「助走」(5)
七十の歓喜の宮殿内、作戦室……
最大百名以上が収容できる豪奢な客間に、集まったのはつごう五名の男女だった。それぞれは思い思いにイスに座り、また壁にもたれかかったりしている。
高級木製の長机を拳で叩き、怒鳴ったのはナコトだった。
「まどろっこしい! さっさと始末すべきだ、久灯瑠璃絵は!」
小刻みに震える紅茶のカップを尻目に、メネスは首を横に振った。
「すくなくともそれは、尋問で情報を得てからになるな。彼女の背後になにかしらの黒幕がいることははっきりしている」
同意したのはミコだった。
「彼女は逮捕し、地球でしかるべき処罰を受ける必要があります。もちろんメネス・アタール、あなたも」
うろんげに、ナコトは反論した。
「逮捕逮捕と、おまえは警察かなにかか?」
「まちがってはいません。私は警察のサポート組織〝ファイア〟の捜査官です」
「おい、いまなんつった?」
敏感に反応したのはホシカだった。
「機械のねえちゃん……黒野美湖だったな。あんた、組織のメンバーなのか?」
「はい。あなたのこともきちんと把握していますよ。実験カテゴリーFY71〝翼ある貴婦人〟……魔法少女の伊捨星歌」
いきなり、ホシカはミコの胸ぐらをつかんで立たせた。
「〝角度の猟犬〟……雨堂谷寧の仲間か!?」
ホシカの追求にも、ミコは穏やかに答えた。
「おなじ組織の捜査官です。ただし彼女はずいぶん前に消息が途絶えていますし、所属する部署も違います」
「おまえが! おまえらがあたしの両親を殺したんだ! おいイングラム!」
名指しされたイングラムは、その剣幕にびくりと飛び上がった。ごまかし笑いをこしらえ、身振り手振りで温度を下げる仕草をしてみせる。
「ま、まあまあ落ち着いて、ホシカ。過去の悲しい出来事は、じゅうぶんに察するよ」
「うるせえ! おまえになにがわかる!? 話が違うぞ! ここに組織の手は届かないんじゃねえのか!?」
「それは……召喚されたミコが、たまたま組織に属するものだったというだけで」
たじろぐイングラムを手で制し、割って入ったのはナコトだった。
「話が脱線しているぞ。ここで話すべきは、ルリエの処遇ではないのか?」
冷静に場をとりなすナコトを横目にし、ミコは切り出した。
「処遇といえばあなたもです、染夜名琴。まさか魔法少女でもない失敗作でもない、いわば〝星々のもの〟と人間のハーフのような存在があるとは驚きです。例外の発見は組織へすみやかに報告し、その生体データを細かく調べる必要があります」
「わたしは実験動物か!?」
かわってミコへ食ってかかったナコトを、ホシカはうんざりと止めた。
「ややこしくなるから口出しするなよ、ナコト! これが政府の闇のやり口なのさ。そもそもルリエは、赤務市ではあんたの担当だったんだろ? それをなんで、好き勝手放題させてる?」
「やつは一瞬だが、わたしたちの味方になった。騙されたんだ!」
「だいたいにして!」
メネスを指さし、声を大にしたのはホシカだった。
「もうルリエは捕まえただろ!? とっとともとの世界へ帰らせてくれよ!」
絆創膏だらけの顔を、メネスはまた振ることになった。
「おかしいと思わないか? 彼女の捕まり方は、やけにあっさりしすぎだ。まるでみずから捕まりにきたような……これにはきっと裏がある。なにかしらの安心材料を得ないかぎりは、きみたちの仕事は終わらない」
ふたたび大声で口論を開始した少女三名へ、メネスは強い口調で提案した。
「そこで、だ。彼女へ尋問をおこなうメンバーを選出したい。一名はイングラムだ。希望するもう一名は、はい、挙手!」
教師らしい振る舞いに、ナコトとミコはすぐに手をあげている。
重々しくうなずいて、メネスは彼女を指名した。
「ではホシカ、尋問はきみに一任する。彼女の催眠術にはくれぐれも気をつけてな」
とんでもない決議は、女子全員の反発を買った。
「あ、あたしィ!? 爪剥がしなんてできないぜ! 痛いのは見るのも苦手なんだ!」
「ルリエ退治のプロと見込んで、わたしを召喚したのではないのか!?」
「失礼ですがお二人は、尋問の素人かと思われます。私であれば、ルリエから有用な情報を短時間で引き出せるでしょう」
喧々諤々と怒鳴り合う三名を遠巻きに眺めつつ、イングラムはとなりのメネスへ訴えかけた。
「これをまとめる奥の手があるんですよね? 意見がバラバラっすよ、三人とも。まるでチームになってない。これじゃただの〝災害〟です」
頭痛っぽく眉間を指でもみながら、メネスはぼそりとつぶやいた。
「荒ぶる災害を鎮めるには……生贄でも捧げるか」




