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2-6 小間使いさせよう! 


~前回までのあらすじ~


 庭を掘ればダイヤの原石が出てくる人生になりたかった。




     ☆ ☆ ☆




「すごい、ぴかぴかじゃない……!」


 比喩でもなんでもない。

 あたしがエヴァの内部を見渡すと、どこもかしこも〝ぴかぴか〟と光り輝いていた。


「褒められっと照れるべ……んだけども、掃除は得意だっぺよ」


 彫深顔をくしゃっとさせ笑顔を浮かべるのはイズリー。

 他の3人と同様に、どうやらこの森から帰れなくなってしまったらしい。


 てなわけで前例にならい、エヴァへの居候が決まった。

(ちなみに部屋は2階の201号室になった)


 ……のだが。


『屋根のある部屋だけじゃなく、こんたにうんめえ飯まで食わせてもらって――まさかタダで住まわせてもらうわけにはいけねえべ……!』


 イズリーは〝ぐうたらヒモ生活〟をきめ込む既存の残念王子ーズの存在価値を否定する発言とともに、ことあるごとに『カグヤさん、なんか用事さねえか!?』とお仕事を求めてくれるのだった。

 当然その働きぶりは目を見張るものがあって。


 あたしが行き届いていなかった部分も含め、エヴァの内部の掃除を買って出てくれたのだった。


「おらが村じゃ掃除は若いもんの仕事だったべ。これくらい朝飯前だ」


「……おい、カグヤ。何を震えている」とミカルド。


「ご、ごめん……久しぶりに〝おらが村〟がきたから……」


 やっぱりこの彫深フェイスから繰り出される〝おらが村〟は攻撃力が高すぎる。

 あたしはつねりすぎて慣れてきた太ももの痛みに意識を集中させつつ、話を続けた。


「やっぱりあんたの村の若人(わこうど)は色々大変ね……他にはどんな仕事を任されてたの?」


「たいしたことねえべよ」イズリーは本当にたいしたことなさそうに言った。「掃除以外には炊事に洗濯をはじめとした村の老人たちの世話、金剛石の発掘に在庫や予定の管理、買い付けに来る村外の人との交渉やおもてなし、毎日の家畜の世話に畑の耕作、近隣の魔物退治、食材から日用品の調達に加えて老体の揉み解し(マッサージ)……」


「ちょっとちょっと! 明らかに若人のキャパ超えてるでしょ!」


 逆にそれらを全部こなしてたイズリーはじめ村の若人たちってなんなの? 超人なの?


「仕方ねえべ。村の年寄りは大切にしなきゃなんね。そうしねえとおらが村では生きていけねえべさ」


「……逆に、それだけあんたが尽くしてた老人どもの仕事は何なの?」


「食って飲んで騒いで寝ることだべ」


「天上の(たみ)か!」


 むしろ天上の民ですら、もうちょっと働いてるわよ!


「……と思ったんだけど、」


 あたしは頭の中に言葉通り〝天上の民〟である居候残念王子ーズのことを思い描いた。

 リアル王族のやつらのふだんの振る舞いをみるに――


「確かに、食べて騒いで寝てるだけね……イズリーの苦労が偲ばれるわ……」


 はあああ、と溜息をついていると噂のその3人がやってきた。


「おお、なんだかいつもより〝すっきり〟しているな」とミカルド。


「確かに。空気を綺麗になってる気がする」とクラノス。


「ほんとだ~! ぴかぴか!」とマロン。


 塵ひとつなく光り輝く空間に、彼らも気が付いたみたい。


「イズリーがすすんで掃除してくれたのよ! ……だれかさんたちと違ってね」


 ミカルドがむっとしながら言う。「何を失礼な。我だってきちんと掃除しているぞ」


「自分の部屋だけでしょう。何を鼻高々に」


 エヴァで暮らす以上、あたしはいくつかのルールを同居人たちに定めていた。

 そのうちのひとつ――〝自分の部屋の掃除は自分ですること〟

 当たり前のようでもあったが〝本物の王子〟たちにとっては衝撃的なことだったらしい。

 特にミカルドなど最初は『なぜ……我が掃除などをせねばならん……! うぼぼぼぼぼ』と極度のストレスからまたゲェを吐いていた。


 最終的には不本意ながら、ミカルドもちゃんと部屋の掃除をしてくれるようになったのだけど。

 それ以来なにかにつけて『カグヤ、我は掃除をしたぞ』『今から我は掃除をしようと思う』『掃除をした我から頼みがあるのだが』などと、〝掃除をした自分、偉くて凄い〟ということを聞いてもいないのに強調してくるようになった。『あーそうですか、偉いわね』と口だけでも褒めてやると、満足したように口元をほころばすあたり、やっぱりでっかい子どもだ。


