ヒッキ-は気付く
あの日から既に1週間。
あれだけ騒がしかった外も、今は静かになった。
この間、俺は自宅マンションから一度も出ていない。
会社への連絡は結局出来ていないんだけども。
と言うのも当日に電気、ガス、水道等のライフラインが止まったのだ。
多分火災の影響だと思うけど。
ネット回線だけは何とか繋がっているが、通常通りとは言い難い状況で兎に角重い。
現代人はネットが無いと生きられないんだよな。
あの当日は休むつもりでいたから、会社に連絡が繋がらない事に安堵もした。
自慢じゃ無いけど俺はヘタレだからな。
安全な場所から動く事の方が怖かったんだ。
だから突然電気が止まった時は、思わず叫んでしまったよ。
だって外はまだ騒がしいままなのに、夜にいきなりだからさ。
10分程震えた後、冷静になって常備品を漁ったんだ。
ソーラー充電式のランプもしっかり買ってあったわ。
昔と違ってLEDだから充分明るい。
取り合えず水は、2リットルのボトル6本入りのケースで10個。
乾パン、乾物、インスタントラーメン、缶詰、米、カセットコンロ、ボンベもある。
野菜の代わりにサプリメント。
節約すればひと月は耐えれるはず。
だから引き籠ってるんだけど、6年勤めた会社は首かも知れない。
結構苦労して入社したんだけどなぁなんて思う。
順風満帆とは言わないが、普通に進学して新卒採用して貰えた。
高給では無かったけど、仕事は苦痛に感じなかったんだ。
うちの会社は妻帯者に優しく、独身に厳しい会社。
まぁ特に早く帰る予定も無いから、残業は自ら進んで請け負った。
休みの日は趣味で近所に山登り&お1人様キャンプ。カッコ良く言うとソロキャンプだっけ?
一人用テントも寝袋も愛用なんだぞ。ちょっと目から汗が出て来たけども。
都会の喧騒を忘れて、自分だけの時間を楽しんでるって言いたい。
あ、それに普通免許は持ってるし。
自家用車は維持費大変だから無理だけど、便利なレンタカーも使いようでしょ。
ほらレンタカーって色々な車種に乗れるからさ。あはは。
意味なくワゴン車借りた事もあった......あぁ俺って家族居ないんでね。
元々母子家庭だったんだけど、就職1年目の年に病気で亡くなったんだ。
俺の為に一生懸命働いてくれたけど、卒業が決まった年に体調を崩してそのまま。
父親は知らない。物心つく頃に居ない事に慣れてたし、母親が触れないから話題にしなかったんだ。
女手一つ俺を大学まで行かせてくれた母親に、親孝行も出来なかった事が今でもショックだよ。
山登りも母親が好きだったんだよ。よく小さい頃に連れて行って貰ったっけな。
だから一緒に行く事を目標にして、大学時代に必死にバイトして免許取った。
病院にお見舞いに行った時に『楽しみにしてる』って笑顔で言ってたなぁ。
そんな大切な母親が亡くなってから、俺の楽しい目標は消えた。
今の俺の姿を見たら怒られるかも知れない。
「ああそうか。生きる目標が無いのか俺」
駄目だ駄目だ。こんなんじゃ母親に顔向け出来ない。
取り合えずこのマンションの周辺だけでも確認しよう!
動け俺。どうせこのままじゃ食料も尽きる。
そして重い重い腰を上げ、俺は1週間ぶりに外に出る事を決心した。
◇◇◇
動きやすい服装に足元はスニーカー。
あのネットの情報を鵜呑みにする訳では無いが、両腕に薄い雑誌を入れ長袖厚手の服を着る。
もう夏なのでハッキリ言って暑いが我慢だ。
キャップを深々被りマスク。耳は髪で隠れてる。流石に耳当ては持っていない。
ちょっと変質者かも知れないけど、噛まれたりする危険よりはマシだろう。
出来るだけ音を立てない様に玄関ドアを開け、頭だけ出して廊下を確認する。
うん。物音がしないし人の気配もない。
昼間は休日以外居ないけど、平日の昼間はこんなにも静かなのだろうか?
そんな事を思いながら鍵を閉めて階段へ向かう。
俺の部屋は7階建てのマンションの2階なんだ。
少し古いマンションだから、エレべーターは止まらない。
だから少しだけ家賃もお得。
まぁ電気が止まってるから使えないけど。
ソロリソロリと階段を降りる。大丈夫。上からも降りてくる様子は無い。
下りた1階のエントランスにも人影はないようだ。
「ほっ。この場合オートロックも使えないよな」
案の定、手動で鍵を開けて外に出る。
因みに玄関ドアの鍵と共通で使えるんだ。だからマンション入り口もロック出来る。
今は怖いから開けたままにするけど!
空はどんよりとした曇り空。
もう梅雨は終わったはずなんだけどなぁ。
しかし何だろうこの匂い。
焦げ臭い匂いだけじゃなく、不快になる異臭を感じる。
下水管でも破裂したんだろうか? マスクしていても感じる匂いは不快極まりない。
そんな事を考えながら観察。
住んでいるマンションは、大通りから少し入った場所。
だからマンション前は狭い道路なんだが、普段と違い駐車された車がチラホラ見える。
それも普通じゃない。道の真ん中に置き去りじゃないか。
何か嫌な感じだ。
不意にそう思ったんだけど、今の所危険が迫っている訳では無い。
ガタッ!
⁉ 駐車された車の近くでそんな音がしただけで、身体に震えが走った。
「フギャー」
「何だよ猫か。脅かさないでくれよ」
ちょっと自分が恥ずかしくなった。
はぁ。安堵するが、この時俺の目は何かの影をとらえる。
ん? あれは人なのか?
5メートル程向こうにある電柱の辺り。
フラフラ横に揺れている様に見える。
どうする? 近づいて確認するか?
いやいや駄目でしょ。
こう言う場面が一番危ないんだよ。ドラマでよくあるやつじゃん!
脳内で突っ込みをいれつつ、ヘタレは考える。
危険があるなら近づくな。でも気になると言うジレンマ。
ん? あの位置ならワンチャン、マンションの廊下から見えるんじゃね?
うん。その方が安心安全。今の俺冴えてるかも知れない。
そうと決まれば即撤退。
スタコラサッサとマンションへ戻る俺。
ここまで家を出て10分しか経って居ない。
さて戻って来ました2階の廊下。
うんうん。右よし左よし。
ゆっくり音を立てない様に廊下を進む。
ちゃんと後方確認もします。
うちのマンション階段1つしかないからさ。
因みに俺は角部屋。向かう方向は逆方向。
つまり後ろから来たら詰みます。怖い。
恐る恐る進みもう突き当りじゃん!
でもギリギリ見える位置にソレが居た。
「うわぁ。あれってお隣さん......」
俺が見たのは、あの日声を掛けてくれた女性だった―――