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スウィートカース(Ⅴ):カラミティハニーズ  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「交錯」
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「交錯」(7)

 都の北東部に位置するミッドウェスタン呪士学校の研究室を借り、白衣をまとうのはこのふたりだった。


 ミコとメネスだ。


 手術台に載せられるのは、動かぬジュズの巨体だった。いまなおイレク・ヴァドの戦場跡地にはジュズの残骸は大量に転がっているが、その中でもこの一体に関しては比較的損傷は少ない。


 明かりを落とした室内、ミコは呪力の炎をこうこうと燃やす可動式のライトをジュズへ向けた。手首の銀色の腕時計に組み込まれた録音機ボイスレコーダーへ、豊かな知性と教養を感じさせる声で語る。


「現時刻は、幻夢境時間で午前九時七分。地球時間で推定二十一時三十四分。未知の敵性個体を調査するため、その残骸の解剖・解体作業を実施します。担当は私、マタドールシステムタイプS・黒野美湖くろのみこ。そして現地の召喚士メネス・アタール」


 ジュズの表面で骨手術用ノコギリレシプロケーティングソーブレードを引いたとたん、その刃は折れて弾け飛んだ。装甲にはかすかな擦過痕が残ったていどだ。


 使い物にならなくなったノコギリを手渡され、助手代わりのメネスは目を丸くした。


「そうとう硬いな、この外皮は。なおさら、カラミティハニーズの破壊力には驚かされる」


「この装甲を壊さず切るには、レーザーメスが適任です。用意してくれましたね?」


「ああ。遠い昔、なにも知らずに召喚したフィアの部品だ」


 本来であればタイプFの側頭部等に装備される高出力の超小型レーザー砲を、メネスはミコへ譲り渡した。


 ミコの片腕の手首は展開し、のぞいたのは接続端子の輝きだ。複雑な接続音を残してレーザー砲を装着。遮光フィルターつきの溶接作業用マスクをふたりしてかざし、解剖を再開する。


 出力は高く、発生範囲は最小に絞られたミコの手は、高熱の光線にきらめいた。ジュズの喉にあたる部分から下腹部までを、慎重に切り開いていく。手術台の下に絶え間なくこぼれるのは、まばゆい火花だ。


 レーザーの光芒を消すと、ミコのか細い両手はジュズの切断面にかかった。金属のひん曲がる響きをたて、ゆっくりと装甲を左右へ開ける。


 ごついマスクをずらすと、メネスは驚愕に瞳を瞠った。


「これは……」


「はい。その配置や構成材質はまったく異なりますが、生物の臓器とよく似ています。そちらにあるのが仮定では心臓。消化器官に類するものがあるのを見ると、ジュズもなにかを食餌していると思われます」


 心持ち顔色を悪くして、問い返したのはメネスだった。


「胃を切ってくれたまえ」


「わかりました」


 摘出した胃腸らしき部分を、ミコは滅菌トレーの上で無慈悲に切断した。水風船を割ったようにこぼれだしたのは、おぞましい肉色の混合物シェイクだ。


 布マスク越しにさえ感じられたものに、メネスは思わず顔をしかめた。


「ひどいニオイだな」


「これは……驚かずに聞いてもらえますか、メネス?」


「ああ、驚く準備はできたよ」


 毛ほども生理的嫌悪をみせず、ミコは平板な声で答えた。


「内容物の構成材質は九十八・七%一致……これは〝人間〟です。毛髪、骨等が消化された痕跡もあります。どうやらそれらの定期的な摂取によって、ジュズは半永久機関として活動できるようです」


「ああ、なんてことだ。こいつらは人間を喰うのか。きみたちがいなければ、いまごろ幻夢境は連中のバーベキューパーティの会場になっていた」


「未来世界では頻繁に人間が食餌のために誘拐されているのか、あるいは家畜のように養殖されているのかもしれません……心臓に胃腸、ということは」


 またていねいに、ミコはジュズの頭部を切開した。その中身を、マタドールの分析機能を総動員して確かめる。


「ありましたよ、脳らしきものが」


「ではジュズは、機械でも生物でもない……もしかしてマタドールとよく似た存在なのかい?」


「あらかじめ頂いていた幻夢境のデータと、地球のデータを統合して検索……いえ、マタドールとも異なります。その素材は、地球のものでも幻夢境のものでもありません。彼らはたぶん、人間ではない外宇宙からの来訪者です。ひとまず彼らは、未知の機械生命体と分類カテゴライズしましょう」


「おや? ミコ、これを見てくれ」


 ガラス玉を思わせるミコの瞳孔は、かすかな驚きに広がった。


「大脳の一部に、接続口に見えるものが設置されています。この規格は……」


「まさか、きみのそれと合致するのか?」


「そのようです」


 レーザー砲を外して白衣のそでをまくると、ミコは手首の接続端子をケーブルで伸ばした。


 心配げな声をもらしたのはメネスだ。


「接続するんだね。挑戦はありがたいが、大丈夫なのか?」


「試してみないかぎりは、なんとも言えません。念のため、私の絶対領域のまわりに一億枚の電子防護壁ファイアウォールをランダムで展開しておきます。壁は複雑に暗号化されており、千年かけても突破はできません」


