3-28 おかわりをしよう!
「そういえばあんたたちは見た目に反した〝残念〟な王子様たちだったわね……」
〝月がいつもと違う? あ~、言われてみればそうかも〟などと。
――空に浮かんでいた青い星=実は地球だった!
という衝撃的な事実にはたいして気に留めず(というか気づいてなかった)。
〝そんなことよりおかわり!〟と、むしろどうでもいいことのように流してくる王子たちをみてあたしの顎と目は開き切る。
たしかにちょっと〝洞察力やらなんやらいろんなものが足りない〟やつらだとは思ってたけど……。
まさかこれほどまでの、まさに天と地がひっくり返るような事実もさほど気に留めないほどの唐変木だったなんて。
「はああああああ……」
あたしは深い溜息をついて、絶え間なく差し出される空のお皿におかずをよそっていった。
「まあでも――逆に安心したかも」
もしも王子たちが空に浮かぶ月が〝蒼い〟ことを知った上で〝気づかないふり〟をしていたとしたら……。
それもなんだかあたしの思う彼らのイメージと異なってきてしまう。
彼らは何かを目的として、そんなことを隠し通せるくらいずる賢こくはないのだ。
もっと正直で、素直で、優しい――つまりはマロンを筆頭とした〝ちょっぴりお馬鹿〟な王子様ーズなのだから。
「ま、ちょっぴりじゃないかもしれないけどね」
口元を緩めながらあたしがこっそり呟いていると、
「あ、あんの……カグヤさん」
「あら、どうしたの? イズリー」
「おらも〝おかわり〟いただいてもいいだべか……?」
「あ……よかったら、俺も――」
「アルヴェまで! おかわりなんて珍しいわね」
ふだんは最初の決められた量だけ(あたしがふたりの適正量をよそっていることもあるのだが)を食べてご馳走様をし、早めに後片付けを手伝ってくれるのだが……。
今日は珍しく〝おかわり〟をねだってきたのだった。
「ふたりのおかわりだったらもちろん! 好きなだけ食べてちょうだい」
他の王子たちに頼まれるのとは異なる三倍量の笑顔を振りまきながら、あたしはふたりのお皿におかずをよそった。
「ありがとだべ~」「あり、がと」
ふたりはあたしのご飯を幸せそうに、愛おしそうに食べてくれた。
その様子を見ているだけで、やっぱりどうしたってあたしの表情は緩んでしまう。
別にふたりに限ったことだけじゃない。
ご飯を食べるのも作るのも好きなあたしは、自分の料理を〝美味しい〟と言ってくれるだけでなんだか幸せな気持ちになるのだった。
「でもどうしたの? なにかお腹空くようなことでもあった?」
あたしはふたりに何気なく尋ねてみたら、すこしの間のあとに気まずそうに答えてくれた。
「……カグヤさんの料理。もう何回も食べられないと思うと寂しくなったべさ」
「いまのうちにたくさん、たべておきたかった」
「……!」
あたしは思わず閉口してしまう。
そうだ。確かに昨日の夜は〝すぐに帰ってちょうだい〟と言ってしまったものの。
いずれにしたって、この場所と地球とを繋いでいる〝魔法の指輪〟に期限がある限り。
彼らは次の満月――もう3日もしないうちにこの場所から去ってしまうのだ。
つまり、もうあたしたちに残された食卓は数回もないのだ。
「あんたたち……」
見ると他の王子たちもどこか気まずそうに視線を逸らしていた。
彼らの食事中の様子はいつも通り、何の遠慮もないものだったけれど。
それは〝なるべくいつも通りに振舞おう〟とする、不器用な彼らなりの、不器用な優しさだったのかもしれない。
――こうしてみんなで笑いあう日常は、もう僅かにしか残されていない。
なんだかその事実が、予報よりも遅れて降ってきた雨のようにあたしの心を灰色に染めた。
「で、でんも……カグヤさんはこれからどうすんだべ? この場所にひとりで残ることになるべさ……」
イズリーがいつも通りの口調を気にしながら訊いてきた。
