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3-5 この森から出よう!


「帰り道が、見つかったああああ!?」


 クラノスからの〝告白〟があった翌日の朝。


 ――この森から脱出する方法が分かった。

 

 エヴァの内部に、そんな情報が電撃のように駆け巡った。


「どういうことよ、マロン!」


 〝帰り道〟の第一発見者であるマロンは言う。


「ここから東にしばらく進んだ先に大きな〝エデンの樹〟があるんだけど……その幹に空いた大きな(うろ)の部分にさ。空いてたんだよ~! おっきな穴が!」


「……ちょっと待って。あんたまた〝頭痛が痛い〟みたいなこと言ってない?」


 意味が重複しすぎて、またあたしの頭が痛くなってきた……。

 解説を求めるようにまわりの王子たちに顔を向けるが。


「「…………?」」


 みんなも眉間に皺を寄せて首を傾げていた。


 この場にいないのは――ミカルドとクラノス。

 ミカルドは最近、部屋にこもりきりで何やらやっているみたい。

 クラノスがいないのは、どうしてだろ。


 ――やっぱり〝昨日の夜のこと〟が関係あるのかな?


 そんなことを考えていたら、マロンが両手を動かしながら強調してきた。


「とにかく! その樹の穴に入って抜けた先で、森の出口に繋がってたんだよ!」


「ちょっと待って……でもあんたたちは最初にエヴァを見つけた時、樹に空いた穴なんて通ってないんでしょう?」


 こくこく。王子たちが頷く。


「じゃあなんで帰るときだけ穴をくぐる必要があるのよ? そんなのまるで魔法みたいじゃない――」


「まさしくその()()だよ」


 振り向くとさっきまでいなかったはずのクラノスが立っていた。


「……クラノス」


 あたしは昨日のことがあって思わず目を背けてしまったけれど。

 当のクラノスの方は、特になにも気にしていないふうな様子だった。


 ――まったく。面の顔が厚いというかなんというか。


「うん? どうしたの?」


 クラノスが作ったように小首を傾げた。


「ボクの顔になにかついてる? ――()()()()()()()()()


「……! べつに、なにもないけど」


 どこまでも確信犯めいたその笑顔に文句のひとつでもつけたいところだったけれど。

 今はこの〝迷いの森〟からの脱出方法についてだ。彼は語り始める。


「ちょうど今、その噂のエデンの樹が生えた場所に行って確かめてきたんだけど――とても強力な魔法がかかってたんだ」


 クラノスは神妙な声色で続けた。


「空間移転魔法に近いのかもしれないけど、それ以上に強力で――とにかく。確かにこの森には魔法がかかっていて、一度迷い込んだなら、今度はその樹の空洞にかけられた魔法孔からしか帰還できないようになってる。だれがどうして、そんな魔法を残したのかは知らないけど……愛しのカグヤちゃん、心当たりはある?」


 ぐ、と突っ込みたい気持ちを飲み込んであたしは答える。


「そんなの分かるわけないでしょ。そもそもあたしは森どころかこの場所(エヴァ)からも出られないんだし。エデンの樹があることも知らなかったわ」


「そっか――他にどんなに小さなことでもいいんだけど。最近いつもと違うなって思ったこととか」


「うーん……あ、そうね。ここ当たりってわけでもないけど」あたしはひとつ思い出して、自分の指先を見つめる。「最近この指輪がすこし変なのよね。前よりも輝きが薄れてきてるっていうか」


「っ! 見せて」


 急にあたしの手をとってきたので、きゃっ、と思わず声が出てしまった。

 それもクラノスは気にせず指輪をじっと見つめている。


 ――なんだか意識してるのが自分だけみたいで腹立つわね!


