ご利用は計画的に。
ヒグマへの反撃を考える前に、先ずは村の状態を確認するべきだろう。
幸い今は安全な柵に囲まれているので、脚立を借りて状況を見る。
すると村人が村の中央から離れる様に移動している事が分かった。
「この感じだとヒグマは外延部から侵入して、そのまま中心部へ向かったみたいだな」
となると安全な場所から何かをするのが難しくなる。
俺は単純に猟銃を撃つつもりだったんだけどさ。
いくら義憤に燃えてるとは言え、むやみに突っ込んでいく度胸は無い。
今の騒ぎに便乗してヒグマに近づく事は出来そう。
だけど、俺は興奮状態の村人も怖いんだよ。
助けたはずの村人から攻撃されるかも? って想像できてしまうから。
だってか弱い訳じゃ無いだろ? 理性を失い狂気に走る集団なんだし。
今は自分達の力じゃどうしようもないから、恐怖を感じて混乱してるけどさ。
となるとコッソリ近づくのは逆に難しいのかも知れない。
だとすると今俺に取れる選択肢はかなり少ない。少なすぎて泣ける。
「第一候補は村に乗って来た四駆で向かう事か。燃料に余裕あったかなぁ」
大半の燃料は機器の稼働に使っている。
だから乗る必要の無い四駆は、ただの置物状態だったんだ。
でも選択肢としては一番マシだろう。
俺は直ぐに4台の車両を調べる事にした。
その内の2台はガス欠で直ぐに使えない事が判明。
なので直ぐに出せる位置にある1台を使用する事に決めた。
「行動が遅くなるほど被害が増えるから、ここは色々悩んでる時間は無駄だろう」
俺は覚悟を決め車に猟銃と弾薬を積み込んだ。
さぁヒグマ君。
いざ尋常に勝負!
◇◇◇
うん。気持ちだけは前向き。
ちょっと格好をつけようと声を出したんだけどさ。
車出すのに柵を開けて貰ったりして、出だしから躓いて凹んだ。
まぁそれでも行くと決めれば、気合も入れ直したんだけども。
パパァアア―――ン! パパパパァ―――ン
村人を轢かないようにクラクションを鳴らしながら前進。
逃げ惑う人の波が割れ、対象のいる方向が良く見える。
居た。
前に見た時よりも更に大きく見えるが、纏う雰囲気も受けるプレッシャ-も変わっていない。
コイツは俺が出会ったヒグマで間違いない。余程暴れまわったのか、手元も口元も赤い。
しかしそうやって冷静に観察したのも此処まで。
片手に人間だった物を持っているのが見え、俺の中の怒りスイッチが入ったんだ。
もう無言でアクセル全開。一気にヒグマへ距離を詰める。
でもこのヒグマは動じないんだよ。
冷静に俺の運転する車を最小の動きで避けた。
俺もある程度予想していたので、慌てずに方向転換して再度突っ込む。
「クソッ。こんなデカい身体なのに動きが早すぎる」
太く強靭な4つの足は、尋常じゃ無い素早さも生んでいるんだ。
完全に機動性で相手の方が上回っている。
どうする? すり抜けながら攻撃する手段が無い。
猟銃は片手で打てないからな。
反動が大きくなりすぎて、肩を脱臼する未来しか見えん。
カッコ良くドリフト運転とか出来れば良いが、俺にそんな運転技術は無いし。
そんな迷いがあった俺の隙を、このヒグマは見逃してくれなかった。
先程まで避けるだったのに、こちらの動きに合わせて反撃して来たんだ。
ゴシャァアアアン!!
ヒグマの全力の体当たりが、車の横っ面を直撃。
弾き飛ばされる車は横転を繰り返す。
ボディはひしゃげガラスはすべて破損。
挙句に車両はひっくり返った状態で動きが止まった。
ヤバい。
シ-トベルトのおかげで車外にへ飛ばされなかったが、衝撃で身体中に痛みが走って来る。
このまま意識を失えば、全て忘れられそうなんだけど。
痛みで意識が保たれているんだよなぁ。
あ~あ。まだ俺は死ぬわけにはいかないらしい。
カチッ。
あ痛たっ。上下反対向きでベルトを外せば、頭から落ちるのは当たり前だった。
車内は物が散乱しているし。まぁ目当ての散弾銃が近くにあったから不満は無い。
でも余分な弾が無い。車外にばら撒いてしまったんだろう。
「何か前が良く見えんな。頭でも切ったか」
視界が赤く歪むんだ。俺は手で顔を拭い、這うように移動。
そのまま車の外へ出た。普通はここでヒグマに注意をするものだけどな。
コイツは獲物に対して油断しないんだ。
それは圧倒的強者の自覚があるからなんだろう。
俺を見るヒグマの鋭い目は、やるなら掛かって来いと言っているみたいだし。
やってやるよ。ひぃひぃ言わせてやるんだから!
ああ嘘です嘘です。血の匂いで興奮してます⁉ ステイ!
俺は美味しくないから! 先ずは落ち着こう?
