2-16 6人目の王子様!?
「一体なんの音なの!?」
突如エヴァを襲った轟音と揺れ。
そんな異常事態の正体にあたしは思考を巡らす。
「マロンはもう1日6食与えてるからお腹の音は鳴らないはずだし……」
自分で言っておいて『1日6食与えるて……なんかもう動物園の猛獣の餌やりみたいね』と突っ込んでいたら、ふたたび――轟音。
「きゃあっ!? なによ……塔が、揺れてる……?」
どうやら音と振動はリンクしているようだった。
揺れは回を増すごとに強くなり、部屋の棚やテーブルから様々なものがぱたぱた落ちていく。
「カグヤ、大丈夫か!」ミカルドが息を切らしてやってきた。
「うん、大丈夫……って! 勝手にあたしの部屋に入らないでよ!」
それは共同生活のルールのひとつだ。
――あたしの部屋には決して許可なく入らないこと。(万が一の時でも必ずノックをすること)
「ノックもしなかったじゃない……!」
「そんなことを言っている場合ではないのだ!」
ミカルドの後ろから他の王子たちも顔を出す。
「緊急事態だべ!」とイズリー。
「すっごいのが出たんだよ~!」とマロン。
「いいから早く! 窓の外をみて!」とクラノス。
こくこく、とアルヴェも続いて頷いた。
「窓の外って……きゃっ」
その間も塔の揺れは収まらない。
地面に様々なものが転がり、ガラス製の物なんかは割れてしまった。
崩したバランスをどうにか整えながらも、あたしは窓に近寄る。
「……って、なによ……これ……!」
窓の外に見えたのは――黒い壁?
「しかもそれが動いてる……へ?」
その黒い動く壁を伝うように顔を上げると。
あたしは〝緊急事態〟の意味がどうしようもなく理解できた。
そこにいたのは、あまりにも巨大な、
――〝熊〟だった。
「くまあああああああああああ!?」
あたしの絶叫を無視して。
そのエヴァを上回る背丈の超巨大熊は。
船舶の機体ほどの太さの腕を塔の外壁に向かって――
叩きつけた。
「きゃあああっ!」
どおおおおん。そして振動。
ようやくそれらの正体が分かった。
あたしが夢を見ているのでなければ――
「おっきな熊が……ツッパリ稽古をしてる……!?」
そう。
そのほとんど怪獣といっても相違ない巨大熊は。
塔に向かって――掌でツッパリをかましていた。
どごおん、どごおんと。
巨大な爪と肉球がついた掌底を、一定間隔で塔の外壁に叩きつけている。
「ちょっと!!!! あたしのおうちになにするのよーーーーーーー!」
あたしは巨大熊に向かって思い切り怒鳴ってやった。
「カ、カグヤ……よくあんな化け物相手にひるまず大声出せるね……」
「しかも、ちゃんと家主目線で注意してる~!」
「んだー! さすがカグヤさん、心強いべ……!」
後ろで王子たちがわあわあ言っていたが気にしない。
相手が誰だか知らないけど、あたしの大切なおうちがツッパリキメられてるのよ?
もしこれでポキンとでもいっちゃったら、塔から出られないあたしはどうなっちゃうのか――
屋根なし吹き曝しでほぼ野宿……そんなの考えただけでお断りよ!
「ちょっと、そこの〝おっきなクマさん〟! 聞いてるの!?」
ぴたり。
あたしの声に反応したのか。怪獣熊の動きが止まった。
そして頭をゆっくりと下げて――ぎろり。
漆黒の沼のような瞳をあたしたちに向けてきた。
『……んあ? どこのどいつだ? せっかくの力試しをジャマするやつはよ』
最初は巨大熊が喋ったのかと思った。
だけど、そんなはずはない。あたしの知っている熊は人語を話さないはずだから。
だとすれば――
「だれか、乗ってる……?」
逆光になってはいるが、確かに。
巨大熊の頭の後ろに人影が見えた。
「まさか……!」
あたしの背筋にどうしようもなく〝嫌な予感〟が突き抜ける。
――待って! これ以上、あたしの理想郷をかき乱さないで……!
そんなことを願いながら、あたしは自らの右手に目をやった。
しかし。
現実は残酷で。
「やっぱり光ってるーーーーーーーーーーー!」
〝運命の王子様の到来〟を告げる指輪が煌々ときらめいていた。
『ちっ。さっきからうるせーやつだな』
瞼の上に掌を当てながら、巨大熊の上に乗っているその人の全身をあたしは捉えた。
赤みがかったすこし癖のある髪の毛。同系統の色の吊り上がった瞳。
舌打ちをした口から覗いた歯は、その無骨な態度と似合わないくらいに真っ白で。
しかし何より特徴的なのは――全身の筋肉。
布のパンツこそ履いているが、まさしく筋骨隆々の肉体美を見せつけるように上半身は裸だった。
「あれが次の、王子様候補なわけ……?」
巨大熊を〝おっきなクマさん〟と例えたあたしの語彙力で対比させるとしたら。
その男は言うなれば――〝めっちゃマッチョ〟だった。
『オレ様の行動に物申しやがったのはてめーか?』
腕組みをしたまま、その男は王子様とは程遠いハスキーボイスで言う。
『御託はいらねえ。文句があんなら――〝筋肉〟で語りやがれ!!!!!』
「めんどくさそうなのきたーーーーーーーーーーーーーー!!!」
とある朝。どこかの森の深部。
天候は晴れ、ところにより熊。ツッパリに注意。
そんな至ってありふれた日常に。
新たな王子様が襲来して。
――あたしの理想郷は、またもや乱れることになった。




