第6話
使用人さんに連れられて食堂へと歩いて行くと、丁度こはるんも来ていたところだったらしく、「おはよう」とおれに声をかけ歩み寄ってくれる。
こはるんに顔を見ておはようを言ってもらえるなんて最高の1日の始まりじゃん……。
「お、おはよっ、ございます、あの、こは……、や、ゆ、ゆき」
返事をと思いつつ、推しを目の前におれは汗を吹き出しながらどもってしまった。
と、というか何てお呼びしたらいいのか分からずしどろもどろになるおれ。普段はこはるんだけれど、本人を目の前にそれでいいのかわからない。雪野さんだよな、多分。普通。
目を泳がせながらわたわたするおれに、こはるんが「ははっ」と小さく笑ったのがわかった。
「こはるんでいいって」
「エッアッ、は、はい。こはるん、さん」
「さんもいらないって。ライブで呼んでくれてるでしょ?」
「は、はいっ」
エッ天使……?
「そういえば、昨日と大分雰囲気違うね」
「き、昨日は、こはるんのライブ用の姿、なので……」
「ライブの為におしゃれしてくれてるんだ。嬉しいな」
「ハヒッ」
目に止まればなんて邪な事は考えてはいないが、こはるんのファンとしてなるべく小綺麗にしなくてはとは思っている。雪野こはるのファンは不潔な奴ばかりと思われたらたまらんからな。
「ってかライブ用の姿て。面白い言い方すんね」
んふ、と笑うこはるんに、おれもへへへとつられて笑う。今キモい笑い方してなかったおれ? 大丈夫?
そんな感じでやりとりしていたら、食事が出来たので座るように言われてこはるんと席に着く。
「ヒエ〜、マナーとか全くわからないけど大丈夫かな」
「音立てなきゃいいんじゃないかな。ま、異世界だし多少は多めに見てもらおうよ」
「そ、そうですね」
「なんかまだ硬いね」
「そ、そりゃあ、こはるんはおれにとっては、特別な推しだし、ましてや一緒にしょ、食事だなんて」
顔を上げたら推しの顔があるとかどういう状態なんだ。あ、なんかドキドキしてきた……。
「ま、そりゃそうか。でもこの世界じゃ唯一の身内だしさ、何とか慣れてね。奏くん」
「ホァッ! はっ、はい」
いや無理! 無理! こはるんに呼ばれただけでこんなだもん!! 慣れねぇ!!
料理の味はしなかった。この世界の料理が口に合わないのか、こはるんに緊張してなのかはわからん。
その後は、昨日は合わなかった王様と王妃様に会わされる。距離があるので顔はわからなかったが、恰幅の良いおじさんとおばさんだったと思う。多分。
要約すると、1ヶ月の訓練をしてから、旅に出るらしかった。
おれもこはるんも、戦いなんて無縁もいいところだし、魔術なんて御伽話だ。
正直さっさと元の世界へと戻りたいので、明らかに長期滞在となる事にめちゃくちゃがっかりした。まさか年単位じゃねえだろうな……。
……有り得るな。ちらりと隣で同じように控えるこはるんを見た。多分、おれと同じ事考えてるんだろうな……。
***
当面の生活と訓練についてだが、まずこの王城に客という立場で滞在する事になるらしい。各々の部屋は昨日と同じ。そして、戦闘訓練。おれは騎士団の訓練へと参加。こはるんは魔術師団の訓練へと。中でもおれ達専属の師がそれぞれ就くらしい。
「戦闘なんて無理に決まってんだろ……。こちとら喧嘩だって普段しないんだぞ……」
思い切りインドアなおれになんて無茶を言うんだ。争い事も好まない心優しいオタクなんだぞおれは……。
「本当それな。異世界での才能が開花するのを祈るしかないというのか……」
こはるんと揃って溜息を吐く。
それから、一瞬の間が空いて。こはるんがおれに真っ直ぐ向き合った。
「奏くん。色々と大変だけど絶対帰ろ。本当はまだ発表してなかったけどさ、ライブツアー決まってんだよね」
「エッ!!!!!」
「で、千秋楽は今までで最大規模で」
「ま、まじすか………?」
「そうよ。勿論来てくれるよね?」
「はい!!!!!」
何それ絶対行く!! 死んでも行くわ!!
先ほどまでの憂鬱な気持ちは吹き飛び、おれは力一杯返事をする。突然興奮し始めたおれに、こはるんはどうどうと落ち着くよう制す。
いや無理! 落ち着けないって!
「ほらほら、周りの人達びっくりしてるから。ま、そこまで喜んでもらえて嬉しいよ私も。フライングだけど、事が事なのでね、特別よ。そんなわけだからさ。絶対元の世界に戻って、」
「こはるんのライブに行く!!! 死んでも!」
「死なないでね。ふふふ、少しはモチベ上がったかな」
「ちょう!!! あがった!!!」
おれに気を遣ってくれたのだろうか。
ともあれ、おれは何が何でも元の世界に帰ってやると決意を新たに固めたのだった。