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スウィートカース(Ⅴ):カラミティハニーズ  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「疾駆」
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「疾駆」(3)

 宮殿のもより、マクニール総合病院は連日のように慌ただしかった。


 今回の防衛戦によって負傷した呪士や衛兵の手当て、そして……


 目覚めたホシカの視界に飛び込んできたのは、前にも見た病室の天井だ。


 上半身を起こそうとしたが、なぜか動けない。まがりなりにもルリエの催眠術に操られていたホシカの手足は、耐呪力製の手錠でベッドにつながれている。


 長刀を肩にもたせかけ、ベッドの横にはミコが座っていた。あちらとこちらの壁に物憂げに腕組みしてもたれかかるのは、ナコトとメネスだ。


 皆が皆、沈鬱な空気に落ち込んでいた。


 とくに暴れることもせず、むしろ申し訳なさげにつぶやいたのはホシカだ。


「すまねえ、油断した。きちんと耳にも呪力の栓をしてりゃ、ルリエの洗脳も防げたかもしれないのに」


「支配は解けたようですね」


 答えたミコは、ホシカの拘束具を順番に外した。外しながら、たずねる。


「残っているんですか、操られていた間の記憶は?」


「情けないが、しっかり覚えてる。じぶんの欲求をおさえきれず、ただひたすら暴れるのを楽しむあの感覚は、思い出しただけでも吐き気がするぜ。まさかあたしに、あんなでたらめな力が眠っていたなんて……ごめんなミコ、喧嘩を吹っかけちまって」


 悲しげな顔つきで、ミコは首を振った。


「私こそ、力不足でした。ホシカの第四関門(ステージ4)の力にほとんど歯が立ちませんでした」


 続いたのは、壁際のナコトだった。


「ルリエの催眠能力をあなどっていた。まさかあそこまで深海の呪力を取り戻していたとは……わたしの不覚だ」


 大昔の不発弾に触れる慎重さで、ナコトは問うた。


「ホシカ、教えてくれ。イングラムの書きかけの議事録を見た。ルリエが、目的のひとつとして凛々橋(りりはし)……凛々橋恵渡(りりはしえど)の蘇生だと言ったのは本当か?」


「ああ、そう聞いた。その、凛々橋ってひとは、訳あって亡くなったんだってな?」


 かすかに震える手でメガネを正すと、ナコトは噛みしめるように答えた。


「凛々橋は、わたしのせいで死んだ。彼のことをそこまで想っていたのか、ルリエは」


 暗く瞳を伏せたまま、メネスは口を挟んだ。


「すべての責任は、計画の発案者のぼくにある。きみたちに協力をあおいだのは、完全な人選ミスと言わざるをえない」


 メネスの非情な追い打ちにも、今回ばかりはだれも反論しない。


 胸元でにぶく光を反射するネックレス……チェーンを通された古い空薬莢を神経質な手つきでいらいながら、メネスは愚痴った。


「やはり無理矢理にでもプランB……フィアの軍隊を用意するべきだったか」


 その単語に反応したのはミコだった。


「不可能です。地球側であなたが使える魔法陣は、最低限を残して封じられています。組織は今回、あなたの残していった資料から計画の一部をあらかじめ予期して、私を研究所の魔法陣に配備しました」


「そのとおり。ぼくが苦心して作ったフィアのコピーも、すべてきみに斬り捨てられてしまったしね。圧倒的に材料不足だ」


 ネックレスを放した手で、メネスは疲れがちに眉間をもんだ。


「今回のミスが知れたら、軍法会議で処刑されるかもしれないな、ぼく。会議を開くセレファイスが、滅びずに残っていたらの話だが」


 すがるように質問したのはホシカだった。


「イングラムはどうなった?」


「おそらくまだ生きてはいるだろう。幻夢境でも地球でもない第三世界への扉を開く媒介に利用され、侵略があるていど完了したあとに始末されるはずだ。そうなれば、ミコはぼくの召喚術でなんとかなるだろうが、ナコト、ホシカ。きみたちはもとの世界へ帰れなくなる」


 毛ほども鉄仮面を崩さないナコトとは逆に、ホシカは顔つきを険しくして問うた。


「どこに捕まってるんだ?」


「ついさっき偵察隊から報告があった。ここからそう遠くはないイレク・ヴァドのガラスの塔に、イングラムは囚われている」


 だれよりも早く、長刀を片手に立ち上がったのはミコだった。


「救出に向かいましょう。彼には大きな借りがあります。さっき彼は身を挺して、ルリエの攻撃から私とナコトをかばってくれました」


 つれない表情で、メネスは首を振った。


「すでに都が自力で編成した討伐隊が、イレク・ヴァドへ向かっている。腕利きの呪士と騎士からなる一個大隊だ。このあとぼくも追いつく」


 異議をとなえたのはナコトだった。


「無謀すぎる。すでに何度も経験したろう。呪力があるとはいえ普通の人間に、ルリエは倒せない」


「やってみなければわからないよ。窮鼠が猫を噛むかもしれないぞ?」


 立ち尽くしたまま、ホシカは疑問を口にした。


「じゃあ、あたしたちはどうすれば?」


「結論から言おう。セレファイスはもう、きみたちの力は借りない」


 そっけなく突き放され、さすがの少女たちも沈黙してしまっている。


 出口の扉に、メネスは決然と手をかけた。


「安心したまえ。きみたちをもとの世界へ無事帰す手段は、時間をかけてでもかならず見つけてみせる。だからそれまでは、おとなしくしていろ」


 それだけ告げると、メネスは病室から立ち去った。

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