3-18 お姫様に会いに行こう!(カグヤの記憶⑦)
『おいクラノス! いい加減にカグヤに会わせろ!』
【魔女狩り】を名目とした戦争(それは輝夜というひとりの人間を護る『擁護派』とそれ以外の『全世界』、というあまりにも無情かつ非情で一方的な争いだった)の防衛戦線から帰還した記憶世界のミカルドが息を荒げて叫んだ。
場所は輝夜とクラノスが共同生活を営む【石塔】の一階部分。吹き抜けの天井になった玄関のフロアだった。
2階以上にのぼるための階段には通れないように〝柵〟が設置され、その鍵はクラノスが管理していた。
『カグヤの顔を見れないまま、かれこれ10日以上が経つぞ! カグヤの部屋の外壁の窓も、屋上への階段も木板で封鎖されている――カグヤは日の光を浴びているのか? これでは完全に軟禁ではないか!』
怒号は止まらない。
他の王子たちも日夜各地で繰り返される戦闘等で疲れ果てており、鬱憤を晴らすかのような険しい表情でクラノスに詰め寄っている。
しかしクラノスは、
『……なんだよ、皆で文句ばっかり……』
なにやらブツブツと言いながら、目線を床に落としていた。
精神的に疲弊しているのはクラノスも同じのようだった。
『いいからカグヤをここに連れてこい!』
ミカルドの言い分に。
我慢しきれなくなったか、クラノスがとうとう金切り声で叫んだ。
『皆には会いたくないって、カグヤが言ってるんだ!』
しかしミカルドも諦めない。『カグヤが本当にそう言っているのならば――それをクラノスではない、カグヤ本人の口から聞きたいのだ!』
『これは彼女の意志なんだ!』クラノスはこれまで以上の大声で言う。『カグヤに選ばれなかったくせに、余計なことを言うな!』
『お、おい、クラノス』さすがの言いぶりに、他の王子たちが嗜める。
『クラノス!!!! 貴様ああああああああ!!!!!』
ミカルドの怒りは収まりきらなかったようだ。
思い切りクラノスの首根っこを掴み、近くの壁に叩きつけた。
『っ! ……殴るなら、殴れば? 気の済むまでさ』クラノスが瞳孔の開いた瞳で睨みつけながら言った。『あったこと全部、カグヤに伝えてやる』
バキン。
鈍い、乾いた音があたりに響いた。
容赦なくミカルドがクラノスの頬を利き腕で殴っていた。
殴られたクラノスの唇から一筋の血がしたたる。
『貴様あああ! 自分が何を言ったのか分かっているのか!』ミカルドが張り裂けるような声で叫んだ。『我らはカグヤを護る立場の存在だろうが……! それがカグヤのことを〝盾〟にするような態度をとってどうするのだ……!』
言っていることはもっともだった。
他の王子たちも同調する。
『クラノス……』『見損なったぜ』
『確かにミカルドさんもやりすぎなところはあったけんど……』
『クッ、地に堕ちたか……!』『――――』
ミカルドが手を離すと、クラノスはそのまま背中を壁に伝わせてずるずると落ちていった。
『……どこに、行くのさ』
クラノスは血の唾を吐いてから、他の王子たちに問うた。
『決まっているだろう。カグヤに会いに行く』
『っ!』クラノスは顔を歪めて、『やめろ、カグヤはもう限界だ!』
『貴様の言い分は分かった! だからこそ、限界かどうかを実際のカグヤ自身と会った上で判断したいのだ!』
王子たちは駆け足で階段に向かった。鍵付きの柵を壊そうと武器を抜く。
すると後ろから、クラノスが振り絞るような声で魔法を放った。
『させないよ――〝水縄捕縛〟!』
クラノスが空中に発生させた〝水の縄〟が、王子たちの身体を拘束していく。
『むう……! 何故そこまでかたくななのだ! 我らをカグヤに会わせたくない深い理由でもあるのか!』
『――――っ!』
クラノスは、答えない。
『くっ、ああああああああああ!』
しかし。
ミカルドは、諦めない。
王子たちは、諦めない。
全身全霊の力を振り絞って、クラノスの魔法を振り切った。
ガキン。
手にしていた武具で鍵を無理やり開錠し、彼らは階段を駆け上がっていく。
『っ!? なんて、馬鹿力だ!』水縄の捕縛を力ずくで解いた王子たちに向かって、クラノスが呆れたように目を見開いた。『自分の身体がどうなってもいいのかよ!』
確かに、水縄を振り払った肉体からは擦れたように血が滴っている。
それでもミカルドは。王子たちは。
足を止めることなく階段を駆け上がっていった。
『『うおおおおおおおお!』』
目指すは9階。
輝夜の部屋だ。
『やめろ! カグヤに会わせるわけには、いかない……!』
クラノスも足をもつれさせながら立ち上がり、彼らの跡を必死に追いかけていった。