「つまり未来の科学技術をもってしても、きみの心に違法侵入ハッキングすることはできないというわけだ。超古代の神殿の鍵穴に、現代のいかなる鍵も合わないように」


「はい、開始します。万が一のときのために離れてください、メネス」


 ミコの端子は、ジュズの接続口に刺さった。


 そのとたん、おお。わずかにジュズの瞳が明滅したではないか。球状の指を弱々しく動かしながら、ジュズは雑音のひどい音声で何事かしゃべっている。


 ジュズの発声器官とおぼしき頭部に近づくと、メネスは耳をすました。ジュズのささやきはこうだ。


「逃げてください、メネス」


「なに?」


 耳障りな声で、ジュズは続けた。


「私に人間の魂が宿っているのが仇になりました……電子的ではない、呪力で、ジュズと私の魂は交換されました」 


 すかさず配線を切ろうとしたメネスだが、もう遅い。


 すさまじい衝撃とともに、メネスは研究室の壁際まで吹き飛ばされている。はでに床を弾けたのは、なぎ倒された戸棚と落ちたガラスの容器たちだ。資材の山に上半身を突っ込んだまま、メネスは動かない。


 メネスを殴り飛ばした拳を眺めながら、ミコはどこかで見たような仕草で眼球を左右別々にさまよわせた。ふだんの彼女からは考えられない不気味な挙動だ。ケーブルでつながったジュズに視線を落とし、彼女でない何者かはミコの声でぎこちなく言い放った。


「ホーリー様、敵の体内に侵入しました。これより殲滅を再開しま……」


 ときならぬ銃声とともに、ミコとジュズをつなぐ配線はちぎれていた。


 ほとばしった特殊徹甲アーマーアップ弾の直径九ミリの驟雨は、同時に手術台のジュズを続けざまに食らい尽くして蜂の巣と化す。


 文字通り糸が切れたように、ミコはその場に崩れ落ちた。倒れたまま、うめく。


「うう……私としたことが、油断しました。次回の接続アクセス時は、対呪力の防護壁もきちんと用意します」


 機械らしからぬめまいに頭を振りながら、ミコはゆっくり身を起こした。


 気づけば、メネスの手は召喚の稲妻を放っている。そのかたわら、呪力でできた波紋から飛び出してミコを照準するのは、特殊複合金属セラミクスチタニウム骨格フレームむきだしの腕部から展開された回転機関銃ガトリングガンだ。


 別の空間にいる何者かは、ミコを狙う射軸をぶらさない。姿は現さないままミコへ質問したのは、鈴の鳴るようなあの懐かしい声だ。


「あんたはジュズ? それともミコ? 答えによっては、この場でぶち抜く。あんたがミコなら、あたしがだれかわかるわね?」


 うずくまったまま、ミコは人間でいうところの呆然となった。


「この反応はタイプF……フィア・ドール?」


「ピンポーン、大正解♪ あんたはミコよ」


 複雑な稼動とともに機関銃を腕の内部に収納すると、声の主はメネスめがけて金属製の中指をたてた。


「未完成なままあたしを放っておいたくせに、つごうが悪くなったら召喚するのね? ひどくない?」


 全身の痛みを必死に我慢し、メネスはごまかし笑いをこしらえた。


「すまない、マーク91。戦いの連続で、じっくりきみを作り込む暇がなかったんだ。このお詫びはいずれ」


 少女の声はまだ文句を言いたげだったが、メネスが召喚の門を閉じたことで消える。


 壁伝いに苦しげに起き上がりながら、メネスはミコへたずねた。


「さて、ジュズの中でなにを見た?」


「多くの真実です。人類はほんの数十年後に、ごく少数を残して滅亡します。歴史上六度めの氷河期を迎えた地球では、戦争で失った呪力のかわりに、擬似的な呪力を組み込まれた強化人間の抵抗勢力レジスタンスが〝星々のもの〟の送り込んだジュズと戦っています。組織ファイアもかろうじて残っており、マタドールシステムも形を変えて存在しています。そしてジュズをこの時代に送り込んだ〝ホーリー〟という存在は……と……の子孫です」


「な、なんだって? 彼と、彼女の間に産まれた? 冗談だろう?」


「このことは、私たち以外にはくれぐれも内密でお願いします。もし暴露して、時代に想定外の狂いが生じては大変です。あくまで水面下で計画は進めましょう。その他にジュズから得た情報は……いえ、それより」


 やや非難げに、ミコはメネスへ詰め寄った。


「またフィア作りを再開したんですね? ナンバリングもついに91号まで達しましたか?」


 三角巾で吊っていないほうの手をあわてて振り、メネスは否定した。


「べつに地球を襲うために作ったわけじゃないよ。有事の際の幻夢境の自衛手段、またはきみたちの援軍として準備しているだけさ」


「本当ですね?」


「ああ、誓って。いまも彼女がいなければ、大惨事になっていたろう?」


 手術台に横たわるジュズは、さすがに破損しすぎて役に立ちそうもない。だがイレク・ヴァドの街には、状態のよいジュズがまだ多く取り残されているはずだ。


 その想像を絶する技術力に想いをはせ、狂科学者マッドサイエンティストは邪悪な含み笑いをにじませた。


「ひらめいたよ、フィアの新たな強化プランを……」

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