第4話
取り敢えず部屋に案内すると言われ、おれとこはるんは王子の案内に着いて行くことになった。とてもナチュラルにこはるんに手を差し出したので、代わりにおれが握った。ダメですよ。こはるんの手に触れるのは。こはるんとの握手は有料ですよ。代わりにおれがやったげましょうね。ぱち、と瞬いたのを見ておれは精一杯の笑顔を向ける。にちゃり。
「どうぞよろしくおねがいします」
「……。ええ。どうぞこちらへ」
すんごい睨まれた。そのお美しいかんばせに、ぎゅりっ、と深いしわが刻まれる。手を振り払われ、くるりと背を向けられた。ぶは、と隣のこはるんが噴き出す声が聞こえて、こはるんの笑顔を見損ねたのを知り少しがっかりした。
そんなおれの肩をぽんっとこはるんが軽く叩く。不意に推しから触れられておれはぴくりと軽く体を跳ねさせてしまった。
「ありがとうね」
そう言ったこはるんの顔はまるで花が咲いたような笑顔でおれはその顔に釘付けになってしまう。おれの推しの笑顔尊すぎない? お金をお支払いしなくていいんですか? 払わせて欲しい。
そんな事を考えていたら無意識にズボンのポケットに手を突っ込んでいた。勿論財布などない。だが、指に触れたそれに「あ」と小さく声を漏らした。
「どうしたの?」
「あっ、や。その。ポケットに、その」
そんなおれの様子にこはるんが訊ねてくる。推しとの会話なんてハードルの高い事をすぐには出来ずしどろもどろになるおれをこはるんは嫌な顔もせずに言葉を待ってくれている。女神様かよ……。これからも推し続けます。
ポケットの物を出そうとして、前を歩く王子にふと気づく。没収される可能性があるな、そう思い、ポケットからは何も出さずにこはるんにだけ聞こえるように小さな声を出す。
「あっ、の、大したことじゃ、ないんすけど、」
「うん」
「ポケットに、その。煙草と、ライターが」
「!」
本当に大した事じゃない。この状況が打破できる物でもないし。嗜好品が見つかっただけだ。だが、こはるんは目を見開き、そのまま王子をちらりと見やる。こちらの様子はまだ見られていない。それを確認すると、こはるんはすいっとおれに顔を寄せた。
勿論おれは大パニックである。推しの顔が! こんなに近い!
「私実は吸うんだ。後で恵んでね」
他のファンのみんなには内緒だよ? そうはにかんだこはるんがあまりにも神々しくて、おれは「はひ」と気の抜けた返答しか出来なかった。
えっ、というか、こはるん煙草吸うの!? その事実が衝撃なんですけど!?
あれ? 他のファンには内緒って事は、おれ推しと二人だけの秘密が出来たって事?
「こっ、」
「ほら行こ、カナデくん」
すいっとおれから距離をとってこはるんは怪訝な顔でこちらを見る王子へと目配せをする。おれとこはるんが親密なのが気に入らないのだろう。ふふふ。
異世界のぽっと出のイケメンには引けはとらんよ。