3-41 図星をつかれよう!
「カグヤとミカルド――2人の〝残念〟がホンモノだって証拠なら、他にもまだまだあるよ!」
「まだまだあるの!?」
クラノスの暴露は止まらない。
「ミカルド! だいたいどうしてキミは……好きな子の前で〝ゲエ〟を吐いといて、そのあと平然としてられるんだよ!」
「「――――っ!!!!」」
どんなことを言われても言い返そうと思っていたが。
初手でいきなり〝ゲエ問題〟を持ち出され、あたしとミカルドは思わず絶句した。
「もしカグヤの前でゲエを吐いたのがボクだったら、もう消えてしまいたくなるよ!! 恥ずかしいのと申し訳ないので会わせる顔がないって三日は寝込むだろうね……! それをあろうことか、自分のゲエを【好きな人】に掃除までさせといて、寝込むどころかどうして何もなかったかのようにすぐ次の話題に移れるんだよ! どんな面の厚さしてたらゲエ吐いた直後でそんなに平然としてられるのさ!? そんなのまったく理解ができないね!!」
「い、言われてみればたしかにーーーーーーー!」
なにしろミカルドは極度のストレス(ふつうの人からしてみればささいなストレスなんだけどね。人に頭を下げるとか、部屋の掃除をするとか)にさらされるとゲエを吐いてしまうという特殊性質の持ち主なのだ。
あたしはそれをごくごくふつうのこととして受け入れ、ことあるごとに吐き散らかすミカルドのゲエには対処してきたけれど。
冷静に考えたら結構おかしいことだったのかもしれない。
「……っていうか、ミカルドって昔っからそんなに〝ゲエ〟吐いてたの!?」
「常習犯だよ、こいつは!」びしい、っとミカルドを指さしてクラノスは言った。「ちょっとでもストレスがあると人前でゲエ吐いといて、しかもその自分の吐いたゲエでまたゲエを吐く〝ゲエループ〟を見せつけるような男だよ!」
「ちょっと待ちなさい! 言葉面が汚くなってきたからもう少し〝ゲエ〟を控えて……!」
クラノスは構わず続ける。彼は『だれに遠慮する必要があるんだよ!』とぷりぷり憤っていた。
「しかもだよ? そのことを指摘すると……」クラノスがミカルドに視線を向けると、
『こればかりは仕方あるまい。我の生まれついての性質なのだ。むしろ我にストレスをかけてくるほうが悪い』
「ほら! こんな超理論で完璧に開き直ってくるようなやつなんだよ!?」
もはやクラノスの声は泣きそうになっている。
何を言っても無駄な言葉の通じない子どもの面倒を見ているような表情だ。
「ふん。クラノスの言い分はそれなりに分かった。しかしな……我も大人になったのだ」
「……? どういうことだよ」
「いつまで経ってもことあるごとにゲエを吐いているわけにはいかんからな。この塔に来てふたたびカグヤに出遭い、自分も変わろうと思ったのだ。だから実は我も皆に隠れて練習をしていた。つまりは――人に頭を下げてもゲエを吐かない練習をな!」
「人に頭を下げてもゲエを吐かない練習」
あたしはそんなパワーワードめいたセンテンスを繰り返した。
「今までの人生においては自らより格下の人間に頭を下げたことも、掃除を含めた使用人の仕事を自らでしたこともなかった。だから隙があれば部屋にこもって……〝訓練〟をしていたのだ。たとえば他のものたちの〝肖像画〟を壁に貼り付けて、それに向かって頭を下げてみたりな……最初のうちはやはり吐き気を抑えることは、相手が絵だろうが難しかった。しかし、度重なる訓練の結果――」
ミカルドはそこで拳を胸元に当て、目を無邪気な子どものようにきらめかせながら言った。
「ついに我は人に頭を下げても吐かないようになったのだ……!」
「「ミ、ミカルド……!」」
彼の成長に感動をしていたら、ミカルドは余計なことを補足してきた。
「ま、相手が〝絵〟であったら、ということだがな」
「絵限定かああああい!」
「ああ、そうだ。実物だとまだ吐く」
「それじゃ結局意味ないじゃないのよ!」
「しかもクラノスだけはだめだ。絵でも吐く」
「おおおおおおおいどんだけボクを下に見てるんだよ!!!」クラノスもたまらず叫んだ。
「しかしだな……そのように我も成長しているのだ。もはや今の我は、皆が知る昔の我ではない」
そんなミカルドをクラノスはびしっ! とふたたび指さして、
「……っていうようなことを〝世界に革命をもたらすような大仕事をやり遂げた感〟を出しながら自慢げに言うくらいに、こいつは残念なやつなんだぞ!!!」
あたしに訴えるような瞳を向けてきた。
「カグヤもカグヤだよ! なんでそんな、残念に残念を重ねて残念を塗り込んだようなやつのことを……好きになってるんだよーーーーー!」
クラノスの叫びは広大な宇宙に響き渡った。
「うう……そんなこと言われたって、しかたないじゃない……」
空に浮かぶ地球は表面を覆う白い雲が随分と減ってきた気がした。
その分、大海を示す青い面積がより大きくなっている。
「当時の輝夜は、好きになっちゃったんだから……」
地球の青と対照的に、あたしは顔を真っ赤にして身をよじった。
――どうしてそんな残念な王子のことを好きになったのか?
そんなのは過去の輝夜に訊いてみないと分からない。それでもこのままだと今のあたしも〝残念〟のレッテルを貼られてしまう。
引き続きどうにか言い訳を考えようと視線を空に泳がすが、クラノスによる〝物申し〟の波状攻撃は続いていく。
「カグヤは他にもあるよ! ミカルドに加えて、ことあるごとにいろんな迷惑をかけまくる〝残念な王子たち〟のことを……幻滅するどころか色々世話してあげたり、その場で怒りはするけど楽しそうに口元を緩ましたり、『まったくあんたたちは』って口では言いながらも溜息交じりに好意をもったり――そしてそんな毎日を振り返った時に〝なんやかんやで楽しかった、かけがえのない尊い日々〟とまで認識しちゃったりしてさ!」
グサアアアアアアッ!
とあたしの胸になにか神話に出てくる巨大な槍のようなものが刺さった心地になった。
これに関しては〝今のあたし〟にも思い当たる節しかない。
図星を突かれた想いがしてその場でたまらずよろめいた。
「うっ、くううっ……!」
そんな立っているのも限界なあたしに向かって。
クラノスは手を緩めることはなく。
むしろ〝遂に大詰め〟といった様子で感情と語気を高めて。
ついにその最終兵器級の言葉を――あたしに、突き付けた。
「そんなのどうしたって……カグヤの方がよっぽど残念なお姫様だよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「……っ!!!!!!」
すどおおおおおおん。
神話の世界の兵器が、なんか100個くらいあたしに突き刺さった気がした。
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