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スウィートカース(Ⅴ):カラミティハニーズ  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「交錯」
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「交錯」(4)

 空の大きな魔法陣を照り返して、ガラスの塔は不気味に発光していた。


 ふいに屋上の広場へ舞い上がったのは、ひとつの輝きだ。


 複雑な変形を逆再生して魔法少女へ戻り、ホシカは広場へ着地した。柱にしばられたイングラムへ歩み寄り、口の猿ぐつわを乱暴にちぎる。


「おい、助けにきたぞ。おいってば、イングラム?」


 ホシカの呼びかけを無視して、イングラムはほのかな水呪の輝きを放ち続けている。何事かぶつぶつ漏らすうわ言の内容は、こうだ。


「召喚します。幻夢境を破滅させるため、ジュズを召喚します……愛してます、ルリエ様」


 気持ちのいい音が響いた。頭の中でなにかの切れた顔つきのホシカが、即座にイングラムの頬を平手打ちしたのだ。左右に一回、二回、三回、四回……


 イングラムの瞳に、しだいに感情の色は戻り始めた。振り上げられたホシカの手のひらを目にし、あわてて制止する。


「タイム! タ~イム! うェッ!?」


 最後の渾身のひと張りを食らい、イングラムの顔はあさっての方角を向いた。


 両頬を真っ赤に腫らしたイングラムへ、片手は振り上げたまま、座った眼差しでたずねたのはホシカだ。


「おまえの恋人の名前を言ってみろ」


「は、はい。わたくしが愛するのはただひとり。伊捨星歌いすてほしかさん、あなたです」


「まだ狂ってるのかい、あんた?」


 やや照れくさげに鼻の下をかきながら、ホシカはつぶやいた。


「いちおう洗脳は解けたみたいだな。ケガの具合はどうだ?」


「体中がバキバキだよ。呪力も搾り取られてカラカラだ。あとなぜか非常に、顔が痛い」


「無事でよかったな。動くなよ。いまその鎖を切る」


 ホシカのかざした拳に、灼熱音をひいて光の刃が生じる。だが、イングラムは押し殺した声で警告した。


「気をつけろ、ホシカ。ここは特殊なジュズ……〝瞳の蒐集家(ズシャコン)〟が守っている」


「がしゃぽん?」


 反射的にかわしていなければ、ホシカは灰になるまで焼かれていたに違いない。宙返りしたホシカの残像を駆け抜けたのは、超高熱の太い光条だ。


 見れば、天の魔法陣を守るように一体のジュズが立ちふさがっている。


 黒焦げになった衣装のすそをつまみながら、ホシカは犬歯を剥きだした。


「しつこいぜ! ○玉野郎!」


 ホシカは瞬時に戦闘機へ変形した。


 急接近したズシャコンを、すれ違いざまに光の翼で切る。


 だが俊敏に跳躍したズシャコンに、光の軌跡は紙一重で回避されていた。戦闘機の中腹を上からもろに直撃したのは、反撃に放たれた強烈な踵落としだ。地面に叩き伏せられた戦闘機は、長々と広間の端まで滑っている。


 落下の寸前で変形を解除し、ホシカは前に両手をかざした。広げられた手のひらから生じた呪力のブースターの推進炎が、崖っぷちでホシカを押し止める。そのまま全身のロケットエンジンを逆噴射。広間を高速で急カーブしてズシャコンのうしろへ旋回するや、引き絞った右拳の光刃を突き入れる。


 ズシャコンの全身に生じた〝眼〟が、いっせいにホシカを見たのはそのときだった。


 球状の手足は回転し、ズシャコンの背中だった場所はたちまち正面に裏返っている。放たれた光刃を腕ごと跳ねのけ、がら空きのホシカの頭部へ振り下ろされたのはズシャコンの硬い腕だ。轟音とともに、ホシカは地面を砕いてバウンドした。


「か、体中に目があるのか……まさに死角なしって感じ? あたしも、とんだジョーカーを引き当てちまったもんだぜ!」


 叫んで跳ね起きるなり、ホシカは拳を放った。


 繰り出された光刃を、ズシャコンの手、足、胴体、そして頭部に埋まった無数の瞳が見返す。伸びきった腕を軽々といなし、お返しにホシカのみぞおちに刺さったボディブローはとてつもなく重い。光刃をまとったホシカの回し蹴りを、ズシャコンは腕の甲でたやすく受け止めてみせた。交差して一閃した鋭い膝蹴りが、ホシカの顎を打ち抜いて仰け反らせる。拘束されたまま、悲鳴をあげたのはイングラムだ。


「ホシカ!」


「つ、強ぇ……格闘技まで使いやがる、この金○野郎」


 よろよろ後退さると、ホシカは苦しげに片膝をついた。ひどい脳震盪に襲われ、視界はまだ回っている。


「これならどうだ!?」


 指鉄砲の形を作った右手で、ホシカは素早くズシャコンを照準した。


 同時に、ホシカの体から高速でズシャコンへ飛んだのは、分離した魔法少女の衣装のかけらだ。金属の輝きを反射する翼の部品たちは、ひとつひとつが灼熱の光刃をまとって自動でズシャコンへ襲いかかる。


 だが呪力の自律攻撃機ドローンが到達するよりも早く、ズシャコンの全身の瞳は光を撃った。間一髪で転がってかわした場所は大爆発を起こし、ホシカはガラスの破片を浴びて広場を転がっている。ぷっつり糸が切れたように鈴音を鳴らして地面へ跳ねたのは、ホシカのコントロールを失った金属片たちだ。


