俺らずっ友だ。
不法侵入で捕まってから(逮捕されてません)かれこれ10日が過ぎた。
引きこもり生活に慣れ、運動もせずにだらける俺。
流石にこれではいかんと窓に布団を干してみる。
窓から見える範囲では、未だ数か所で煙が見える。
電気が止まっているのに、火災が発生している事に疑問を感じ考えた。
確かに夏だから気温は高いが、火災が起こるほど高温では無いだろう。
もしかして避難所からか?
そういえば倉田町ってあっちだったかなぁ。
そうは思うものの、俺にとっては対岸の火事である。
直ぐに興味を無くしてネットを開いた。
時折記事の更新は見られるが、そのほとんどは安否確認だ。
俺には家族が居ないので、そう言う記事に意識は向かない。
何となく時間を潰すつもりでSNSをダラダラと流し見ていた時、その音は唐突に響いて来た。
ガンガンガン!
「⁉ 何だ⁉ この近くか⁉」
何か金属を叩くような音が連続して聞こえる。
正直関りを持ちたくないのだが、どうにも気になって仕方がない。
硬くなった身体を伸ばし、念の為のフル装備で様子を伺う事にした。
音を立てない様にドアを開き、マンション内の異常を確認。
うん。大丈夫。ここは関係ない。
そうなるとやっぱり外か。そう思い低い姿勢で廊下から道路を確認。
すると20メートル程向こうに人影が見えた。
ゾンビか? とは思ったがそれにしては速い動きだ。
「#%$!!!......」
何かを叫んでいる様だが、ハッキリと聞こえない。
「何を叫んでるんだ? あんな声出したら囲まれるだけだろ」
何を叫んでいるのか確認したくて姿勢をあげたんだ。
するとその人影がこちらを振り向く。
え? 見つかった? 嘘でしょこの距離で? サンコンかよ!(古すぎる)
「おーい! ......うま!」
ん? 何か聞いた事のある声かも知れない。
うわぁ。こっち向って来るじゃん。
どうしよう。隠れるかと思ったが下手に刺激して、エントランスのガラスでも割られたら困る。
そう考えるうちに、どんどん人影は距離を縮めてくる。
でもその後ろは道いっぱいに膨らんだゾンビの群れ。
怖い怖い怖い! モンスターパレ-ドじゃん!
最悪だ。やっぱり無視するべきだったわ。
どうするんだよコレ。助けようにもアカン感じに巻き込まれるし!
「おおーい! とうま! たっけてくれぇええええ!!!」
「はぁ⁉ おま! 稲垣かよ⁉」
俺って視力良くないんだ。自慢じゃないけどな。
その分声の記憶は良い。あの声は間違いなく友人か知人の稲垣 勝のはず。
陽キャではないが、アホな男で騒がしいんだ。
ただ今日で確信した。あいつはアホだ。まさかここ迄とは思わなかったがな。
ああ仕方ない。取り合えずマンションに引き込もう。
時間が無いので碌な確認もせず、1階まで走り下りた。
そしてエントランスの玄関ドアを開けて半身で待つ。
「ここだ稲垣! 速く!」
「ウォオオオオ! 助かったァアアアアア!」
「うるせぇ! これ以上叫ぶなこの馬鹿ちんが!」
飛び込む様に滑り込む稲垣を引き入れ、素早く鍵を掛ける。
ガラスが破られるかもしれないので、引っ張るように階段を駆け上がった。
そして2階へ上がったんだが、自宅へ飛び込む前に信じられない光景を見てしまった。
上の階から下りて来るくる人影を! やっぱり居たよゾンビ住民!
バタン!