()()ね……ふうん」


 ――この石輝き時、運命の相手が現れん。


 フードを深く被った占術士があたしに言ってくれた言葉。

 あたしに残ってる数少ない記憶の内のひとつ。

 そんな〝運命の宝石〟が持つ光は、今では天に浮かぶ羽衣のようにささやかなものになっていた。


「やっぱり、()()()はすごいな」


 いつもより低めの声でふとクラノスが独りごちた。


「え? なにか言った?」


「ううん、なんでも」


 彼は最後にあたしの手の甲をさらりと指先で撫でてから(これも思わず声が出そうになったけど、どうにか我慢した)、立ち上がって遠く東の方角を眺めるように目を細めた。


「ククク……黄泉からの還り道か。此れは邪神様の御力に決まっておろう……!」


 オルトモルトがマントを翻しながら会話に入ってくる。

 アーキスも続いて、


「魔法だかなんだかよくわかんねーけどよ。つまりはそこから外に出れるっつうことだろ? だったらそれでいいじゃねえか」


「それもそうなんだけど……」クラノスは指先を口元に当てながら言った。「穴が()()()()()()んだよね」


「んあ?」


「――まほうが、とけちゃうって、こと?」心配そうにアルヴェが聞く。


「一大事じゃねえか。なら、とっとと魔法とやらが解ける前に準備しねえとな――んあ」


 そこまで言って、アーキスが。

 否。ここにいるだれもが。


 ――()()()()()()()()ようだった。


「んだらば……無事にこん場所から出られたとしたって」


 最初に切り出したのはイズリーだった。

 彼は悲痛さの籠った声で続ける。


「もう……カグヤさんのいるエバーには()()()()ってことだべか……?」


 あたりがしいんと静かになった。

 それは決してイズリーがエヴァのことを〝エバー〟と訛って発音したからではない(え? 違うよね!?)。


「「…………」」


 ひりひりとした沈黙は続く。

 みんなは〝あたしのこと〟を伺うように気まずそうな表情を浮かべている。

  

 ――無事にこの場所から出られたとしても、戻っては来られないかもしれない。


 イズリーの言葉の意味をあらためて考える。


 森の東にあるというエデンの樹――その洞にかかった〝帰り道の魔法〟がもうすぐ切れてしまうとしたら。

 当然それまでに王子たちはここを出ていかなければならないけれど。

 

 ――だったら、魔法が切れたあとは?


 この場所には戻ることはできなくて。


 あたしたちはもう。

 会えなくなっちゃうの――?


「……あはは」


 時間はたっぷりあったけれど。

 やっぱりだれも言葉を発しようとしなかったので。

 ――あたししかないかな、と思って。

 笑った。笑ってみせた。


()()()()()()()()


「「……え?」」みんなが目を見開いた。


「だって、ようやくこの森から脱出する方法が見つかったのよ?」


「んだけど……もしかしたらカグヤさんとは、もう……」


「あたしは()()()。もともとここにひとりで暮らしてたのよ? ただもとの生活に戻るだけだわ」


 そうだ。時はもう動き出してしまった。 

 始まりがあれば終わりもある。閉ざされた塔での王子様たちとの生活は、もともと針の上に立つようなバランスで成り立っていたのだ。


 ――いつあたしがいなくなっちゃうかも分からないし。


 そんなことを冗談みたいに言っていたけれど。


 ただ実際に――その時が訪れただけのこと。

 このどこか奇妙で……(いびつ)な共同生活をいつまでも続けるわけにもいかないし。

 エヴァに幽閉されるあたしにとっては、この場所が世界のすべてで。

 あたしはあくまで、その世界でのみんなの一面しか知らないでいたけれど。


 ――みんなにはみんなの生活が、この狭い世界の外側に広がっているのだ。

 

「そうよ。みんなにはちゃんと……〝帰る場所〟があるんだから」


 あたしは小さくそんな風に呟いて。

 無理やりにでも口角をあげてやった。


「そうと分かったら出発の準備をしなきゃね。時間がないんでしょ?」


「でも……」


「ほらほら! しんみりしない!」


 ぱちん、と手を叩いてあたしは言ってやる。


「もちろん寂しい気持ちはあたしもあるわよ。でも……だからこそ! 最後の数日くらい、みんなとは()()で過ごしたいの。だから、約束」


「「…………」」


「これまで自由気ままに楽しく過ごしてきたでしょう? だったら最後まで、あんたたちらしく――ううん、()()()()()らしく。どたばた楽しく過ごしましょ。ねっ?」


 無理にでも明るく言ってみたけれど……それはあたしの本音でもあった。


「そうだ、クラノス。あとどれくらいで魔法が解けるかって分かるの?」


 クラノスはちらりとあたしの手に目をやってから答えてくれる。


「そうだね……正確な時間はまた詳しく調べてみるけど――あと10日くらいじゃないかな」


 10日。

 長いようで短い時間だ。

 クラノスが気づいたように続ける。


「――ちょうど、次の満月の夜だね」


 〝夜〟という言葉を強調しながら、クラノスはあたしの顔を見つめてきた。

 きっとそれは答えを出さなきゃいけない〝今夜〟のことを意識してのことだろうと思ったから。

 

「次の満月の夜、ね――」


 あたしはクラノスを見習って。

 なるべく()()()()()()笑顔を浮かべて、言ってやった。


「みんな。それまで、よろしくねっ」



     ☆ ☆ ☆



 出会いはいつも突然だけど。

 別れもやっぱり突然、訪れる。


 とく、とく、とく、とく――

 心臓の鼓動が大時計の音と再び重なっていく。


 いつまでも続くように思えた塔での共同生活は。


 加速度的に〝サヨナラ〟に向かって時を刻み始めた。



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