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スウィートカース(Ⅴ):カラミティハニーズ  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「歩行」
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「歩行」(5)

 歌う鳥市場の一角にある居酒屋〝長元坊ケスター〟……


 日中もこの店は、ランチを振る舞うレストランとして営業している。


 だが今日、店舗を危機が襲った。コックの手は間に合わず、食材も底を尽きそうだ。


 原因は、呪士に連れられて、ふいに現れた異国の服をまとう少女にあった。食べる、食べる、魔法のようによく食べる。


 つぎに運ばれてきた魚介たっぷりのトマトパスタに取りかかったホシカを、イングラムは夢でも見る眼差しで眺めた。


「こ、これで三十品めかな。その、失礼だが、細いわりに健啖けんたんなんだね?」


「ケンタッキー? こいつはスパゲッティだぜ、イングラムさんよ?」


「俺なりに最大限に配慮したつもりなんだが、思いすごしだったらしい」


 きゅうに老眼になったように、イングラムは用心深く財布の中身を確認した。追加の生ハムサラダ大盛りを注文しながら、ずうずうしく告げたのはホシカだ。


「いきなり召喚されたもんだから、あたしは持ち合わせはないぜ?」


「都に経費で申請したら、経理のターニスさんにまたああだこうだ突っ込まれそうだ。なにしろまるで、内緒でパーティでも開いたような金額だからさ。きみは胃まで異世界の門につながっているのか?」


「悪いね。呪力を使うってのは、マラソンで走るみたいなもんだな。もとから遠慮はしないタチだったんだが、魔法少女に改造されてからまた食が太くなっちまってよ」


「改造? ああそうか。きみもナコトと同じ、後天性の呪力使いだったな」


「ナコト? だれだ?」


「きみと同じチームの一員さ」


「魔法少女か?」


「いや、似ているが違う。きみたち魔法少女は、地球がもちえる科学と呪力の儀式を踏んで生まれ、単独でその場で異世界に〝着替える〟存在だ。彼女の場合は、その工程をいっさい踏んでいない。にも関わらず、彼女にはなんの気まぐれか大いなる〝星々のもの〟が憑依し、彼女を不安定ながらも生かし続けている。いわばナコトは、悪魔に寄生された人間だ」


 辞書のような分厚いステーキを切り分けながら、ホシカは小首をかしげた。


「悪魔人間、か。なんだかよくわからねえが、ちょっと怖いな。って、そいつとあたしのふたりだけか、チームは?」


「いや、まだいる。だが、とある一人……一機と呼ぶべきか……の召喚に関しては、メネス先生はなぜかしぶっていてね。地球の組織ファイアに潜入していたころの先生と、彼女はなにか浅からぬ因縁があるそうだ」


 濃厚なカボチャのポタージュに沈んだホシカのスプーンは、ふとその単語に反応した。


「組織だと? そのメネス先生ってのは、あの悪の組織の関係者なのか?」


「心配いらない。先生はスパイとして潜り込んでいただけさ。セレファイス側からの刺客としてね。先生は完全にこっちの味方であり、今回の防衛作戦の発案者リーダーだ」


「ほんとかァ? まああんたがそう言うんなら、いちおう信じるけどさ」


 口を動かしながら、ホシカはテーブルのメニュー表を示した。


「なあ、これ頼んでいい?」


「うん、どれどれ……あ、それはダメ。幻夢境でも、未成年は飲酒禁止だよ」


「なんだ、つまんねえとこだけ現実的だな。じゃあさ、さっき通りがかった地下室の店も入店お断り? あの、コインとサイコロのマークの看板の?」


「まさかとは思うが、賭博場のことじゃないよね? ダメダメ。そもそもきみ、金の持ち合わせはないとさっき言ったじゃないか」


「てへ☆ ばれてやんの☆ てっとり早くひと稼ぎする方法は、と」


 片手のフォークで、ホシカは窓の外のある建物を指さした。


「このあといろいろする? ジョニー?」


 ホシカの案内にしたがって振り向いたイングラムの顔に、さあっと朱がさした。


「しょ、しょしょしょ娼館しょうかんじゃないか……ばかもんが、そんなに安易に我が身を見知らぬ男にゆだねるんじゃない」


「照れてる照れてる。優男ヅラしてあんがいウブなんだね、ジョニー♪ もう見知らぬ仲とは違うじゃないの、あたしら。娼館に召喚ってか? よし笑え。そしたらスマイルセールで割り引きしてやる」


「飲む打つ買うに寒いダジャレの四拍子とは、とんでもない魔法少女もいたもんだ。まるでおっさん……」


 耳まで真っ赤に染まった顔を伝票のバインダーで隠しながら、イングラムは震える足で席を立った。ばくばくいう心臓を吐き出しそうになりながら、うながす。


「さあ、もうじゅうぶん呪力の補給は済んだろう。王宮に向かうぞ」


「王宮って、お城のこと?」


「そうだ」


「やっぱりラブホじゃん! 高速道路の横にあるラブホは、みんなお城みたいだぜ?」


「いらん! 俺にも相手を選ぶ権利はある! 行くぞ! お会計!」


 頭頂から湯気をあげつつ、さっさとイングラムは会計場所に歩いていってしまった。竜巻のような暴飲暴食がようやく終わったことを悟り、店主も胸を撫で下ろしている。


 ナプキンでていねいに口もとを拭きながら、ホシカは真面目な顔で独りごちた。


「ちょっとだけ真剣だったのになァ」

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