1-5 過去を取り戻そう!
「まったく、ひどいめにあったわ……」
現実は非情なり。塔を脱出すべく友情パワーを使ってはみたが、あたしは見えない壁に容赦なくぶち当たった。
全身の手当をしながら、あたしは巨大なため息を吐く。
「〝外に出られるかも〟って少しでも期待したあたしが馬鹿だったわ……っていうか、冷静に考えたら、そんな都合の良いことあるわけないじゃない。最初に言い出したのはだれ?」
その問いかけに、目の前の残念王子たちが『我ではない』『は? キミたちでしょ』『おれ言ってないよ~』と互いに罪をなすりつけ合い始めた。
まったく。そういうところを見ても思い知らされる。
「……やっぱりあんたたちは、理想の王子様からはほど遠いわね」
外の世界を見せてくれる〝白馬に乗った王子様〟を待ち続けていたのに。
やってきたのは、見事なまでにイケメンの――見事なまでに残念な偽物王子たちだった。
「これから、どうなっちゃうのかしら……」
ふたたび、ため息。
心配してれたのか、キザ王子・ミカルドが声を掛けてくれた。
「ため息ばかり吐いていると、幸せが逃げていくぞ」
「……だれのせいだと思ってるのよ、はあ」
あ、また幸せ逃しちゃった。もう。
「だけどさ~」
マロンが椅子の上であぐらをかきながら訊いてくる。
「どうしてカグヤは、この塔に閉じ込めらてるの?」
「……そ、それは」
「なにか、悪いことしちゃったの……?」
心配そうな声色で言うマロンに対して。
「「……ああ~」」
ミカルドとクラノスは、納得したような声を出した。
「納得すんなや! なにも悪いことしてないわ! ――多分」
「たぶん?」
こくり、あたしは遠慮がちに頷いて。
「あのね、あたし……記憶がないの」
ずっと言おうか迷っていたことを、伝えた。
別に隠すつもりはなかったけど。いつかは伝えないといけないと思ってたけど。
「「――記憶が、ない?」」
そう。あたしには。
過去の記憶がないのだ。
「あたしがここにいる理由、とか。あたしが、昔、どんな人だったのかも――ごっそり頭から抜け落ちてて。気が付いたら、この塔に閉じ込められていたの」
でも別に、それをあたしは悲観してはいない。
自分の名前だって分かるし。
ふつうに生活をしていく分には不都合ないし。
いつか現れる王子様のために。
自分のことを綺麗に彩る方法だって忘れてない。
「だからもちろん、ここに来る前のあたしの素行も分からなくて。だから、……もしかしたら、しちゃったのかもね、悪いこと」
えへへ、とあたしは笑った。笑ってみせた。
考えてみたことがある。もしかしたらあたしは、過去にだれかを傷つけたのかもしれない。
そのことを償うために、記憶を消されて、この塔に閉じ込められたのかもしれない。
それだったら。
いつか、この塔から出ることはできるのだろうか。
ここで幽閉されることが〝罰〟であるというのなら。
その罪が許された時に、あたしは自然と外に出ることができるのだろうか。
――それがいつになるかなんて、だれも教えてくれはしないけど。
「それは……カグヤにとって〝辛いこと〟なのか?」
ミカルドが訊いてきた。へえ。意外と人の気持ちを慮れるじゃない。
「ううん。記憶がないこと自体は、別に」
あたしは首を振って、窓から突き刺す青白い月光に照らされながら、続ける。
「でもね。――あたしは、外に出たいの。あたしひとりじゃなくて……この外に出たいと思えるだれかと一緒に」
その言葉を出すのは最後まで迷ったけれど、言ってしまうことにした。
もしかしたら、あたしのことを照らしてくれる、優しくて――どこまでも怪しい月の光が、そういう気持ちにさせたのかもしれない。
だけど。それでも。
