3-51 作戦を確認しよう!
「着いたぞ、ここが〝月の裏側〟だ!」
巨大怪獣たちによる大地踏み荒らし空気を歪ませる大行進の末に。
あたしたちは遂に月の裏側にたどり着いた。
(途中で彼らは自尊心を煽られたのか〝誰が一番早く月の裏にたどり着けるか〟の競争を始めてしまい、あたしはぐんぐんと加速する飛竜の重力に耐え切れず今は完全なグロッキー状態だった)
「うう、酷い目にあったわ……何回も振り落とされかけたし……」
ちなみに一番早かったのは桃だった。すごいわね、桃……本当に何者よ……。
「とはいえ……ここが〝月の裏側〟なのね」
落ち着きを取り戻し周囲を見渡してみたが、たいして〝表側〟と景色は変わらない。
凸凹としたクレーターが点在し、岩が転がり地面が隆起し、土埃が舞うもの寂しい大地だ。
――もしも王子たちが先に地球に帰ってしまっていたら。
あたしは何もない寒々しいこんな場所に、ひとり取り残されていたのだろうか。そのことを想像して背筋が冷えた。
しかし実際のところ王子たちは〝あたしを含めた全員で地球に帰る〟という俄かには信じ難い目標を掲げてくれている。
――月を地球に落とす。
などという大言壮語にしか思えない方法で、だ。
(なんだか〝絶対に不可能なこと〟を表すことわざにありそうなレベルね)
「ねえ、……最終確認なんだけど。……本当に、やる気?」
王子たちはこれまでにないくらい強く頷いた。
やる気満々だった。
「さっきから理論? は聞いたけど……月の裏側から〝押す〟って一体どうやるつもりなのよ……?」
「そんなものは決まっている。この裏側の大地を――思い切り叩くんだ」
「……へ?」
「肉体武闘でもいい。武器でも構わん。魔法を使ってもいい――ともかくこの大地に〝全力の攻撃〟を叩き込み――月を、地球めがけて落とすのだ」
「ガチガチのパワープレイじゃないのよおおおおおおおおお」
やることなすことが単細胞すぎて、あたしは最早感動すら覚えていた。
つまりはこいつらは。どこまでも〝本物〟の王子達は。
――月の裏側に思いっきり力を加えて、そのまま地球に隕石のように落とすつもりでいるらしい。
そんなもの。
「子どものおままごとでも、考えないわよ……」
あきれ果てるあたしの前で、王子たちは作戦に取り掛かる準備を始めた。
「武器は塔の地下倉庫から持ってきたぜ。使いたいヤツがいれば好きに使いやがれ」
アーキスが背中に抱えていた巨大な革袋を地面に降ろし(どんっ、という大きな音がした)、中を開けた。
そこからは数多の【武器】が出てくる。ショートソードにナイフ、禍々しい形状の剣。様々な宝石が先端にはまった杖に、大小様々な鈍器。片手じゃとてももてなさそうな斧。全身ほどもある弓。なんでも貫いてしまいそうな槍にカタール。トゲトゲしいナックル、束縛にも便利そうな鞭そのほかエトセトラ――
「これだけの武器が眠ってたなんて、恐るべし地下倉庫ね……」
持ってきた恐ろしい武器の数々を振り回す王子たちのことを想像して、ごくりとあたしは唾を飲み込む。
「ま、オレ様は筋肉ひとつあれば構わねえがな」
「ボクも魔法使うし」「う~ん、おれも要らないかも~」
「ククク……余はそういった物には頼らん……!」
「我らには特に必要なさそうだな」
「持ってきた意味ーーーーーー!」とあたしは突っ込んだ。
「ま、カグヤ用ってことで」
「そうそう、これだけあったら選び放題の殴り放題ね☆ ってあたしも要らないわよ!」
例え武器を使ったところで、たったひとりのか弱い女の子の殴る蹴るの力で〝星を動かす〟なんてできるわけがない。
それは目の前の王子たちにとっても同じことのような気がするけれど……人間ひとりの力で本当に星を落とせるって信じてるのかしら。
ちなみにアーキスが持ってきた中にはちゃんと対王子用撲殺兵器【メモリー君】の存在もあったので、もしもの時はそれを使ってやろうとも思った。いつも振り慣れてるしね。
(あ、でも人間以外の力が加わったら……)
あたしは背後で『ずうううううううん』と途轍もない威圧感を持って仁王立ちをしている【巨大使い魔ーズ】のことを見上げて呟く。
「むしろこの子たち頼りな気がするわね……本当に月を落とすつもりなら」
それでも相手は〝星〟だ。
生半可な攻撃でも(それこそ大地を砕くような威力だったしても)、星レベルで見ればなんてことないダメージの可能性だってある。
むしろそっちの方が現実的だ。ちょっと地表が傷ついたくらいで、星の軌道にまで影響を与えられるわけがないのだ。
「やっぱり、できるわけないわよ……」
最初から無謀だったのだ。
だからこそ、あたしは彼らをもっと早くに地球に帰すべきだった。
後悔が今になって溢れるようにあたしの心を締め上げていく。
「ごめんね。みんな、巻き込んじゃった……」
自分でも声が。身体が。
震えているのが分かった。
「みんなの気持ちは伝わったよ? ありがとう、あたしのために……あたしの不安を取り除くために」
いけない。こんなんじゃ。みんなに会わせる顔がない。
せっかく前の輝夜が、みんなを巻き込まないように〝あたしのいない世界〟を創ったのに。
結局彼らをこの〝月の世界〟に閉じ込めてしまったら意味がないじゃない。
「ごめん、どうすればいいのか……あたし、もう分からなくって」
せっかく乾いた涙の跡に、また温かな液体が伝っていくのが分かる。
これからのことを考えないといけないのにうまく思考がまとまらない。
肩を震わせ途方に暮れていると――
「ふうううううう……まったく。呆れたお姫様だ」
長い溜息をミカルドに吐かれた。
「カグヤを泣かせないために我らは試行錯誤しているのだ。なのにそうして涙を零されては……我らも困る」
話しながらミカルドは近づいてきて、あたしの肩をぐいと掴んだ。
「……っ?」
「カグヤ! あらためて確認だ」
彼は今度は空を見上げず。その月のような灰色の瞳で。
あたしの目をじっと見つめてくると――
「地球に――帰りたいか?」
そんなことを聞いてきた。
だからあたしは、今度は迷うことなく――返した。
「うんっ! 帰りたいっ。みんなと一緒に、また地球で、いろんなお喋りをして、ごはんを食べて……みんなと楽しく。一緒に! 生きていきたいっ」
ふん、とミカルドは鼻から息を抜いて。
振り返りざまに言った。
「よし、分かった。――我らに任せておけ」
その背中が。
はじめて頼り甲斐があるように。
まるで【王子様】の背中みたいにあたしの目に映った。




