俺は空気の読める男。
ドラックストアを出た俺達は、決めておいた避難場所へ移動した。
ミカさんの友人の家だ。
精神を落ち着けさせる必要もあったからな。
あの男が必要以上に大きな声を出していたから、焦って移動したんだけどさ。
心配された襲撃も無く、俺達は目的の家に辿り着けた。
中への侵入も馴れたもので、時間も掛けずに住宅内へ。
戸締りをしっかりして、リビングでへたり込む。
「はぁ。疲れた」
「ふぅ。とりあえず何とかなって良かったぜ」
「本当にありがとうマサルさん。突然襲われたから、怖くて怖くて」
震えるミカさんの背中を稲垣が撫でて落ち着かせる。
そんな稲垣を見るミカさんの表情は、今までとは違っていた。
そりゃあさ。あんな状況で助けて貰ったんだしそうなるよな。
俺はそんな二人を見て、その場に居づらくなった。
だからトイレへ行くふりをして、別の部屋へ移動したんだ。
昔から空気は読める男だから。
暫く何もせず時間を潰し、ミカさんが落ち着いた頃を見計らってリビングへ戻る。
2人のお邪魔虫になりたく無いけど、今後の予定も確認しないと駄目だし仕方ない。
何か二人が楽しそうに話してるから、少し凹んでしまったけどね。
俺は出来るだけ平静を保って二人と話をした。
まぁトラブルはあったが、第一候補の近隣にある保育所へ行く事になったんだけどな。
そこは避難所にはなっていない場所で、尚且つあまり建物が大きくない。
でも高い塀があって防犯が出来るのが魅力的なんだよ。
非常用の物資は無いだろうけど、無人なら暫く滞在するつもりだ。
「じゃあ今日は此処で休憩して、明日の朝向かうって事で決まりだな」
俺は二人にそう声を掛けてひと足早く2階の部屋へ移動した。
明日からどういう風に接するべきか悩む。
俺って異性が絡む環境に慣れてないんだよ。
一応理由はあるけど、黒歴史なので言わないけどな。
この日は1人で保存食を食べて早めに就寝した。
◇◇◇
翌朝。
少し肌寒く感じた夜を過ごしたので、何時もより寝起きが悪かった。
そろそろ長袖も必要なのかもしれない。
俺がリビングへ行くと既に二人は起きていたよ。
皆が揃ったので、手早く朝食を食べる。
やはり何か疎外感を感じる時間だった。
そう感じても別行動は出来ないんだけどな。
何時もの様に準備を終えると、稲垣が俺達に声を掛ける。
「とうま。ミカさん。じゃあ出発するぞ」
「了解」「わかったわ」
俺には馴染みの無い住宅地を移動するので、出来るだけ離れないように移動する。
地図で見るのと実際に歩くのでは違うからさ。
稲垣は迷う事も無く進んで行くんだけどね。
目的の保育園までは少し距離があるので、途中で何軒かの家で休憩する予定になっている。
1軒目、2軒目と何も問題なく移動。
しかしまたもやトラブルが発生した。
ワンワン! ワンワン!
俺達の姿を見たル-ト上の家から犬が吠えたんだ。
予想はしていたんだ。でも対応が遅れた。
俺の身体は思ってた以上に動きが悪い。
声に反応して住宅の陰から出て来るゾンビ達。
稲垣は直ぐにミカさんの手を握り駆けだす。
でも俺は反応が遅れ、走り去る二人を見失う。
このままでは逃げられないと思った俺は、ゾンビに囲まれない方向へ走る。
身体が少し熱っぽいので、風邪なのかもしれない。
幸い昨日ドラックストアで、薬は手に入れてあるんだけど。
朝飲んでおくべきだったよ。今更だけど。
もう目についた家に退避し、そこで薬を飲むしかない。
でもそこからの記憶は曖昧だ。
無我夢中で走っていたら、自分が何処に居るのか分からなくなる。
それでも足を止めると襲われる。
俺は視界に入った家に飛び込む様に侵入したんだ。
そして家の庭へ向かい、何も考えずにガラスを叩き割って中へ。
大慌てでシャッタ-を閉めた後、その場で大の字に寝転がった。
外からは唸り声とシャッタ-を叩き揺らす音。
怖い感情はあった。でももう動く気力が無かったんだ。
覚えているのは此処まで。
その場で気を失ったのだろう。
......どれ程の時間が経ったのか?
