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3-21 想いを振り切ろう!(カグヤの記憶⑩)


 輝夜の部屋の前についた時、クラノスは迷っていた。()()()()()()()()()()()


 ドアノブを掴もうとする手は震えていて、その振動は腕から上半身、やがて全身に伝播(でんぱ)していった。

 息の乱れる音が聞こえる。ごくりと唾を飲み込んでいる。かたかたと歯が鳴っている。

 左手の中では髑髏(しゃれこうべ)の書かれた小瓶が、まるでこの世界の物ではないような異彩を放っている。


「クラノス! お願いやめて――」


 届かないと分かっていても。

 透けた身体のあたしは叫んだ。


『………………っ』

 

 ぽたり。

 彼の顎から汗が床に落ちて暗い染みを作る。


 その水音と同時に。


 クラノスの顔に〝生気〟が戻ったような気がした。


「……クラノス?」


 あたしの声が聞こえたハズがないから。

 きっとそれは偶然のタイミングだったのだろうけど。

 あたしの祈るような叫びのあと。

 

 クラノスの震える瞳に微かな〝光〟がともった。

 彼の呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、これまでのことをすべて内に秘めるかのように大きな息のかたまりをごくりと飲み込んだ。


『……なにやってんだよッ』


 唇を噛み締めながら、拳を壁に思い切り叩きつけた瞬間。


 どおおおおおん、と。

 これまで以上に激しい地鳴りと轟音が鳴り響いた。


『……っ!?』


 慌てて廊下を奥に進み、窓から外を見やる。


『はは――なんだよ、あれ』


 そこには、ミカルドの帝宮を取り囲む最後の砦とされた〝城壁〟が崩れ、巨大な穴があいていた。

 開けた壁からなだれ込んでくるように、数多の兵士たちが城内に侵入をしてきている。


『くそっ! なんて数だよ……! どうして胡散臭いやつの、胡散臭い予言なんていうもののために、ここまでされなきゃいけないんだ……カグヤが狙われないといけないんだっ!』


 いくら叫ぼうとも暴徒と化した民たちには届かない。

 兵士たちは防具をまとい武具を持ち、足元にあるすべてを踏み荒らすかのように進行を続けている。

 美しかった庭園は崩れ、煉瓦造りの道は踏み抜かれ、小川は血と泥で(よど)み、大地は汚れていた。

 

 その侵攻の目的は、ただひとつ――世界を滅ぼす【魔女】の捕縛と処刑だ。


 つまりは輝夜。

 

 この部屋の中にいるたったひとりの少女を渡せば、この戦乱もおさまる。

 民衆がおさまる。世界がおさまる。

 

 自らの手の中には毒入りの瓶がある。これを彼女に使うこともできる。

 それでも。


『ああああああああああああああああああっ!!!!』


 クラノスはすべてを振り払うように、叫ぶ。


『そんなこと、できるわけがないだろうが!!!!』


 叫ぶ。

 

『ボクはッ! カグヤを! ――愛してしまったんだから!!!』


 叫ぶ。

 

『お涙頂戴の御伽噺じゃあるまいし! 平和のために愛する少女を手にかけるなんて、そんな悲劇の結末(バッドエンド)なんでクソ喰らえだねッ!!!』


 そして手にしていた毒瓶を、思い切り振りかぶって。

 窓からはるか遠くに投げつけてやった。


 時を同じくして轟音。地響き。

 数多の兵士の侵攻は止まないが――それでも可能な限りの足止めはしている。

 輝夜を擁護する【翼賛軍(よくさんぐん)】の頼れる仲間たちだ。

 その表情は誰しもが戦の鎮火を諦めていない。

 帝都を守ることを諦めていない。輝夜を護ることを諦めていない。

 

『あいつらが頑張ってるのに、ボクが諦めてどうするんだよ――っ!』

 

 クラノスは唇をきゅっと一文字に結んで。

 目に(ほのお)を灯して。


   

 今度こそ真摯たる想いと表情で、カグヤの部屋のドアノブを回した。


 

 

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