第3話
ぴり、と張り詰めた空気。そしておれを大事な人、と言ってくれたこはるんの綺麗な横顔。おれには何か色々言ってくれたおっさんも、こはるんの言葉には焦りが滲んだようだった。
「お許しください、聖女様」
そんな空気を破るように一人の男が前に出て膝をつく。どよっとした周りの反応と男の格好やらを見るに王子かなんかだろうか。
「そこの男は聖女様にとって大切な……従者か何かでしょうか」
こはるんの従者!? ふ、ふぅん? や、やぶさかじゃないな。わ、悪くない響きだ。まあアイドルとファンの関係をこいつらに説明するのも面倒だしそれでいいかな。
「あー、まぁそんな感じ、です」
「……、」
おれの言葉に、こはるんは何か言いたげに振り向く。従者という言葉にあまり納得していないようだ。優しい。好きです。
おれは大丈夫だ、と伝わる様に笑みを向ける。こはるんは渋々ながら受け入れたようだ。
「身なりからしてそう思いましたが、疑問もあります。何故聖女様を呼び捨てに?」
「あ」
あー、こはるんって名前だと思われてんのか! 実際推してる時はこはるんだけど、実際初めて会って会話する時が来ればちゃんと雪野さんって言ったよおれも! 多分。
でもこの非常事態だし……。そもそもこはるん本人との会話じゃないもんだからつい。
「それは」
「私がお願いしました。そう呼んでほしいと」
どう言おうか考えながら口を開けばこはるんがぴしゃりと言い放つ。
「そもそも私、元のところでは聖女でも何でもないので。文句ありますか?」
「まさか。失礼いたしました」
そ、そっか、そうだよな。異世界だもんな。あれ? なら従者じゃなくて友人とかにしとけば偽りとは言えこはるんの友人になれたの?
そっちもよかったな……。こはるんの従者って響きが魅力的すぎてつい……。
「彼を蔑ろにするのは許しませんから」
こ、こはるんのファンで良かった。嬉しい。一生推す。
「承知いたしました。ところで聖女様、そちらの従者の男が呼んでいるようにコハルン様とお呼びしても?」
「……どうぞ」
やや間を空け、こはるんは答えた。満足そうにニコッ、と女受けしそうな笑顔でそいつは頷き、視線をおれへと向ける。
「一応従者の方にもお聞きしましょうか」
こいつおれが気に入らないんだな! こはるんと仲が良いのが羨ましいんだな。ハッハァーいいだろういいだろう! 我らがこはるんは最高だろう!!
「ん? 何を?」
そうすっとぼけたら、「お名前ですよ」と柔らかい口調ながら冷えた温度で言われた。
「……奏」
「カナデ様、ですね。私はセレドニオ。先日、天啓により勇者という称号を賜りました」
ゆ、勇者だったの? てっきり王子かと、
「そして我が国の第一王子にあらせられるぞ!」
やはり王子でしたか。おっさんの表情にはわかったかこの不敬者がという怒りが滲んでいる。うへえ。
こはるんは冷めた表情でそうですかとだけ返した。
色々と不満や疑問は残るものの、元の世界に帰る手立てもない。元の世界への戻り方は知らんが魔王を倒せば何かわかるかもと怪しすぎるおっさんの言葉を完全に信じたわけではないが、どうやらこはるんもおれも考えている事は同じらしい。
完全に信用する事はないが、取り敢えず当面は協力をするという事だ。