3-39 負けを認めよう!
「魔法でもなんでもかければいい。次こそ我のカグヤへの想いは――絶対にそんなものには負けん」
ミカルドのどこまでも気障な言葉に。
「……う、あ」
クラノスは気圧されるようにして後ずさっていった。
そして背中が屋上の柵塀に当たったところで。
「あああああああああああああああああ!」
天に向かって大きく咆哮した。
「くそ、くそくそくそくそくそおおおおおおおお!」彼はまるで地団太を踏むように、大声をそこら中に叩きつける。「やっぱりこうだ。こうなっちゃうんだ……こっちの世界でも、ボクはミカルドに……うわああああああああ!」
「ちょ、ちょっとクラノス、落ち着いて――」その乱れようが心配になって、あたしは制した。
「これが落ち着いていられるかよ! もういいさ、この際だからぜんぶぶちまけてやる……!」
クラノスはすううううう、と大きく息を吸って。
溜まった言葉を身体の底から吐き出すように叫び語り始めた。
「さっきも言ったけど……カグヤがミカルドを〝愛してる〟ってことはとっくに気づいてたさ! カグヤがミカルドに向けるふだんの振る舞いから。表情から。仕草から! ボクはとっくに気付いてたんだ! だけど……そのことに気付いてたのは、あの当時はまわりの王子たちの中できっとボクだけだった。なんでか分かる?」
「え、えっと……」
急に振られて困惑しつつ首を捻っていると。
クラノスは簡単に。はっきりと。空に響くような声で。
その答えを言ってくれたのだった。
「それは――みんながバカだからだよ!!!!!!」
「……へっ?」
急に飛び出たシンプルな悪口にあたしは一時停止してしまった。
みんながバカだから? そんな子どもみたいな理由ある!?
「マロンも! イズリーも! アルヴェも! アーキスも! オルトモルトも! ……みんなバカだから、全然カグヤの恋心なんて気づいてないんだ。その癖に〝カグヤのことが好き〟なんて、ことあるごとに正直に伝えるんだから手に負えない。だってカグヤはミカルドが好きなんだよ!? そこに入り込む隙なんてないくらいに! 結果が決まり切ってて、初めから勝てる見込みのない戦いに、どうして真正面から真純粋な気持ちで突っ込んでいけるんだよ!!! ボクには理解ができないね!!!! だけど……そんなことされたら。ボクだって。カグヤのことがみんなと同じで〝大好き〟なボクだって! みんなと同じように戦うしかないじゃん! バカのふりをするしかないじゃないか!!!」
クラノスの激昂は止まらない。
あたしは口をぽかんと開けて呆然と彼の様子を見つめている。
「最初はボクも、どこか傍観者なつもりでいた。絶対に勝てるわけのない戦いに〝バカなみんな〟がどうやって挑んでいくのか。〝きっとカグヤは自分に振り向いてくれる〟って心の底から信じながら盲目的な状態で、どうやってカグヤと接していくのか……そんなゲームに自分も参加しながらいち観戦者として楽しむつもりでいた! だけど……カグヤと毎日を接していくうちに。カグヤの笑顔に触れていくうちに。カグヤの魅力により引き込まれていくうちに――ボクの気持ちはもう、引き返せないところまで来ちゃってたんだ」
クラノスの声にはもうさきほどまでの乱れるような勢いはない。
代わりにじっとりとした愛おしく切ない熱情がこもっていた。
頬を高揚させてクラノスは続ける。
まるで作ったように照れくさい言葉を。
まっすぐ正直に、語ってくれる。
「ボクはカグヤのことが大好きだ! 想いが溢れて止まらない。どうしてもカグヤが欲しい。だけどカグヤの気持ちは変わらず〝ボクじゃない王子様〟の元にある。……ボクだって最初から〝魔法〟なんていう邪道に頼ったわけじゃない。はじめのうちは正攻法のつもりで自分なりに【カグヤの好み】を探って――つまりは【ミカルド】のことを、ボクなりに研究したんだ。全知識と全能力と空いた全ての時間をもって。そうしたら調べていくうちに〝とある衝撃的な事実〟にたどり着くことになったたんだ――」
そこでクラノスは目を地面に伏せて、神妙な面持ちをつくった。
「衝撃的な、事実……?」
あたしはごくりと唾を飲み込む。
世界一の魔法使いであるクラノスが、輝夜を主役にした恋愛遊戯の攻略のために知識をフル稼働させてたどり着いた真実。(なんだか自分で言ってて恥ずかしいわね……)
「ああ。〝カグヤの好み〟に関する衝撃的な事実さ。当時のボクのすべてを注いで観察・研究・分析した結果――」
クラノスは引き続きひどく重苦しい空気をまといながら。
ごくりと唾を飲み込んで。
空に一本の指を立てて。
その〝衝撃的な研究結果〟を、言った。
「カグヤの好みの男は――どうしようもなく〝残念な性質を持つ奴〟だったんだ!!!!!!!!」
「な……!? なんですってーーーーーーーーーーーーーーーー!」
その衝撃的すぎる事実に。
(……すってー……すってー……すってー……。)
あたしの絶叫が夜の屋上に響いて、なんか語尾がエコーみたいになった。
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