変異種の襲来
ここから第6章始まります。
再び始まった冬は、あっという間に猛威を振るう。
降り出した粉雪は拳だいの雹に変わり、暴風と共にばら撒かれる。
それは劣化した建物に直撃し、俺達の拠点の周囲も景色が変わったよ。
それが終われば止む気配の無い大雪。
一気に気温が下がり、体調不良が続出した。
備えはしてあったけど、急激な気温の変化に身体がついて行けないんだよ。
そこで活躍したのは、ゴボウ医師に言われて集めたアルコ-ルだ。
味は別にして、身体を温める事は出来たんだよ。
前回は無かったから、俺も少し感動した。
「ぷはぁ。お酒が身体に染みるわ」
無駄に色っぽいビッチに、若い男連中の視線が集まる。
こう言う所が俺は嫌いなんだよな。
実にわざとらしいし。
生きる手段なんだろうけど、敵も作りかねない。
普通に恋愛するなら、俺も別に何も思わないんだけどさ。
お? ムライ君。アレは惚れたかな?
ゴボウ医師との戦いだ。
まぁ周りに迷惑をかけない範囲で頑張ってくれよ。
それを見る委員長は白けているなぁ。
なんでビッチと仲が良いの? 普通に疑問なんだが?
今の所、子供達も含めて上手くやれている。
暫くは物資も余裕があるしな。
寒さにもいずれ慣れるし、体調管理を怠らないようにしないと。
救いはゾンビの活動も見られない事だ。
酷暑で身体は腐っているし、寒さで動きも極端に鈍い。
この大雪で数が減ってくれれば、冬明けも助かるんだけどな。
前回の冬もそうだけど、一向に減ってる感じがしない。
それだけ日本の人口が多いという事なんだろうけど、たまに見慣れないゾンビもいるんだよ。
俺達も出会う度に戦う訳じゃないから、顔見知り? のゾンビもいる。
そんなゾンビの群れに新しい顔が増えれば、意識しなくても目に付く。
新たな被害者だと思っていたんだけど、どうなんだろうか?
誰かが送り込んでいる可能性は無いか? そんな風にも考えてはいる。
だから雪が小降りになった時に、一度調べようと思ってるんだよ。
移動範囲は限られるけどさ。
俺以外の奴らを参加させるかどうかは、まだ迷っている。
聞けば彼らは、冬の外出はした事が無いらしい。
余程恵まれた環境だったんだろうな。
あの長い冬を乗り越えるだけの食料や物資なんて、相当な物量が無いと不可能だし。
俺はそんな風に考えていたんだ。
◇◇◇
雪もかなり降り積もり、周囲が完全に雪で覆われた頃。
グォオオオオオオオオ!
「何でしょうか?」 「吹雪じゃないの?」 「風雪」 「すっごいね♪」
ゴボウ医師は俺より怖がり。
ビッチは通常運転。
委員長は詩人か。
やっぱり無邪気に喜ぶ天使が可愛い。
その純粋さを何時までも持っていてほしい。
でもな。
今の音......いや、叫び声は......まさかな。
何か嫌な予感がする。
俺は念の為に建物内を見回り、窓などの状態をチェック。
内側から再度、補強を始めた。
この事務所棟はコンクリ-ト建てだけど、窓の内側に木枠があるんだよ。
電動工具が使えないから悩んでいたんだけど、釘で板が打てるから解決できた。
DIYも興味の無かった俺が、こんな事も出来る様になったのは信じられない。
木材は劣化した住宅から集めたものを使用。
風が強くなる前に窓は全て封鎖したんだけど、俺はそれ以上の補強が必要だと感じたんだよ。
もしも俺の悪い想像が現実になったら、これでも持つかどうか分からない。
あまり皆を不安がらせたくないから、念の為だと言ってある。
でもそんな気遣いが、後になって初動の遅さに繋がってしまったんだよ。
◇◇◇
それは冬に入り三週間程経った頃だった。
何かの物音を聞いた気がして、俺は目が覚める。
スース-と寝息を立てて、うちの天使は俺の上で眠って......何時の間に登ったんだ?
でも天使は関係ない。
起こさない様に布団に戻し、そっと寝床から出る。
今は午前1時過ぎ。
1日中暗いから分かりにくいが、今は皆も眠っている時間だ。
窓の近くで耳を澄ますと、ゴォオ! と言う吹雪の音。
気のせいだったか。
でも取り敢えず見回りしておこう。
そう思った俺は、金属バットを片手に建物内を巡回する。
ヒュウウ。
ん? 微かに風を感じる。
それ自体には問題は無い。
空気が必要だから、隙間は空けてあるし。
でもその位置がおかしい。
上から吹き降ろす様に考えて、高い場所に隙間は空けたんだよ。
だが今感じる風は横風。
ヤバいッ!
そう思った俺は、緊急用に設置した、缶を吊るした紐を引っ張った。
カラン! カラン! カラン!