――いつか〝白馬の王子様〟が、お姫様を迎えに来てくれる。
そんな、小さい頃に読んだ御伽噺の記憶。
一番奥深くに在る、あたしの中に残った唯一の強い記憶。
その憧れだけは――
まだ、3人には言わずに。
心の中に留めておくことにした。
「えっとね、……その、」
伏し目がちにして言葉に迷うあたしを。
3人は、特に急かすことなく。じっくりと、続きを待ってくれた。
窓からの光でできた3つの影は、なんだかあたしのことを安心させる。
「だから……外に出るために。一緒に出たいと思えるだれかを見つけるために――〝記憶〟が必要なんだとしたら。思い出して、みたいかな」
外から風が吹き抜けた。
床に伸びたみんなの影が、ふらりと揺れる。
「うまくまとまってないのに、ごめんね。余計なことまで話しちゃった」
えへへ、と誤魔化すように笑ってから、あたしは付け足す。
「……まだ、会ったばっかりなのにね」
「そんなこと関係あるか」
「え?」
「我らは、もう、出逢ってしまったんだ。ただの他人じゃない」
なんて。キザったらしいことをミカルドは言って。
「みんなも同じ気持ちだと思うが、念のため確認だ――失われたカグヤの記憶を取り戻すのに、異論はないな」
こくり。こくり。
ほかのふたりも、どこか熱い意思のこもった表情で頷いた。
「もちろん」「当然さ」
「あたしの記憶を……いいの? みんな、忙しいんじゃないの?」
「いや、問題はない」ミカルドが力強く言った。「どうせしばらくは帰れなさそうだしな」
「せっかくなんだし、少しは頼ってくれてもいいんじゃない?」とクラノスも続く。
「乗りかかった泥船って言うしね~」とマロン。
「ありがと……ってこら、それだとすぐ沈むわよ」
ふう、とあたしは短めに息を吐く。
これは幸せを逃がす〝ため息〟じゃない。安堵の息だ。
せっかく手に入りそうな幸せへの切符を、みすみす逃すのももったいない。
これまで、ずっとひとりだったんだ。
これからも、ずっとひとりなのが嫌で――王子様を待ち続けてきたのなら。
あたしだって、悲劇のお姫様らしく。目の前の、偽物の。
どこかキザったらしくて、ちょっぴり馬鹿で、想像以上に腹黒な。
どこまでも残念で――どこまでも優しい王子様たちに、甘えてみよう。
そんなことを、思った。
「それに、な。こんなことをいきなり言うのもなんだが、」
ミカルドが、どこか言いにくそうに頭を掻いている。
心なしか、その頬には赤みが差していた。
「カグヤのことを見ていると、なんだか――」
え?
なに……。
もしかして、愛の告白とか……?
さんざんあんたたちのこと偽物なんて貶めてたのに、そんなこといきなり言われても。
心の準備ができてないよ――
などと、胸の鼓動を大きくさせるあたしに向かって。
「「「見ていると、なんだか――」」」
3人の。
どこまでも整った顔立ちの王子たちは――
「面白そうだしな(ほっとけないんだ)」
「ご飯くれそうだし(ほっとけないしね)」
「暇つぶしになりそう(ほっとけないよ)」
と。
やはりどこまでも〝残念なこと〟を言うのだった。
「おおおい、本音でてんぞーーーーーー!!!!」
あたしは全力で突っ込んでから。
思わずほころんだ頬を、きゅ、っと指先でつまんで、
「……ったく。しょうがないわね」
小さく。ほんの気持ちだけ。
「でも……あり、がと」
3人に向かって――心を開いた。
「これから、よろしくねっ」
☆ ☆ ☆
こうして、白馬以外に乗ってきたエセ王子たちは。
あたしの記憶を取り戻すことを名目に。
森からの帰り道を探すあいだ。
あたしが暮らす塔に、住みつくことになったのだった。
あれ……?
なんだか良い感じに言いくるめられてしまったけれど。
「……これって、ヒモじゃない?」