1-14 想い出す、記憶。【序篇】
~前回までのあらすじ~
数ある候補の中で、塔は『エヴァ』と名付けられた。
これは最早、塔で暮らすあたしたちは『エヴァに乗るパイロット』としても過言ではないのかもしれない。
失われた記憶。嵩む食費。募るストレス。
そして遂に動き始めた各企業の法務部。
理想の王子様が現れる未来を、ファーストプリンセスのカグヤは掴み取れるのか――?
今週も、サービスサービスぅ☆
☆ ☆ ☆
「……はっ! なんだ、夢ね」
目が覚めると、見知った灰色の天井。
「気のせいかしら。なんだか聞きなれない言葉をすらすらと喋っていた気がするけれど……」
どうやら疲れて、大広間のソファで眠っちゃってたみたい。
ふるふると頭を振って、あたりを見渡す。どれくらい寝てたのかな。
窓の外からは柔らかな明るい光が差し込んでいる。もう朝のようだ。
そして壁には――『命名:エヴァ』と書かれた紙が貼られている。
「これは、夢じゃなかったのね」
溜息をつきそうになったけど、ぐっと我慢した。
なんやかんやあったけど、素敵な名前であることには違いないもの。
これから〝あたしたち〟が暮らすこの塔の名前は『エヴァ』。
「エヴァ――よろしくね」
ためしに呼んでみると、なんだか親近感が芽生えてきた。
やっぱり名前って大事ね。これからたくさん話しかけてみようかしら。
――ま、ひとりで塔に向かってぶつぶつ言ってたらヤバイ奴にしか見えないんだけど。
「そういえば、あいつらはいつまでいるつもりよ」
毎回様々な騒動を巻き起こしてくれる、3人の偽物王子たちのことを考える。
「あーーーーー! ってか、そうよ。記憶!」
そういえば、すっかり忘れてたけど。
「あたしが記憶を思い出すのを、手伝ってくれるはずじゃなかった!?」
うまいように言いくるめられて、この塔――エヴァに棲みつくことを許してしまったのだけど。
この数週間のうちに王子たちがしてくれたことといえば、あたしの家事とストレスを爆増させたことくらいだ。
起きて。だべって。言い争い。
仲裁。再開。疲れて。寝る。
途中で三度のご飯。(ひとりだけ六回)
ただただ、その繰り返し。
生産性の欠片もない毎日。
あたしの〝イライラメーター〟に、だばだばとゲージだけが溜まっていく。
「なんか思い出したら腹たってきたわね……なんであたしだけこんなに苦労してるのよ」
苛立ちを鎮めるために飲み物でも、とソファから起き上がろうとしたら。
はらり。
「あら……毛布?」
毛布が床に落ちた。
どうやらソファで眠ってしまったあたしに、だれかがかけてくれたらしい。
「……時々こういうことがあるから、憎み切れないのよね」
毛布を畳んでソファの背にかける。紫色の毛布だ。
3人のうちだれがかけてくれたんだろう?
「「カグヤ!!!!」」
首をかしげていたら噂の王子たちの声が聞こえた。
それぞれが息を荒げ、ものすごい勢いで階段を駆け上がってくる。
「なによ。みんな揃って」
「遂に完成したのだ!」ミカルドが頬を高揚させて言った。
「それはもう、」クラノスが髪をかきあげる。
「とびっきりすごいのが~!」マロンが空中に両手を掲げた。
「「「できたんだ!!!」」」
あたしはその勢いに戸惑いながら、
「できたって? ――九九の七の段とか?」
「違うよ~! って、バカにしないでよね!」マロンがぷりぷりと憤った。「八の段までならいけるし!」
九の段はダメなんかい! というツッコミをする間もなく、彼らは言った。
「ようやく――カグヤの記憶を取り戻す〝秘密兵器〟が完成したんだ!」
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『新連載版:
塔の上のカグヤさま☆Q』
第壱章 拾肆
想 話
い
出
す 、 記 憶 。【序篇】
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「……で。これが〝あたしの記憶を取り戻すための秘密道具〟なわけ?」
「うむ!」「そう!」「だよ!」
3人が自信満々に頷いた。
「といっても……これ、どう見ても――おっきな〝ハンマー〟にしか見えないんだけど」
まさしく。
あたしの目に映るのは台車の上に乗った〝巨大な槌〟だった。
腕よりも太い柄に、頭の部分も大きな動物の顔くらいある。
加えて金やら宝石やらで、ごてごてと豪勢な装飾を施されていた。
――見た目も怪しすぎるのよね……。
疑いの視線を向けていると、ミカルドが得意げに言った。
「ただの巨大ハンマーではない。こいつは……【メモリー君】だ」
「メモリー君」
あたしは繰り返す。
「ああ。カグヤの失われた記憶を取り戻すために、我らが夜も眠らずに作った秘密兵器だ」
「おもいっきしあんたたち寝てたの知ってるけどね」
なにが夜も眠らずに、だ。
こちとら毎晩、階層を越えて届くイビキで苦労しとるんじゃい。
「それで、この……メモリー君とやらは、どうやって使うわけ?」
「メモリー君の使い方は至ってシンプルだ」
ミカルドがモーションとともに説明してくれるようだ。
つうかこいつら、モノに名前つけるの好きだな!
「まずはこの柄の部分を持って、」
「持って、」あたしも真似して繰り返す。
「思い切り振りかぶって、」
「振りかぶって、」
「頭をぶん殴る」
「ただのショック療法じゃないのよおおおおお!」
聞いたあたしが馬鹿だった。
よもやここまでだったとは……。
あたしはぷくう、と頬を膨らませながら怒りをぶちまける。
「なんで記憶を取り戻すのにこんな原始的な方法なのよ! 〝魔法の槌〟とかじゃないわけ?」
ミカルドは間髪入れずに、「微塵もないな」
「自信満々に言うなや! ……この、たくさんついた宝石? はなんなのよ」
クラノスは微笑みをたたえて、「こっちの方が綺麗かなあと思って」
「ただの飾りかあああい!!!」
せめて魔石とか、効果を高めるものであってほしかった。
しかし目の前の残念王子ーズは効果を確かめたいのか、うきうきとした表情で言うのだった。
「よし、それじゃ早速ヤるか」
「ヤの字が絶対〝殺〟なんよ!」
「さあ、お姫様――こちらへ」
「ダンスに誘うみたいに処刑会場に案内すんなや!」
「よーし、ヤるぞ~~~~~」
「なんであんたは片手でぶんぶん振り回せるのよ!!」
「さっきから文句ばかりだな……よしマロン、メモリー君でいっぺん黙らせろ」
「やっぱりそういう意図で作ってるじゃない!!!!」
「わかった~!」
「わかったじゃないわよおおおおおおおおお」
あたしに命の危機が迫った。




