第5話
「コハルン様、こちらの部屋へ」
「……どうも」
ややそっけなく返事を返し、こはるんは部屋へと通される。それに続こうとしたら王子がおれとこはるんの間に滑り込むように割り込んできた。
「貴様!」
「うわ、なんすか」
行く先を阻まれ思わず睨む。すると王子は後ろ手に扉を閉めると、眉間にそれは深い皺を刻んだ。
「何故入ろうとしている」
「え」
「いくら同郷といえど部屋は別室にきまっているだろう!」
「え、あ~……」
そ、そりゃそうか。いやこんな異世界で一人は怖いって! 1人きりはちょっと。
……いや、でもこはるんと同室は、確かにいけないな。もし、おれが別のファンだったら、粛清するもんな。そこまで頭回ってなかった。
「う、うっかり。すんません」
「……ふん」
殺気やば。すぐわかった、これが殺気だって。そのくらいわかりやすい。勿論殺気なんて日常ではなかなか体験するものでもないから、思わず視線を逸らす。
完全に敵視されたなぁ、これ。まあ仕方ないか、ここの奴らにとっておれは異物みたいだからな。
「ここだ」
「どうも」
案内された部屋へと入り扉を閉めた。王子が去っていく音が遠ざかるのを確認し、おれは改めて部屋を見回した。先程一瞬だけ見えたこはるんの部屋と比べたら大分質素だが、まあおれの住んでるアパートよりは広い。
おれはゆっくりと息を吐く。ふらりと備え付けられたベッドへと歩いて、そのまま倒れ込んで身を沈めた。ふかふかや。おれの煎餅布団とはえらい違いだ。
そうして布団に包まれているうちに、瞼が重くなってきた。なんだかんだでおれも疲れていたらしい。
「……って、危ねぇ!」
がば、と体を起こす。危うく寝るところだった。片目ずつ、慎重にコンタクトレンズを外す。外さず寝ると怖いからな。
普段からコンタクトレンズ使ってる奴は凄いと思う。ずれたりするとすごく痛いし、未だにつける時と外す時は緊張するもん。コンタクトは、こはるんのライブでしかつけないと決めている。元来ズボラだから、絶対に疎かになる事がわかってるもん。
さて、外したコンタクトレンズどこに置こう。取り敢えず枕元に置いておくか。
それにしても眠い。起きたら、どうなってるんだろう。この部屋か、おれの部屋か。この夢みたいな一日は、本当に夢なのかどうか。
あ、ワックスも、落とさなきゃ。体を起こして、だれかに。だれにだ?
そんな事を考えていたら、知らない内に眠りに就いていた。
***
「カナデ様。起きてください」
「ふえ?」
ゆさゆさと体を揺すられる。知らない声。寝ぼけた頭のままゆっくりと体を起こし、瞬きを繰り返す。
ぼやけた視界に、眼鏡を探して辺りを探すが見つからない。いつも枕元に置いてるのに。
「あれ?」
「何かお探しですか?」
声をかけられて、おれはぴたりと固まる。
知らない声だ。おんなのひと。
「え、あ、えっ? あ、だれ?」
知らない人が部屋に? ぞわりと悪寒が走り、声の主に問う。眼鏡がないからよく見えない。
「失礼致しました。わたくし、使用人のベッタと申します」
「は、はい」
寝ぼけていた頭がようやく覚醒してきた。
そうだ。おれは、こはるんと、異世界に。そしてコンタクトレンズを枕元に置いて寝た。多分ね、もう見つからない。だってないもん。割れてるかもしれん。
ベッタ、と名乗った人物がいる方へと向き直る。顔は見えないが、金色の髪の毛だという事はわかった。
「あ、あの」
「お支度の為に参りました」
「そ、そっすか」
陰キャと呼ばれていたおれは、紛う事なきコミュ障である。昨日はアドレナリンがどばどばと分泌されていたようで(そもそもライブだったし)、さくさくと話せたけれども本来は割と、というか普通に人見知りでコミュ障なのである。
おどおどしつつ、顔を洗う為のお湯で顔とついでに髪の毛のワックスを洗い落とす。使用人のベッタさん? は頭までそのままガシガシ洗うおれに驚いて小さく声を上げた。
「あ、と、飛びましたか? ごめんなさい」
「い、いえ」
「か、髪にワックス……えっと、せ、せいはつりょう? あ、あぶら……? を落とさないで昨日寝てしまって」
「そうでしたか。それはこちらの気が回らず申し訳ありません」
「い、いえ」
こはるんは大丈夫だったのかな。見た感じすごいサラサラで何かつけてるようには見えなかったけどな。女の人の事はよくわからないからなぁ。
昨日このまま寝てしまったから本当に良くない。コンタクトレンズは何とか思い出して外したけど、こっちはちょっと無理だったな。力尽きた。
とは言っても、昨日の状況で「あの頭を洗いたいので水をください」と発言できたかといえば多分無理である。
はあ、と溜息を吐く。
女の人と話すのは苦手だ。緊張する。だから、顔が見えなくて良かったかもしれない。
だけど、これから裸眼で異世界を過ごさなきゃならんのか……。そう思いながら、ベッタさんに案内されながら食堂へと向かうのだった。