平和を愛する王女は、隣国との戦争を止めるべく自国に潜入する
「もう少しですから、頑張ってください、姫」
「はい」
私達は、今、カーラ姫と共にシーマリス帝国の帝城中枢に潜入している。
1年前、我がダイン神国は、帝国からの侵略を受けた。
悔しいが、帝国の科学力は我が国を遙かに上回っており、苦戦を強いられている。
帝国が誇る無人飛行艇による連日の爆撃で、神国の民に大きな被害が出ている。
諜報部が命がけで入手した情報によれば、明日、特殊爆弾を満載した飛行艇が神国中枢に向かって飛び立つとのことだ。
これを阻止するには、帝城中枢にある指令センターで命令の書換をするしかない。
そこで、私達決死隊による潜入作戦が行われることとなった。
二度と神国の地を踏むことはできないだろう。
だが、決死隊の皆はそんなことは承知の上で参加している。祖国を守るために。
関門は3つ。
1つ、帝城への侵入。
2つ、指令センターへの入室。
3つ、無人機への命令書換。
いずれも、姫がいればなんとかなる可能性が高い。
王族だけが知る隠し通路を通れば、余計な戦闘を避けることができる。実際、帝城への侵入は、思っていたより簡単にできた。
指令センターに入るためには、生体認証を突破しなければならないが、姫ならば問題なく通過できるとのことだ。
帝国の第一王女であるカーラ姫は反戦派で、1年前、和平協議のため、使節団と共に神国を訪れた。
神国教皇との会談の直前、使節団に紛れていた工作員によって控え室ごと爆破され、それを帝国主戦派が騙し討ちだと騒いで開戦になったという経緯がある。
要するに、和平協議自体が主戦派による陰謀であり、姫は利用されたのだ。
実際には、侍女が大理石のテーブルを壁に寄せて爆風を防いだことで、姫はそれなりの傷を負ったものの、生き延びた。
だが帝国では、この一件で反戦派の発言力は大きく削がれ、“王女暗殺に対する報復”という大義名分を手にした主戦派が実権を握ることになってしまった。
姫の無事を主張しようにも、当時はまだ意識が戻っておらず、一方的な宣戦布告を回避することができなかった。
その後、意識を取り戻した姫は、傷を癒やしながら、戦争を止める方法を探していた。
諜報部の調査で、帝国の作戦を入手し、対抗策を考える中、姫の生体認証がまだ有効であると判明したことから、今回の作戦が立てられた。
そして、姫も了承し、決死隊と共に今回の作戦に参加することになったのだ。
戦争を止めるために。
指令センター近くの通路まで来た。
正直、ここまでに戦闘要員2人のどちらかが脱落していることも覚悟していたが、未だ全員揃っている。
決死隊は姫含め6名。無人機への命令書換の作業をする工作員が2名、指揮官兼姫の護衛として私、それと戦闘要員が2名。万一敵に察知された際は、彼らのどちらかが引きつける予定だった。
指令センターの扉の前には、兵が2人いた。
素早く、かつ静かに無力化し、制服を奪わなければならない。
麻酔弾をセットして構える。私が兵を撃ち、戦闘要員の2人がそれぞれ駆け寄って兵を支える。倒れる時に音を立てられると厄介だ。
「いくぞ、3、2、1」
プシュプシュッと音を立てて飛び出した麻酔針が兵の首筋に刺さる。銃弾と違い、血が流れない。
駆け寄った2人が崩れる兵を支え、私も駆け寄る。
周囲を見渡すが、ほかに兵はいないようだ。
合図を出し、工作員と姫を呼び寄せる。戦闘要員2人は、兵の制服を脱がして着込む。
「姫、お願いします」
「はい」
姫の掌紋と虹彩のチェックで、扉は音もなく開いた。
まずは戦闘要員と私が中に入る。よし、無人だ。制圧の必要はない。情報どおりではあるが、ホッとした。
いや、まだホッとするのは早い。
合図して、工作員と姫を招き入れる。
私は、眠っている兵2人を扉の中に引きずり入れ、扉を閉めてロックした。
