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1-21 従者になろう!(ミカルドと記憶①)


~前回のあらすじ~

 カグヤとクラノスとマロンの3人は、気絶したミカルドの記憶世界にやってきた!


     ☆ ☆ ☆


「ふう、3回目ともなれば慣れたものね」


 あたしは飛ばされた先の地面へと華麗に着地をしてみせた。


「ここは……どこかの()()かしら」


 活気溢れた街などとは違う。

 背後に森林がある以外はひどく殺風景で開けた場所だった。


「やっぱりミカルドは来てないわね」


「手加減はしたつもりだったんだけど……やりすぎちゃったかな~」


 一緒にミカルドの記憶世界に吸い込まれたマロンが言った。


「いいや上出来さ。これでうるさい奴に邪魔されずにあいつの()()を――こほん。カグヤの記憶の手がかりを捜せるからね」


 誤魔化すような咳払いのあと、にっこり。クラノスは爽やかな微笑みを浮かべた。

 大丈夫。あんたの目的が〝弱み握り〟の方にあるのは最初から知ってたわ。


「って、あんたたちどうしたのよ。その恰好」


 みるとふたりは普段の(きら)びやかさとはかけ離れた〝質素な服装〟に身を包んでいた。


「うん? ……あ、ほんとだ。それを言うならカグヤも」


 言われてあたしは自分の身体を見下ろす。


「あら、そうなの? いつの間に――きゃああああっ!?」


 そりゃ声が出るさ。

 だってなんだか、あたしの恰好――


「なんでこんなに()()()()してるのよっ!」


 と思わず叫ぶほどに、とても露出の多い服装をしていた。

 イメージで言えば〝踊り子〟が近いだろうか。

 ヴェールのような生地で地肌もある程度は隠されているとはいえ――


「ううぅ~~……なによこれ。ほとんど水着じゃない……!」


 思わず身体を抱え地面にしゃがみ込んでいたら……。


「これ、着たら?」


 なんと。

 クラノスが自分の外套を、あたしの肩にかけてくれた。


「……え?」


「なにさ」


「……え?」


 思わず二回聞き返した。


「これは〝夢〟かしら」


 実際、今いる記憶の世界は〝夢〟に近いんだけど。

 それでもまさか悪戯好きのクラノスがこんなことをしてくれるなんて。


「……はっ! また何か企んでるわね?」


 あたしは思わず訝し気な視線を向ける。


「はあ」するとクラノスは溜息を吐いて言った。「別に要らないならいいけど」


「要ります! ――あり、がと」


 クラノスにお礼を伝えてみたけれど。

 その〝ありがとう〟というふつうの言葉が。

 あたしはなんだか言い慣れなくって、照れくさくって。


 視線を地面に逸らしていたら――


「……え?」


 クラノスはあたしの真似をして。


「……え?」


 皮肉たっぷりに2回聞き返してきた。


「――〝ありがと〟って言ったのよ!」


 まったく。

 こういう()()なところさえなければ、あたしの王子様候補に入れてあげたっていいのに……あ、本当に王子様なんだっけ。


 とにかく。

 照れ交じりに伝えたあたしのお礼に満足したのか。


「お礼なんてそんな――〝貸し百〟ね」


 クラノスはそう言って、いつもみたいに見た目だけ爽やかに微笑んだのだった。


「……って、貸し百ってなんなのよ!」


 なんであたしの1とあんたの100が等価交換なのよ、などと文句をつけていたら。

 

『おい、()()()()。ここで何をしている』


「……うん?」


 どこかで聞き慣れた声が〝空〟から聞こえた。


「え? 従者って……あたしたちのこと?」


 太陽を背にした逆光の中で、その黒いシルエットの人物は〝翼を持つ生物〟から地面に降り立った。


「ドラゴン? まさか――」


『貴様らが従者でなければなんなのだ。こんなところで何をサボっている?』


 最初に乗ってきたより小さめのドラゴンから降りた男は、(ヘルム)を脱いで。

 その輝く銀の長髪をあらわにした。


「「ミ、ミカルドーーーーーー!?」」


 記憶世界ではあたしたち()()の人間の姿は見えないはずだったのだが。


 なぜかこの世界のミカルドはあたしたちに向かって――



 当然のように話しかけてきた。



     ☆ ☆ ☆



『こんなところで何をサボっている?』

 