「前にも言ったでしょう。なにも変わらないわ」
だからあたしも。
きわめていつも通りの口調をつとめて答えた。
「今までずっとひとりだったんだから。この塔からも外に出ることはできないし。あ、でも【セレネー】――ううん、【ゴンタロ】は変わらずいるから。ここで生活していく分には不自由はしないもの」
あたしは頬を掻きながら笑って続ける。
「それにあたしは――あんたたちがいた地球を、一度滅ぼしちゃったのよ? 今更どんな顔して地球に戻ればいいのよ」
ふと窓から外を見やる。
そこには存在を主張するように、蒼と白の星が大きく浮かんでいる。
「……あの星には、あたしの居場所はどこにもないわ」
「「カグヤ……」」
王子たちが心配そうな表情を浮かべあたしを見てきた。
こういうところでの〝優しさ〟はちゃんとみんな持ち合わせているのよね。ま、最低限かもしれないけど。
それでも――今のあたしの心にはしっとりと染み渡るのだった。
「空に浮かぶ今の地球は。あたしがいなくなった地球は。きっとあたしがいなくたって回り続けるわ。だけどね……それであたし自身が〝消えちゃった〟ことにはならないと思うの」
あたしはそこで目の前の王子たちにあらためて向き直って言う。
「あたしは〝あんたたちの中に〟ちゃんと生きているもの。逆に言えば――あたしは、あんたたちの記憶の中にしかいないから。あんたたちの頭の中の、かすかな記憶の中で。これからひっそりと暮らしていくことにするわ」
今のあたしはどんな表情をしているだろうか。
ちゃんと笑えているだろうか。みんなを不安にはさせていないだろうか。
記憶の世界みたいに第三者視点で自分を見下ろしてくれる〝あたし〟はここにはいないから、それは分からない。
「だからね、これだけはあたしからのお願い」
続く言葉で、すこしだけ鼻をすすって。
あたしは目の前の彼らに言ってやった。
「これからあんたたちがエデンの樹の洞を通って【地球】に帰ったとしても――あたしのことだけは、ずっと忘れないでちょうだい」
窓から生暖かい風が吹き抜けた。
キッチンを通り抜けたそれは残っていた料理の香りを鼻に運んだ。
我ながら食欲をそそる良い香りだ。料理はあたしの趣味で誇りで日々の楽しみだったけれど……それを共有できる相手は、もういなくなってしまう。
あたしは手を頭の横に当てて髪をおさえながら、言葉を続ける。
「お願い。ずっとあたしのことを覚えていて。それだけでいいの。あたしは、それだけで――」
目の前の王子たちの表情はとても寂しそうだったけれど。
今度はちゃんとあたしは。
――笑えたような気がした。
☆ ☆ ☆
問題はミカルドとクラノスだ。
特にミカルドは、例えこの月の上と地球を繋ぐ魔法の門が閉じたとしても『この場所に残る』と言い張っていたのだ。
そのことは、あたしが記憶世界で〝すべての顛末〟を知った今でも変わらずにいるのだろうか。
彼らふたりは〝あの夜〟以来、あたしの目の前に姿を現さないでいたけれど……。
ひらり。
あたしの部屋のドアから、一枚の手紙が差し込まれた。
あの時と同じ、クラノスからのものだろうと予想した。
部屋の扉は開けないことにする。どうせもう廊下からは去ってしまっているだろうから。
床から白い封筒を拾い上げて。
赤色の蝋で封をされた中身を開いてやった。
「……あれ」
一瞬あたしは固まった。
てっきりクラノスのものだと思っていたら――その便せんの最後には【ミカルド】の署名が記されていた。
「ミカルドがこんなことするなんて」
仏頂面で不器用で、面倒なことを嫌う帝国の温室育ちの皇子様。
そのイメージからあたしに〝手紙〟を贈るなんてことは想像がつきにくかった。
だけど。
「考えることは、ふたりとも同じね」
内容を二度読み返してみても趣旨は変わらない。
あたしは例のごとく、星の煌めく今宵に〝塔の屋上〟へと呼び出されたのだった。




