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3-1 日常を過ごそう!


 お陰様で森の奥の塔(エヴァ)にたくさんの()()――じゃなかった!


 〝王子様候補〟が棲みつくようになってから随分と時間が流れた。


 彼らたちとの共同生活は……やっぱり相変わらず〝どたばた〟の一言に尽きる。


 例えば。

 

 イノシシに乗ってきたおバカ王子――実は〝魔王の息子〟なんていうとんでもない肩書のマロンは、例の〝土喰幼虫事件〟以来、その大食漢ぶりに磨きがかかっていた(本人いわく『リバウンドみたいなもんだね~』とのこと)。


 目の前で心底幸せそうにあたしの作った料理を胃袋に詰め込んでいく様子を見ると『作った甲斐があったわ』なんて嬉しくも思うけれど。それ以上にふと心配になることもあるのだった。


「ねえ、マロン。この前あたしが寝込んだ時はちゃんと()()()からよかったけど……もっと長引いてた可能性だってあったわけじゃない?」


「うん? どういうこと~?」


「あたしだって、ずっとご飯を作ってあげられるわけじゃないかもってこと」


「ええ!? そうなの!?」


 マロンがこの世の終わりかのように絶望的な表情を浮かべて立ち上がった。


「あ、別に今すぐにどうこうってわけじゃないけど。でもね、あたしに()()()()()()()()魔法の水晶玉(ゴンタロ)は使えなくなっちゃうわけだし」


 今のところ、ゴンタロに指示を出せるのはあたしの声だけみたい。

 それで王子たちに悪用されずに済んでいる分には良いのだけど……いざという時には不便になるかもしれないのだ。


 しかし〝今すぐにどうこうではない〟という言葉を聞いたマロンは『よかった~』と安堵して再び椅子に座り直した。

 後半の〝あたしになにかあったら〟という方には『カグヤは大丈夫だよ~』と何の根拠もなくお墨付きをくれた。

 無責任ね、とも思ったけれど……〝魔王のお墨付き〟というふうに考えれば心強くもあるわね。


「でもね、あたしは大丈夫でもゴンタロの魔法の力がいつまで使えるかも分からないでしょう?」あたしは念を押すように言ってみる。「ある日突然使えなくなっちゃうってこともあるかもだし」


「そしたらどうなるの~?」


「ご飯がなくなっちゃうかも――そうしたらマロンはどうする?」


「土を食べる」


「土なんか食べれるわけないでしょ! ――って、食べてたわねこの前!!」


 今思い出しても信じられないわね……。

 そのうちこの塔(エヴァ)のこととかも食べちゃうんじゃないかしら。


「土もなくなっちゃったら、どうするのよ」


「塔を食べる」


「やっぱり食べる気だったーーーーーーーーーーー」


 なんだかエヴァが怯えるように一瞬揺れたような気がしたけれど……気のせいかしら。気のせいよね。


 その後もあたしはなんだか意地になって引き続きマロンに選択を迫っていく。

 

「そういうのも全部! とにかく()()()()()食べるものがなくなっちゃったら――あんたはどうする?」


「う~ん……」


 そこでようやくマロンは腕を組んで悩み始めた。

 目を瞑ってひととおり唸り声を上げてから、


「そうだね~……どうしても、ご飯がなかったら――」


 おもむろに目の前の大きな骨付き肉に噛みつき、咀嚼し、飲み込んで。

 

 マロンは言った。


「ご飯を食べるかな!」


「……あんたに聞いたあたしがバカだったわ」


 いよいよあたしは諦めて溜息をついた。


 どうやらマロンはどんなに極限的な状況でも『ご飯がなければご飯を食べればいいじゃない』と胸を張って言い切るような、やっぱりどこまでもおバカな王子様のようだった。



     ☆ ☆ ☆

 


 続いて桃に乗ってきた男の娘――アルヴェは。

 玄関先に設置したピアノを暇さえあれば弾いて過ごしている。

 

 いつ行っても誰かしらが近くで聴き入っているのは、それだけ彼女の……じゃなくって。

 彼女みたいな見た目の〝彼〟の演奏に惹きつけられるものがあるからなんだと思う。


「アルヴェ、今の曲もすっごく上手だったわ」と演奏終わりに拍手をすると、どこか恥ずかしそうに視線を逸らしながら『……あり、がと』と小さくお礼をしてくれる。

 その仕草がやっぱりなんとも可愛らしくて、あたしは思わず抱きしめたくなる気持ちを今日も限界ぎりぎりで我慢するのだった。


「ねえアルヴェ、もう一曲――」


 アンコールをお願いしようとしたら。

  

 くうううううう。


 どこからか、小動物が鳴くようなか細い音が聞こえた。


「あら……何の音かしら?」


 きょろきょろとあたりを見渡してみるが心当たりのありそうなものはない。

 首を捻っているとアルヴェが、


「……ごめん、なさい……」


 と。

 顔を真っ赤にして謝罪をしてきた。


「……あ」


 そこであたしは、さっきのがアルヴェの〝お腹の音〟だったと気づく。


「ふふふ。珍しいわね」


 アルヴェはフリルつきのスカートの裾をきゅっと握りしめて真っ赤になっている。


「――ぅ、ん……」


 そんな女装メイドっ子が羞恥に溺れる様子に、あたしの中のリトルカグヤはやっぱり()()して。

 あくまで脳内ではあるが、奇声をあげながら床をのたうち回るのだった。


「こほん」咳払いひとつで自身を落ち着かせて、「気にしなくていいのよ。お腹が空かない人なんていないんだから。少し早めにティータイムにしましょう――お菓子付きのね」


 こくり、とアルヴェは頬を染めたまま頷いた。 

 そんな可愛らしいアルヴェのお腹の虫を黙らせるためにも張り切って作らなくちゃ、とあたしは気合を入れる。


「あ、ご飯と言えば――アルヴェにも聞いてみようかしら」


「……?」


 首を傾げるアルヴェに向かってあたしは聞いてみる。


「もしも食べるものがなくなっちゃったら、アルヴェはどうする?」


 そこで彼女みたいな彼はぴたりと動きを止めて。

 視線をくるくると上下左右に迷わせて、言った。


「……かわいいものを、きゅうってする」


 はい。優勝。


 ――ご飯がなければ、かわいいものを愛でればいいじゃない。


 そんなピアノが得意で寡黙な女装王子様は、今日もあたしの心にトキメキ成分を供給してくれるのだった。



     ☆ ☆ ☆



 ティータイムの準備をするため8階に戻ると、冷ややかな風がフロアを吹き抜けた。

 あたしは窓を閉めようと壁側に近付き空を見上げる。


「なんだか曇ってるわね……雨でも降るのかしら」


 結論として雨は降らなかったのだけれど。


 この日の夜、あたしのもとに――


 

 雨よりも心をかき乱す、とある事件が起きるのだった。



いよいよ最終章『帰還するお姫さま(プリンセス)』篇が開幕です!


よろしければページ下部よりブックマークや★評価などもぜひ。

(執筆の励みにさせていただきます――)

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