「そうか、イズリーも遂に掃除デビューか。なにか分からないことがあったら我に聞くのだぞ」


 あろうことか、掃除が嫌でゲェを吐いていた男が自慢するように言った。


「へんなところで先輩風吹かさないでちょうだい! 今日の分だけでミカルドが人生でやった掃除の量を越えてるわよ!」


 それでも優しいイズリーは『ありがてえ、頼りにしてるべよ』と素直に同調するあたり、曲者村(クセモノムラ)で老人どもを手懐けてきただけあるのかもしれない。


 そんなイズリーが思い出したように言った。


「そだ、カグヤさん。外からだと塔の時計が止まってるようにみえたんだけども」


「……時計?」あたしは聞き返した。


「そっか、カグヤはずっと塔の中にいるから知らないんだ」


 クラノスがテーブルの上のエデンの実を齧りながら言った。


「この塔、上の方に大きな時計がついてるんだよね」彼はきょろきょろと周囲を見渡して、窓とは反対側を指さした。「こっち側の外壁かな。場所はたぶん、こことカグヤの階の間くらい」


「へえ……知らなかった」


 あたしが暮らすのは9階だから……8階と9階の間ってところかしら。

 そういえば確かに、あたしはこの塔――エヴァのことを、外側から見たことはない。

 外に出られないんだから、そんなの当たり前のことなんだけど。


 いつも暮らしてる塔の外見も、みんなが迷い込んできた霧深い森のことも。


 ――あたしには、知らないことだらけだ。


「あ、ごめんね、考えごとしちゃった」あたしは頭をふるふると振って本題に戻る。「それで外側の時計が、止まってるんだっけ」


「んだ」イズリーは頷いて簡単に提案してくれた。「おら、修理さするだよ」


「修理って……イズリーそんなことまでできちゃうの?」


「んだ」やっぱり彼は頷いた。「おらが村じゃ、それくらいできなきゃ生き残れねえだ」


「やっぱりとんだ修羅の村ね……」


 時計の修理の可否が生命に直結するってどういうことよ、とは思ったけれど。


 ――うーん、時計ね。


 塔の中から外に出られないあたしからしてみれば〝見えない時計〟だ。

 個人的な意見を言えば、わざわざイズリーの手を煩わせる必要はないのかなとも思う。

 仮に修理がうまくいって動いたとしても、あたしは()()()()わけだし。


 だけど。

 

「せっかくだし、お願いしようかしら」


 掃除してくれた床や壁のように〝きらきら〟と純粋な瞳を向けてくるイズリーを見ていたら『無碍(むげ)に断る必要もないのかな』とも思った。

 ありがたいことにイズリーは〝誰かの役に立つこと〟を何よりの生きがいにしているようにも見える。


「かしこまっただ!」


 ともかく。

 あたしから修理の許可をもらったイズリーは、ご自慢の彫深フェイスをぱあと明るくさせて飛び跳ねながら喜んだのだった。


「それじゃ早速、修理してくっべ! ――と思ったんだけども、もう夜になるべか」


 窓から外を見ると空は随分と暗くなっていた。

 さっきまで明るかったのに……まるで夕焼けだけすっぽりスキップされちゃったみたい。


「別に今すぐじゃなくていいわよ、急いでないし。イズリーのペースでゆっくり進めてちょうだい」


 イズリーが『んだ』と頷いた。


「カグヤさんは、やっぱり優しいべさ」


 そのくしゃっとした笑顔は、やっぱり彫の深いその顔にどうしようもなく似合わなかったけれど。

 あたしははじめて〝こういうギャップもいいかもしれないな〟と思ったりもして。

 自分の頬がじんわり温かくなっていくのを感じるのだった。


「んだらば、おらはいったん部屋に戻るっぺ」


 イズリーが優雅な足取りで階段をくだっていった。

 その様子を視線で見送っていると、頬を涼やかな夜風が撫でた。


 窓を閉めようと壁側に近寄る。

 空にはぽっかりと青白い月が浮かんでいた。




「綺麗なお月様――久しぶりに、屋上で夜風にでもあたろうかしら」




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