警備兵に扮した戦闘要員は、扉の外で見張りだ。侵入に気付かれたら、彼らが扉を死守することになる。
あとは、工作員の書換の腕頼みだ。選び抜かれた精鋭なんだ、きっと神国を救ってくれると信じている。
「あの…」
所在なげな姫が声を掛けてきた。
「なんでしょう」
「そちらの兵は、大丈夫でしょうか」
どうやら、眠っている兵を心配しているらしい。まったくお優しい。
「強力な麻酔です。夢も見ないで寝てますよ」
努めて軽く答える。
「そうですか、よかったです」
姫は、私達がいたずらに兵を殺さなかったことに安堵したようだ。
殺さなかったのは、優しさからではなく、床が血で汚れていると見回りがあった時に露見するおそれがあるからなのだが。
瞬時に眠らせる強力なやつだから、二度と目覚めない可能性もあるが、それを言う必要はない。
どのみち彼らは死ぬことになるのだし、それは姫は知らなくていいことだ。
「これで、お父様はもう神国を攻めるなどとは言わないですよね」
「ええ、きっと」
私達は、そのために来たのだから。
「外の方々は大丈夫でしょうか?」
姫が訊いてくる。
「彼らは有能です。必ずや任務を全うします。
なに、ここに忍び込む者がいることなど想定されていません。
形式的な見張りですので、露見する心配はないでしょう」
「そうですか、よかった」
お優しい姫は、私達他国の人間にも分け隔てなく愛を注ぐ。
外の2人は、いざとなったら認証装置を破壊して討ち死にすることになっているが、そんなことを教えたら姫が外に出ていきかねないから、本当のところは教えられない。
指令プログラムの書換の際、また王族の生体認証が必要な場面があるかもしれないから、姫にはこの場にいてもらわなくてはならないのだ。
「姫の献身、神国の民に代わり御礼申し上げます」
「神国との戦争は止めなければなりません。
攻撃をやめさせ、私が無事であることを発表すれば、きっと反戦派が力を取り戻します」
「ええ、そのためにも、まずはこの攻撃計画を潰しませんと。
もうしばらくご辛抱ください」
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「書換終わりました。
後は、王族による認証で完了です」
書換作業が終わったらしい。やはり王族による生体認証を受けないと有効化されないか。
「姫。やはり姫のお力が必要なようです。
お手を煩わせて申し訳ありませんが、お力添えください」
「わかりました。
どうすればよいのですか?」
「こちらにお手を」
姫がパネルに手を載せると、生体認証により目標の変更と無人機の発進が承認された。
変更された目標は、この帝城。国の中枢を首都ごと灰にしてやる。
我々も生きては帰れないが、覚悟の上。
我が国に仕掛けようとした非道な攻撃を、そのまま返してやる。そのためには、事が終わるまでここを占拠し続ける必要がある。再度の書換など決してさせない。
この中で、実情を知らないのは、姫1人だけ。
姫には、神国への攻撃をやめさせるという言い方をしてある。
自国の首都を攻撃されると知っていれば、さすがに協力してもらえなかっただろう。
なにしろ、姫は善意の塊だからな。
帝国の無法を許せない、だから力を貸してほしいと言ってきたのは、ほかならぬ姫自身だ。
嘘は言っていない。姫のお陰で、二度と帝国から攻撃を受けることはないだろう。なにしろ、王族も国の中枢も、ここで滅びるのだから。
姫の正義感を利用して申し訳ないが、私達と運命を共にしていただこう。
残念ながら、姫が生き延びると、帝国の残党が旗印として祭り上げる危険がある。
そもそも開戦の引き金も、姫の使節団だった。
余計なことをしてくれたせいで、宣戦の大義名分をくれてやった分、ここで取り返させてもらう。
まったく、やる気に満ちた無能ほど怖いものはないな。