静まり返った建物内に、甲高い音が響く。
俺は反応を確認せず、天使の元へ急いで戻る。
「きゃあああ!」 「来ないでぇええ!」 「コイツっ!」 「こっちへ来い!」
叫び声はするが、今はそれよりも大切な物の安否確認が先だ。
ほっ。
天使の無事を確認した後、直ぐに抱き上げ安全な場所へ移動させる。
勿論、りょうたも忘れていない。
向うのは窓が無く、入り口ドアが鉄の部屋。
「りょうた。眠いだろうが妹を頼んだぞ! 後からアキラも連れて来るから!」
「わ、わかったぁ」
返事は頼りないが、あの部屋にさえ居てくれたら大丈夫だろう。
俺は一度自分のスぺ-スへ戻り、急いで準備する。
クソッ。
こんな時に猟銃の弾が無いのが痛い。
それでも猟銃を背中に背負い、胸とお腹に薄い鉄板を入れて、叫び声の元へ急ぐ。
服は十分厚着だけど、念の為に必要を感じたんだ。
そして騒ぎの元へ全力で急ぐ。
「誰か助けて!」
この声は奥さん⁉
辿り着いた場所は、彼らの居住スぺ-スだ。
やはり窓部分が外側から破られてる。
「奥さん! 大丈夫か!」
「と、とうまさん! 主人がぁあああ」
床にはおびたたしい血痕。
死体は無いが、この量では危ない。
俺は直ぐに血の跡を追った。
ドゴォオオンッ!
「グボッ......」
追いついた俺が見たのは、壁に叩きつけられるマジマさん。
駄目だ。
顔が半分無い。
ズルッ。
マジマさんだった物は、そのまま床へ落ちて行く。
それを行った脅威と対峙するムライ君。
「ムライ君! 下がれ! そいつは君では無理だ!」
「出来ません! 兄貴の敵を俺が!」
気持ちは分かるが、こいつはヤバいんだ。
見た目も俺の知る物じゃない。
ヒグマだよな? 何であんなに爪が長くなってんだ?
それに目の色が赤い?
変異するにしたって、これじゃバ〇オの怪物じゃねぇか!
ドォ―――ン!
注意を引くために、先ずは空砲を撃つ。
普通のクマなら警戒して後ろに下がるんだが、やはりこいつには意味ないか。
でも注意は俺に向いた。
立ち上がり両腕を広げ威嚇する、変異ヒグマに俺は突っ込んで行く。
ブンッ!
横凪に振られた太い腕をギリギリのタイミングで交わし、カウンターで腰のナイフを胴体へ突き刺す。
駄目だ。刺さった感触が全く無い。
その場で前転し距離を取り、素早く立ち上がる。
そんなタイミングでムラオカ君が、変異ヒグマに近づいたんだよ。
「駄目だムラオカ君! それは罠だ!」
ゴシャッ!
もう面白いほど簡単に吹っ飛んで行くムラオカ君。
こんなのどうやって倒せば良いんだよ?
俺は変異ヒグマの隙の無さに、ムラオカ君の様子も見に行けない。
「嫌ぁああああ!」
突然響くその声に、俺と変異ヒグマは同時に動く。
「間に合えぇええー!」
四つん這いで走り出す変異ヒグマに、俺は金属バットを投棄。
もう偶然のタイミングで足を取られた変異ヒグマが、バランスを失い激しく転ぶ。
俺はそれを見ながら声の主を担ぎ上げ、そのまま走り出す。
ドドドドッ!
変異ヒグマも直ぐに立ち上がり、重い振動を響かせながら俺達を追ってくる。
「早くしないと追いつかれる! 奥さん! 舌を噛まないでくれよ!」
俺が向かうのは、マジマさん達の居住スペースだ。
もうむちゃくちゃ早いんだよ。このクソヒグマ。
走りながらそこらの物を落として妨害するんだが、見向きもしないで俺達を追ってくる。
その時、前方に不安そうにこちらを見る、委員長の姿がみえた。
「ナミ! 受け取れぇえええ!」
担いだ奥さんを滑らす様に委員長の元へ放る。
ちょっと勢い付け過ぎたかも知れない。
すまん。
ドドドドッ!
よしッ!
狙いは俺のままだ。
「こっちだクソヒグマ!」
何とか目的の場所に辿り着いた俺は、ヒグマの真似して両手を広げたポ-ズで待つ。
それを見た変異ヒグマが口を大きく開け、勢いそのままに俺に飛びついて来る。
ドンッ!
強烈な衝撃が俺の身体を襲う。
運よく当たったのは鉄板を仕込んだ胴体だけど、骨折したかも知れない。
俺と変異ヒグマは勢いの付いたまま、ぽっかり空いた窓から外へ飛び出した。
身体に感じる無重力的な感覚。
クマと一緒にバンジージャンプの時間だ。
と言っても命綱も無いけどな。
下は柔らかい雪のはず。
俺は意識を失わない様に懸命に痛みを我慢する。
幸い落下に驚いた様子の変異ヒグマから攻撃は無い。
俺は背中を丸め衝撃に備える。
これで雪が固かったら、即死かもな。
走馬灯こそ無いが、そんな風に考える。
ドスッ!
そんな音が俺の覚えている最後の記憶だ。
だって雪を突き抜けても落下が止まらず、暗闇に飛び込んだのだから―――




