2-22 地獄の業火を受けよう!
「近いうちに世界は滅亡するだろう!」
重度の中二病――オルトモルトは漆黒のマントを翻し、至って真剣な顔つきで語り続ける。
「邪神様の復活は間もなくである! 月が元来の姿を取り戻し夜――星が降り注ぎ、大地は砕かれ、我々は帰るべき故郷を失うであろう……!」
言ってる意味のほとんどを理解できずにスルーしていたら、まわりの残念王子ーズがざわめき始めた。
「な、なんだと……!?」「ボクたちの世界が、滅びる……?」「筋肉じゃあ、どうにもならねえのか?」
「故郷がなくなるって本当だべか?」「ご飯、食べれなくなっちゃうの~……?」「――しん、ぱい」
え、こんな胡散臭い男の言葉、信じちゃうの!?
だってなんか包帯の下から怪しげな模様の〝痣〟っぽいのが覗いてるけど、汗で滲んで消えかけてるのよ?
あれ絶対自分で適当に描いたやつでしょ!
「邪神様はこの広大な夜の空で悠久の闇を身に宿し幾仟年の眠りにつかれていた。そして時は来れり! 間もなく人間世界が迎える世界の滅亡の折には、尾を引く星に乗り、空から降臨なされるのだ」
相変わらずの大げさな身振り手振りでオルトモルトは世界の終焉を語っている。
なんだかそういうお芝居を見ているみたいね。役者は三文だけど。
「斯くして偉大なる邪神様の神託を天より授かるべく高地を捜していたところ……此の場所に辿りついたのである」
つまりは高いところで神様からのメッセージを受信しようとしてたってこと? 言われてみればさっきまでの一連の謎行動は何かの儀式っぽかったけど。
「例えそうだったとしても屋上まではどうやって来れたのよ。さっき邪龍がどうとか言ってたけど、まさか本当に空から飛んできたわけでもあるまいし」
「クハハ、そのことか……!」オルトモルトは顔の前に手をあてながら言う。「無論、邪神様の眷属――【フレイム・サラマンダー】に導れてである!」
「フレイム、サラマンダー……?」
オルトモルトの視線の先を見ると〝大きなトカゲ〟のような生物がいた。
黒い身体の表面はぬめぬめと艶があり、瞳はなんだかきらきらと輝いて……可愛らしかった。
大きな四肢の掌にはひだひだがついていて、確かにあれなら塔の外壁も滑ることなく登れるかもしれない。
「って、これ〝サンショウウオ〟じゃない!?」
全身を見渡して確信する。
オルトモルトが乗ってきた生物は、とても【フレイム・サラマンダー】などという大仰な名前に似つかわしくなかった。
動きもゆっくりだし、何より瞳がつぶらだ。眷属どころかマスコットキャラクターの方がよっぽど似合いそうだ。
「そのような力無き生物と同じにしてくれるな……! 火炎蜥蜴はその名の通り〝地獄の業火〟を口から吐く。そうなればこの塔は一瞬にして燃え盛るだろう。どうだ、恐怖で夜も眠れぬであろう……!」
その表情はあまりにも熱心であったので〝いや別にこの塔一回燃えてるんで大丈夫です〟とは言わないでおいた。
「ちなみに名前とかはついてるの?」
「ポータンだ」
「名前かわいいか!」
思わず突っ込んでしまったが確かに。
ふと癒しを求めて抱きしめたくなるようなつぶらな瞳の持ち主には、サラマンダーなんてドギツイのよりそっちの方がよっぽど似合う。
「あたしにはどう見てもこの子が火を噴くようには見えないんだけど……」
「未だ信じられぬか……致し方あるまい。ゆけ、ポータン! この愚民どもに灼熱の業火を見せてやるのだ!」
オルトモルトは指をびしっと宙に向けて、フレイム・サラマンダーこと【ポータン】に指示を出す。
するとポータンはつぶらな瞳のままで、のっそのっそとあたしたちに向かって歩き出して。
あたしたちに向かってのっぺりとした大きな口を開けると――
『けぽっ』
と。
げっぷをした。
「「……え?」」
当然、地獄の業火なんてたいそうなものが吐かれるはずもなく。
白い目でオルトモルトのことを見ていると、彼は漆黒のマントを翻しながら言うのだった。
「ククク……命拾いしたな。今はまだ、その時ではないようだ」
あたしは呆れて溜息を吐いた。「やっぱり偽物じゃない」
しかしまわりの残念男子どもは『ちっ、オレ様としたことが命拾いをしちまったぜ』『もし〝その時〟がきてたら危なかったよ~……!』『この我を怯えさせるとはな』『オルトモルトに逆らうのは、やめておいた方がいいかも』『…………こわい』『くわばらくわばらだべ~……』とぶるぶる怯えていた。
「はあ。残念だけど一生〝その時〟は来ないと思うわよ」
王子たちが怯える姿を見てすっかり満足したのか。
ククククク、と闇黒微笑を浮かべ悦に入っているオルトモルトに向かって。
構わずあたしは掃除用のモップを手渡してやった。
「……ウム? なんだ、これは」
「床。ちゃんと掃除しておいてね」
「掃除だと……? ククク、愚か者め! この魔法陣は下界と邪神様がおわす天冥界を繋ぐ唯一無二の紋章。余の血で描きつけたそれは、例え神力による浄化であっても消せるわけが――」
「いいからとっとと消して」
「畏まった」
ふう。ちょっと圧をかけたらやっぱりちゃんと言うこと聞いてくれた。
いつまでもぐだぐだと文句を垂れる他の王子たちと比べると扱いやすい部類に入るのかもしれないわね。
「暗黒龍の末裔を、有無も言わさず言うこと聞かせるカグヤの方がよっぽど闇深いね……」
「あら? なにか言ったかしら、クラノス」
「ううん、なんにも☆」
そんなやり取りをしている間にも桶に入れた水とモップで、魔法陣は簡単に消えていく。
なにが血で描いてるから神力でも消えないよ!
「あ……しかもやっぱりあっちの方も水で溶けだしてるじゃない」
さらによく見ると、オルトモルトの腕や足に描かれていた〝痣〟めいた謎の模様も水に濡れ消えかけていた。
「まったく。これのどこが〝暗黒龍の血を継ぐもの〟なのかしら……」
その実態は〝大きなサンショウウオに乗ってきた中二病〟だった。
しかし彼は未だに、
『世界は間もなく滅びる……!』『数多の怪物と使徒の手により』
『星は落ち、大地は割れ』『空から邪神様が降臨なされるのだ……!』
などとぶつぶつ訳の分からないことを呟いている。
そんな、どこまでも徹底的に作られたキャラクターのオルトモルトを見ながら。
――ああ、また部屋を用意しなきゃいけないのかしら。
などというどこまでも現実的なことをあたしは考えるのだった。
☆ ☆ ☆
オルトモルトが王子様候補になった!
遂に7人目の王子様が……!
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