 四つん這いになってまだ立ち上がろうとする血まみれのホシカヘ、イングラムは悲痛な声で訴えた。


「ホシカ! 俺をおいて逃げろ! きみだけじゃズシャコンに勝てない!」


「や、やだね。約束したんだ。救って守るのが、あたしの使命ってやつなのさ」


 砕けた歯のかけらが混じったつばを、ホシカは横に吐き捨てた。


 強がってはみたものの、たしかにいまのホシカではあれに太刀打ちできない。


 どうやらズシャコンの視界には、ホシカのあらゆる攻撃がスローモーションに映っているようだ。またその多くの眼球は昆虫の複眼と似た原理で、ホシカの筋肉の流れにいたるまでを詳細に把握し、動きのことごとくを事前に先読みしている。


 全身の瞳を不吉にあちこちへ彷徨わせながら、ズシャコンは傷だらけのホシカヘ迫った。


 鉄鎖の中でもがきながら、叫んだのはイングラムだ。


「もういい、ホシカ! いまは幻夢境のことは考えるな! きみが死んでしまったら……俺の現実はどうなる!?」


「幻夢境……現実」


 はっと気づいた表情になって、ホシカは独りごちた。


「そうか、その手があったか。けっこう危ない橋だが、わたる価値は大ありだ……おいイングラム!」


 いきなり名指しされ、イングラムは目をしばたいた。


「なんだ!?」


「合図したら〝召喚〟だ! できるだろ!?」


 気弱げに顔を曇らせ、イングラムはちいさく首を振った。


「そんな、まさか……危険すぎる!」


「火遊びほど楽しいことはない! やるぞ!」


 立ち上がったかと思いきや、ホシカは人差し指でズシャコンを手招きした。


 正確には、そのまわりに散らばる自律攻撃機ドローンに指示を与えたのだ。急速にホシカの眼前へ舞い戻った輝きは、いっせいに光刃をまたたかせる。


 だが、この手段はさっき封じられたはずだ。ズシャコンの体中の瞳に、超高熱の波動は強く集束していく……


 ふたたび指鉄砲にした手でズシャコンを狙い、ホシカはささやいた。


「バァン!」


 それが合図だった。


 同時に、ズシャコンの全身の眼球は、ホシカめがけて光っている。横向きにほとばしった極太の光の柱の中に、ホシカは影も形も残さず消し飛ばされた。


 次の瞬間、ズシャコンの胸と頭から光の刃が生えたではないか。


 なんらかの方法でその背後に瞬間移動したホシカが、両手の光刃で刺し貫いたのだ。ここまでの戦闘データからは考えられない不意打ちに、ズシャコンも戸惑いを隠せない。


「ぅおらッ!」


 雄叫びとともに、ホシカは両腕を力強く左右へ開いた。まっぷたつに引きちぎられたズシャコンの体は、耳障りな音を盛大に残して地面を跳ね、それっきり動かなくなる。


 縛られた両手から召喚の輝きを消し、大きくため息をついたのはイングラムだった。


「まったく、命知らずにもほどがある。まさか光線発射と同じタイミングで、きみをズシャコンの背後に召喚させるだなんて。わずかでも遅れたり、また早かったりしてもきみは命を落としていた……心臓が止まる思いだったよ」


 地面にへたり込むと、ホシカは親指を立ててみせた。


「野郎の背後を取るには、ぜんぶの目が前に向く瞬間しかなかった……やったな」


 いましめを丁寧に切断したイングラムの体を、ホシカは抱きかかえた。


「仲間のとこまで飛ぶぜ?」


「頼む」


 強い加速の圧力がかかったのも束の間、気づいたときにはふたりはガラスの塔の外へ飛び出していた。


 イングラムという媒介を失い、上空の召喚門は閉じていく。下界の戦場で突如、魔法のようにすべてのジュズが瞳の光をなくして倒れたのは、彼らを突き動かしていたなんらかの通信が途切れたためらしい。門から現れたばかりのジュズも、空飛ぶ翼あるそれも、命を失ってぼろぼろと地上へ落ちていく。


 後世に渡って語り継がれることになる〝イレク・ヴァド決戦〟は幕を閉じたのだ。


 仲良く密着して空を飛びながら、イングラムはホシカヘ告げた。


「信じてたよ。きみたちならきっと、世界を救ってくれると」


「うちの学校ガッコの生徒、ルリエがずいぶん迷惑をかけちまったからな」


「その、きみも催眠術が使えるのかい?」


「あん? 平手打ちなら得意だぜ?」


 晴れつつある雲間からは神秘的な階段のように陽光が差し、吹きわたる澄んだ風は不凋花アマラントス特有の甘酸っぱい香りを運んでくる。宝石箱をひっくり返したように煌めくのは、眼下に広がるガラスの街だ。


 幻夢境はきょうも美しい。


 その美しさを超える想いを、イングラムがいまもっとも共有したい相手は……


「どこかで支配されてしまったらしい、俺の心は」


「だれに?」


 ホシカの瞳をまっすぐ見据えながら、イングラムはつぶやいた。


「さっき強引に、恋人の名前を言わせた相手にだ」


「ああ、そういうことね。あんたとあたしは、別々の世界の住人だぜ。だから……」


 くすりとこぼれたホシカのほほ笑みは、空に流れて消えた。


「好きになっちゃダメだよ。あたしのぜんぶ、好きになっちゃダメ」

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