 ここはミカルドの記憶の世界。

 ――の、ハズだったんだけど。


「……あたしたちのことが見えるの?」


『む? 貴様、我を馬鹿にしているのか? 従者の怠慢を見逃すほど我の目は腐敗しておらん」


「ちょっと待ってよ。さっきから従者ってボクたちのこと?」


『どこからどう見てもそうだろう』ミカルドは当然のように頷いた。『〝従者と踊り()〟――遠征帰りで気が緩んでいるようだが、今はまだ帰路の最中(さなか)だぞ。浮かれるのは帰国してからにするんだな』


「このボクがミカルドの従者だって――?」


 クラノスが肩を震わせて言った。


『む? 貴様! 従者の分際で我を呼び捨てするとは!』


 ミカルドもたまらず語気を強めて、背負っていた剣を抜いた。


『面白い。帰国するのは〝その首だけ〟にしてやろう』


「わーーーーー! ちょっと! 記憶の中でも喧嘩しないの!」


 あたしはすかさず二人の間に割って入った。


「ごめんなさい、ミカルド……様?」


 あたしも斬られてはたまらないので、一応〝様〟をつけておいた。なんだか(しゃく)だけど。


「ええっと――旅先で疲れていただけですの。すぐに仕事に戻りますわ」


『……ふん』


 慣れない敬語だったけど、納得してくれたのだろうか。

 ミカルドは剣を鞘にしまい、ふたたび小竜の背中にまたがった。


「カグヤ~、どうなってるの~……?」


 マロンが不安そうに小声で聞いてきた。


「あたしにも分かんないわよ。とにかく前の時と違ってミカルドの記憶の世界だと、あたしたちは普通に()()()()()()()()()()認識されてるみたい」


 もしかしたらミカルドが気絶してるせいかもしれないわね、とあたしは付け足した。


 去っていこうとする【記憶の世界のミカルド】の横顔を見ても……あたしが知っている彼とは違い、なんだか〝きりり〟と精悍な表情に見えた。


「――あんな表情もできるんだ」


 ふだんはあんなに〝ぼけ~〟っとしているのに――


「はっ、いけないいけない」


 思わず見惚れていたのを、首を左右に振って誤魔化してやる。


 ふと横を見ると、未だ怒りを抑えられないように顔をしかめるクラノスと目が合った。


「カグヤ、どうして止めたのさ!」


「だってあのまま止めなかったら、いつもみたいにおっ(ぱじ)めてたでしょう? ここはあくまでミカルドの記憶世界の中なのよ。あんまり無茶は――」


 宥めようとしてみたけど、クラノスは止まらなかった。


「記憶の中だろうが関係ない。ボクのことを〝従者〟呼ばわりしてくれちゃってさ」


 そこで彼は何かを思いついたように、掌へと()()を集め始めた。


「待てよ。記憶の世界だからこそ、ミカルドに何をしたって問題ないんじゃない? ――最上級水魔法! 『究極最大水流アルティメット・アクア・――!」


「ちょっと! 何やってるのよ!」


 あたしは慌ててクラノスの詠唱を止めてやる。


「え? ……別に。ちょっとミカルドと()()()しようと思って」


「ちょっと? 冒頭に〝究極最大〟ってついてたわよね!?」


「そのあとは〝絶対死滅〟と続く」


「完全に息の根止める心づもりの魔法じゃない!」


 どこが水遊びよ、とあたしは呆れかえった。

 記憶の世界だからといって、やっていいことと悪いことがあるでしょうに。


「えっとね、クラノス……逆に言えば、これはチャンスかもしれないわよ?」


 クラノスのことをこれ以上刺激しないように、あたしは説得を試みる。


「チャンス?」


「うん。例えば――従者になってミカルドの私生活に潜り込めば、〝弱み〟の情報もすぐに手に入るかもしれないじゃない?」


「ミカルド様ー! 今行きますー☆」


「切り替え早っ!!!!!」


 得意の〝爽やか作り笑い〟を浮かべて駆け出した従者――もといクラノスの背中を見ながら。

 はああああ、とあたしは長めの溜息を吐いた。


「……あら? マロン?」


 隣を見るとマロンが思いつめたように神妙な表情を浮かべている。


「どうしたの? さっきからずっと黙ってるけど大丈夫?」


 心配して声を掛けてみると、彼は泣きそうな声で言った。


「従者ってことは――ご飯の量、減っちゃうのかな」


 うん。そんなことを考えてるだろうと思った。


「まったく。相変わらずこいつらは……」


 あたしはもう一度、深く深く溜息を吐いて。


『おい、はやくしないと日が暮れるぞ。貴様らは夜行性か』


 などと、嫌味ったらしい口調で急かしてくるミカルドの後ろをついていった。



 ――まったく。こっちの世界のミカルドも一言余計ね。



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