はい。
勿論言葉は通じませんけどね。
少し時間を稼ぎたかったんです。
もう今にも飛び掛かって来そうだなぁ。
だったら―――もう諦めてしまおう。
せめて最後に一太刀生きた印を。
ドォン! ドォン! ドォン!
「グゥウウオオオオ――!?」
驚きと痛みで泣き叫ぶヒグマ。突然目を失い半狂乱で転がってます。
不意打ち気味に至近距離で撃たれたのだから、避けて貰っても困るんだけどな。
俺は少し朦朧とする意識を無理やり起こし、フラフラと自分からヒグマに近寄ったんだ。
今にも倒れそうな演技をしてな。
そしてそんな俺に掴みかかろうと動いたヒグマ。
チャンスはここしか無かった。
俺は腰から拳銃を引き抜きヒグマの顔面へ発砲。
当たればラッキ-のつもりで全弾撃ったら見事に命中したんだ。
今の今まで使い所が無かったが、桜井市で初めて襲われた時の拳銃はここで役に立ったよ。
誰だっけ? 仮名エンドウさん? まだ生きてたらグッジョブって伝えたい。
「ああ。もう身体が痛くて動きたくない。でもお前にはまだ、痛みを知ってもらうぞ」
杖代わりに使っていた散弾銃を構えヒグマへ向ける。
本当ならこの場面でヒグマが倒れるんだろう。
でも現実はそれほど甘くない。
手元の散弾銃もここまで大型の獣には威力が足りない。
弾の殺傷性が国際基準の低い物だから仕方ないんだ。
ドォ―――ン!
「グゥアアア!」
ドォ―――ン!
「グァアアア!!!」
ダダッダ! ダッダダ!
細かな傷を負ったヒグマが遂に逃げた。
初めて一方的に受ける傷だ。さぞかし痛いだろうさ。
仲間が居れば、このままヒグマを追うべきだろう。
でも俺の身体はもう限界。追った先に母グマとか居たら死ぬし。
俺は超人じゃないし、そんな体力ないんだよ。
今回だって全部たまたま上手く行っただけ。
もう今すぐ寝たい。誰か助けて欲しい。
怖かったし! 何で俺がこんな怖い目に合わないと駄目やねん!
そんな愚痴しか浮かばない。一応大人だから、声には出さないけど。
誰もいなかったら、延々呪詛を吐き出してやるのに。
それでも散弾銃を杖にして、棟梁たちの待つ拠点へ歩いた。
俺の役目は此処までだ。
もう後の事は皆に任せよう。
などと思っていたが、俺の覚えているのは此処まで。
◇◇◇
「知らない天井だ」
はい。言ってみただけです。ごめんなさい。
目が覚めて俺が見たのは、拠点の自室の天井だった。
記憶が途切れているが、此処へ向かう途中で倒れたんだろうか?
寝ているベットから起き上がろうとすると、全身に痛みが走り唸る。
ぐぬぬぬ。
それでも状況を把握したいので、無理やり身体を起こした。
部屋を出て俺が向かったのは、何時も誰か1人は居る食堂。
皆働く時間が不規則なので、食事も一緒には摂れないんだよ。
頼む。誰か居て下さい。
「ああ。居た居た。ミドリさん。他の人達は仕事ですか?」
「とうま君⁉ もう動いて大丈夫なの⁉」
「ええ。身体は痛いですけどね。まだ全て終わってませんから、今の状況を確認したくて」
「そっか。じゃあ私の知っている事だけ教えるね。先ずとうま君は2日間眠ったままでした」
......なんてこった。
そこから聞いた話は、俺が眠っている間に終わった出来事だった。
やはり此処に向かう際中に俺は倒れたらしい。
それを伝えてくれたのは、村人の1人だったみたい。
直ぐにこちらの男連中が俺を連れ帰り、村の後始末を総出で行った。
村の住人は死傷者20数名。俺達は畑さん1名が死亡。他の負傷者は無し。
埋葬などを全て終えた後、村民から話し合いの場を設けて欲しいと打診あり。
川口さんらはそれを承諾した。
その話し合いは昨日行われ、今後は協力して村の防衛に当たる事に決まった。
また農業指導も行う様で、今は時間の空いている長野さんが担当するらしい。
村からはその見返りに、備蓄している穀物を頂く事に決まったんだと。
今日は村の外延部に柵を建てる為、手の空いた男連中が作業に向っているそうだ。
「とにかく。とうま君は身体が治るまで外出禁止。その身体じゃ無理できないでしょ」
「分かりました。もう少しゆっくりさせて貰います」
2日も寝ていた事もショックだが、悲鳴を上げる身体の不甲斐なさに凹む。
鍛えているつもりだったけど、やはり俺は普通に毛が生えた程度みたいだ。
それでも鍛える事は続けるけどさ。
俺はベットに戻りそのまま翌日の朝まで起きなかったよ。
実際に身体が普通に動くようになるまで、更に3日も掛かった事を報告しておく。
尚、この間にヒグマによる襲撃は無く、村は平穏を取り戻していた。