「はぁはぁ。クッソしんどいわ」
「アハハ! とうま必死過ぎ!」
「やかましいわ! もう死ぬかと思った」
「すまんすまん。アハハハ」
靴を脱ぐのも忘れ部屋の中へ倒れ込む俺。
未だに腹を抱えて笑い転げる稲垣。
それを見てしまうと、もう怒る気力が無くなった。
暫くその状態で息を整え、落ち着くまで数分。
運動不足の身体にダッシュはきつ過ぎる。
絶対に明日は筋肉痛で動けないはずだ。
大の字になって天井のシミを見つめていた時。
「あああよがった! とうまがいぎてでくれで! よがったぁあああ!」
突然稲垣が大声で泣き始めたんだ。
もう号泣なんだよ。そんな稲垣見た事無かったし、どう声を掛けて良いのかオロオロ。
それでも見ていられなくて、きつい身体を起こしてタオルを取る。
「おいおい。いきなりどうした? 泣くのは良いけど声押さえてな」
「す、すまん。ビックリさせちまった」
ひとしきり泣いた稲垣が落ち着き、此処へ来た理由を聞く事にした。
そのびっちりついた鼻水タオルは、ゴミ箱行き決定だ。
この時はまだそんな風に思っていた俺だったが、ぽつりぽつりと話し出す内容を聞いて後悔する事になる。
その内容は、あまりに悲惨だった。
俺もそうだが進学した大学には地元の人間が多かった。
学区は違うが稲垣もそんな1人。まぁ地元を離れたくないと言う理由だな。
都心程栄えていないけど交通も不便が無いし、住み易い町だと思う。
あの日に始まった恐ろしいパニックは、当たり前だがそんな彼らも直面していた。
俺と違うのは多くの人が、避難所に向かった事だ。
戸建て同士で近所付き合いもあったんだろう。俺はそれが出来ない人間だけども。
基本的に小さなマンションは近所付き合いが無い。
だがこの付近は古くからの住人が多く、大半は戸建てに住んでいたんだよ。
と言うのもこの地域が開拓地区だったからだ。
俺が生まれる前まで古い団地も多かったらしいが、そのほとんどが老朽化で建て替えが必要になる。
そこに目を付けた不動産会社が土地建物を買収し、解体して造成し新たな街作りがはじまったんだ。
当時はニュ-タウンが至る所に出来ていたんだってさ。
少し話は脱線したが、その避難した中に稲垣と他の友人達もいた。
最初は何の問題も無く過ごせていたんだけど、例の書き込みがあった日に事件は起こる。
多くの避難民も薄々気付いて居たのだが、その付き合いの深さから事の追求が憚られたのが大きな原因だろう。
まぁ昔から知ってる人に、面と向かって言えないだろうとは思うけど。
でもいざとなってみると、その判断を悔やむ事になった訳だ。
身体を震わせながら語る稲垣から、俺はその壮絶さを感じたよ。
だって友人、知人に襲われるんだぜ? それだけじゃない。
稲垣は自身の兄弟や両親にも襲われたそうだ。
それを聞いた時、俺ならどうしただろうかと考えた。
俺にとって1番大切な母親がもし感染したら? 俺はきっと何も出来ないよ。
勿論稲垣も自分の最後を覚悟したらしい。でも放心した稲垣を助けてくれた人が居たんだ。
その人は同級生の母親。自分の子供は救えなかったが、それでも稲垣に生きろと言ってくれたんだってさ。どんな気持ちで言ったのか想像も出来ないよ。
そして逃げる人に預けられ、後ろ髪惹かれながら避難所を脱出。
無我夢中で走っている時に、何故か俺の顔が浮かんだらしい。
俺は大学に行ってから知り合ったから、家は教えていなかった。
でもこの辺りに住んでいる事は、しっかりと覚えていたらしい。
だから手あたり次第叫んで、俺を探したんだってよ。
無謀にもほどがあるぜ。ほんと馬鹿でアホだ。
「でも俺らずっ友だろ?」
「まぁな。稲垣が無事で良かったよ」
この時さ。何かすっごい絆みたいな物を感じたよ。
本当の友達ってこう言う存在だとね―――
ずっ友ください(切実)




