3-35 正直にいよう!
「ふたりのことは〝すき〟だけど……〝あいしてる〟までには……やっぱりこの数か月じゃ短すぎるかな」
あたしは告白を受けたふたりの王子様たちを前にして。
正直に。まっすぐに。
今の気持ちを伝えた。
しんとした屋上の夜の空気があたしたちの身体を突き刺すようだった。
お互いになにを考えているのかが分からない。
なにか声に出そうとしても、そのぶあつい空気の層に阻まれてしまう。
「ふふ――あはははは」
その沈黙を破ったのは――
クラノスによる乾いた笑い声だった。
「参ったな。ボクの負けだよ」
彼はどこか悔しそうに空を見上げ、また床に視線を落とした際に手の甲で顔を拭った。
「考えてみればそうだよね。カグヤが記憶世界で〝過去〟を見てきたからって。ぜんぶを知ったからって――今のカグヤは、今のカグヤだもん」
なんだか哲学的なようにも聞こえたが、それは事実でもあった。
今のあたしは、今のあたしだ。そのことはだれにも否定されようがない
――たとえ、過去の輝夜がダレを選んでいたとしても。
「わかった!」クラノスが手をぱちんと叩いて言った。「この世界じゃだめだった。ただそれだけのことだし……それに。いつかボク、会いに来るから」
「……え?」
「だってボクはこれでも〝世界一の魔法使い〟なんだよ? 魔法の水晶だけじゃない、森の外れで出入り口として機能してるエデンの樹についてもボクなりにいろいろ調査を進めてたんだ」
クラノスが空で指をいくつか立てながら言う。
「だから! そのうち〝前のカグヤ〟が創造った魔法を解明して、またこの場所に戻ってこれるように。頑張るから。また、会いに来るから……!」
そういえば彼は途中から食卓にも顔を出さず、なにやらこそこそしていたようだけど……それは魔法の研究のためだったのね。
「クラノス……ありがとう」
ふふん、とクラノスは笑って、「ボクは諦めが悪い代わりに性格がとっても良いんだ。魔法が開発できたら、みんなには知らせずひとりで会いに来るから。覚悟しておいてよね」
感動しそうになったけれど。
やっぱりクラノスは最後には、いつもの嘘みたいに爽やかな微笑みを浮かべてそう言うのだった。
「あ、そうそう。特にミカルドには絶対教えてあげないから」
彼はくるりとミカルドを振り返って、相変わらずの笑顔でそう言った。
「もー! またそういう意地悪言ってー……」
またふたりで口喧嘩でも始まるのかと思っていたら、
「む? ああ、別に教えてくれなくて構わんぞ」
などと。
やけに余裕のある口ぶりでミカルドは断ったのだった。
「え? ……本当にいいの? あとから泣きついたって連れてってやんないからね」
「連れていくもなにも……貴様が〝我のいるこの場所〟に来るための魔法だろう? それを我に教えても意味がないだろう」
「「……へ?」」
首を傾げたのはクラノスだけじゃない。
あたしもだった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! まさかと思うけど、あんたこの期に及んで〝この場所〟に残るつもりなわけ!?」
「うむ。当然だ」
などと。
まさしく当然のようにミカルドは頷いた。
「帝国男児に二言はない」
あたしの記憶の中ではミカルドの様々な〝二言〟の数々が浮かんでは消えていったが、ひとまずそれは気にしないでおくにした。
「それに……前にも言っただろう? 〝我は逃げん〟とな」
しかし目の前でそうやって。
どこまでもまっすぐ、真剣で、それでいてどこか得意げな表情を浮かべるミカルドを見るにつけ。
あたしは『まずい、このバカ、本気だ……!』と戦慄することになるのだった。
このバカ、本気だ。本気でこの月に残る気だ。
「ふ……ふざけるなよ!」
怒鳴ったのはクラノスだった。
「今までの話、聞いてたのかよ? これまでの流れ、理解してたのかよ!? カグヤはボクたち〝ふたりとも〟を選ばなかったんだぞ? これ以上ここにいたって迷惑になるだけだろう! それに――確かにボクはこの場所にまた来るのは〝諦めない〟とは言ったけど、一度閉じた出入り口がふたたび開く保証はどこにもないんだ。だとしたら、もう地球には二度と帰れないかもしれないんだよ!? ……あ」
そこでクラノスはハッとしてあたしに目線をくれた。
どうやらこの場所に〝ひとり〟取り残されるあたしのことをおもんぱかってくれたらしい。
「ううん、いいのよ。気にしないで。前にも言ったでしょう? みんなにはちゃんと、帰るべき場所がある。ううん。帰りを待ち望んだ人がいて、帰らなきゃいけない場所があるの。むしろ帰らないほうがどうかしてるくらいだわ」
あたしは皮肉めかしながら、ミカルドに『あんたのことを言ってんのよ?』という視線を向けてやるが……。
「ふむ。〝月から見上げる地球〟というのも雅で良いものだな」
彼は既に『月の上生活』を堪能する気満々だった。
「人の話を聞きなさいよーーーーーーーーー!」