目は覚めたが、周囲は暗く何も見えない。
それに硬い床に寝た為、身体の節々が痛い。
とりあえず身体を起こし、リュックから非常用のランプを取り出す。
静かに家の中を移動するが、家の中は無人で物音1つしない。
俺は台所へ移動しテーブルに荷物を置いて水と風邪薬を飲んだ。
夜に移動は出来ないから、焦る必要も無い。
頭がまだ働かないので、もうそのまま眠る事にした。
◇◇◇
そして翌朝。
薬が効いたのか体調は悪くない。
「はぁ。此処何処だろ」
簡単な朝食を食べた後、家の中を物色。
住宅地図の様な物は見つからない。
困った。
今いる場所も向かう方向も分からないし、あの二人と連絡を取る手段も無い。
保育所への方向が分かれば向かう事は出来るだろうけど。
そこまで考えて、俺は思ってしまったんだ。
あれ? 何が問題なんだ? って。
「合流してどうなるよ。また疎外感を味わうのか?」
ははは。それは嫌だった。
こんな世界で自分を取り繕ってどうなる?
俺の事なんて直ぐに忘れるさ。
わざわざ邪魔しに行くぐらいなら、俺は1人で良いんじゃね?
そう考えたらさ。気分が楽になって行くんだよ。
もう不思議なぐらい肩の力が抜けていく。
だからその家から動かなかった、
結局その家で数日を過ごし、ダラダラと生活した。
何も考えず自分のぺ-スで。
とても有意義な時間だった。
誰にも邪魔されず余計な気を使う事も無い。
根っからのボッチ。
そう思えば楽だったんだよ。
でもさ。
食料が無くなれば移動するしかなかった。
「仕方ない。そろそろ動くか」
そう独り言を呟き、俺はその家を出る。
何も決めずに歩き続けた。
ゾンビから逃げ、他人と関わる事を避ける様に。
そうやって移動していると、時には人間の姿も見た。
皆俺と同じ様に食べ物を求めている。
だから絶対に見つからない隠れた。
逃げて逃げて逃げて。
そんな風に逃げて来た俺が、引き寄せられる様に向かったのは教会だった。
別に俺は仏教徒でも無い。かと言ってカトリック信者でもない。
でも足は止まらなかった。
そこは小さな教会だったが、躊躇せずに中へ入った。
人の姿もゾンビの姿も無い。
俺は奥へ歩き、中央の像の前で跪く。
「誰か助けて下さい。何をすれば良いのか分かりません」
そう自然と口に出していた。
もう疲れたんだ。
1人でいる事に。
「貴方の思う様に生きなさい。全ては神の御心のままに」
⁉ 後ろからの声に驚き、縋るように振り返る。
そこには優しそうな顔の神父が居た。
でもさ......おかしいだろ?
包丁を振りかぶる神父って。
バァン!
俺の身体は自然に動いていた。
刺される前に神父の顔を目掛けて、金属バットを全力でふったんだ。
手に伝わる鈍い感触も不快に思わなかったよ。
倒れた神父に向って俺は言う。
「誰かに奪われるぐらいなら、もう俺は一切の躊躇をしない。お前の様な偽善者なら尚更な」
この出来事を境に、俺の考え方も大きく変わる。
もう誰にもすがらない。
悪意には悪意を返す。
終わって行く世界を生き抜くために―――




