っておなら出したのが笑えた。ナイス屁。
暫く待った後、「エアリーちゃん」と声をかけられたので、振り向く。
マリアさんとケミスさん、似たもの夫婦が並んで、にっこり。
「ビジネスの話、しようか」
「oh......yes」
としか、言えんだろう、これ、この状況。
そこからは、あっという間に人が集まって馬車の支度が整えられ、私もユリシスも、初めての馬車移動と相成った。
うわあ、馬車って、こんなんなんだ。へえー。あ、そこにベビーベッド詰むんだ。さっきよりコンパクトになったベッドは馬車内でも使用できる仕様らしい。
ギャグじゃないよ?
「慌ただしくて済まないね。私はケミス。妻からも説明があったかもしれないが、『精霊商店』の店長だ」
「エレメンタル・ショップ……ですか?」
いやいや、何そのファンタジー用語全開な店名。聞いてないよ。
「ああ、普通の人には馴染みのない店だね。主な客は精霊術師、錬金術師、たまに召喚術師。精霊に関わりのある人間しか訪れないのだよ」
ケミスさんが言うには、店を継ぐのは精霊を知る者限定で、先代が引退して受け継いだばかりのケミス店長は、焼場管理人もしていると。
「焼場の火の管理をしていたら、先代とも、マリアの実家の方とも関わってね。気づいたら店長に、マリアとも結婚できて、子供にも恵まれた。ああ、これが精霊姫の御加護かと、思ったものだよ」
ケミスさんは、【精霊姫の加護】という強力な祝福を持っているらしい。
そのお陰でか、様々なことで順調らしい。
「エアリーちゃん、君と弟くん、ユリシスくんは精霊と繋がりがあるはずだ。もしかしたら、より偉大な方の保護を受けているかもしれない。見たところ君は貧民街の子だ。ユリシスくんは君のおかげか、エルフの高貴な身分に見えるけれど、君は違うだろう」
そりゃあユリシスは徹底的に磨きましたから。
不快な思いひとつさせるものかと、丹精込めて育てておりますとも。
今なら美味しい作物が出来ましたと胸張って言える農家さんの気持ちがわかる。
「確かに、私もユリシスも貧民街の産まれで、ユリシスの父親はエルフの貴族です。私も……確信はありませんが、隠れ潜むよう父親から言われて育ちました」
私がそこまで明かすと、ケネスさんも、マリアさんも、はっと息を飲む音が聞こえた。
「マリア……これは、思った以上に厄介かもしれない」
「そう、ね……私たちだけで、守り切れるかどうか……」
いやいや、そこまで深刻な話じゃないよ。
親たちの実家とは縁が切れているだろうし、何かコンタクトを取ってきた形跡もない。私たちが産まれたことすら知らないだろう。
たとえ何か言ってきたとして、何かを強要されたとしても、私には逃げれる手段が確約されている。
まだ手に入れてないけど、転移の魔法が使えるはずだ。
「大丈夫です。お二人に、ご迷惑はかけません。でも、ユリシスにお乳だけは、いただきたいのです。離乳食になれば、私だけでも面倒見れますから。哺乳の間だけ、お願いします」
そう言って私は、ユリシスを前抱っこしたまま頭を下げた。と、同時に馬車がガックンとなって、足を踏ん張る羽目になったけど。
ユリシスの頭も守ったぞ。ぶつからないように手を添えた。私偉い。
件のエレメンタル・ショップに着いたようだ。
また慌ただしく降りる準備が始まった。
降りて気づいたけど、この辺、焼場に行く時に通った道だ。
ボーナスカエルをゲットしまくったところが近い。