3-49 塔の外に出よう!
「これまで〝月を地球に落とした経験がない〟にも関わらず、その結果を想像しぐだぐだと悲観しても仕方ないだろう」
そんなことを、まるでそれを否定したあたしが悪いかのように溜息交じりで王子たちは言ってきた。
「まあでも〝やってみなきゃわからない〟……その精神にはボクも賛成かな」
唯一の常識人かと思われたクラノスですらも同調を始めた。
「魔法だってそうさ。これまでできなかったことをできるようにするのが魔法の本質だからね。例えば、火を起こすことひとつとっても〝これまでにない方法〟で火をつけることができればそれは立派な【魔法】になる。だから――〝これまでにない方法〟で月を地球に落とせば――それもきっと【魔法】になるんじゃないかな」
彼は指を空に立て論理的な感じを装ってはいたけれど。
冷静に中身を把握すれば、まったくもって論理的じゃなかった。
結局他の王子たちと一緒じゃない!
なんだか突っ込むのにも疲れてきたが、その間にも着々と出発準備は進んでいるようだった。
「よし、それじゃあ移動するぞ」
「移動ってどこによ……?」
「決まってるだろう。月の裏側だ」
だめだ。こいつら瞳が本気だ。
マジの本気の本当のガチで、裏側から月を押して地球に向けて落とすつもりだ。
そんなホンモノ王子たちの中で、頼みの綱だと思ってたイズリーとアルヴェも――
「月を地球に落とせば、村のジジたちが満足してくれる〝偉人〟になれるかもしれねえだ……!」
(それ、別の意味で偉人になるかもね。人類を滅ぼした悪の大王的な感じで)
「つき、おとすの、はじめて――どんな〝音〟がなるんだろう――」
(アルヴェ! いきなりサイコパス系の狂った音楽家キャラになるのやめなさい!)
……などと。
ふたりも【月落下計画】には賛同の立場のようだった。
「よし、移動するからお前ら準備しろ!」
「あ、そうよ。移動ってどうするつもり? 月がどれくらいの大きさか詳しくは知らないけど、一応は〝星〟よ? 歩くにしたって裏側にたどり着くまでには相当な時間が――」
「ああ、策はもう練ってあるぜ――シショー! たのんだ!」
『がうがう、がう!』
いつの間にか屋上にいたシショーという紳士な熊が、アーキスの言葉を合図にゆったりと走り出し――
屋上の端からひょいと外に向かって跳んだ。
「わーーーー! 落ちたーーーーー!」
「大丈夫だ、安心しろ」
言葉のとおり、シショーは無事だった。
落ちていった先からは物凄い光が発せられて。
その光は空に向かって大きくなり――やがてその光が晴れた先に。
塔の何倍もの大きさになったシショーが立っていた。
「あの時よりおっきくなってるーーーーーーー!」
『『がう、がうがうがううう――』』
その唸り声は通常タイプの時よりも低く圧力があり、空気をびりびりと震わした。
「ま、まさかと思うけど……おっきくなったシショーにあたしたちが乗って、裏側に行くってこと……?」
「ああ。それ以外になにがある?」
た、確かに大きければ大きいほど歩幅が広い=移動距離は早くなるかもしれないけど……。
(そもそも熊って確か見た目の割にかなり足が速いんだっけ?)
もう色々なことがめちゃくちゃすぎて、あたしの脳はほとんどオーバーヒートしかけだった。
「カグヤさん、安心するべ! 手伝ってくれるのはシショーだけじゃないべさ」
まったく安心できずにいると、案の定。
塔の外でふたたび激しく大きな発光があった。
シショーを挟むようにして1、2、……合計4個の光が空に立ち昇っていく。
その明滅が終わった先で――
「わーーーーーーー! みんな巨大化してるーーーーーーーーーー!」
イズリーが乗ってきた白虎。『『に゛ゃううううんっ』』
オルトモルトが乗ってきたサンショウウオ。『『けぽおおおおおおおっ』』
クラノスが乗ってきたイカ。『『ぬ゛るるるるうううう』』
マロンが乗ってきたイノシシ。『『ブウウウヒイイイィィィ!!』』
それぞれがシショーと同じように塔の何倍もの大きさになってそこに屹立していた。
心なしか、みんなは凛々しく得意げな表情を浮かべている。いわゆるドヤ顔だ。
「待って待って! なんでみんなが巨大化できてるわけ!?」
「決まっているだろうが――〝筋肉の力〟だ」
バカが答えた。(失礼、アーキスだったわ)
「シショーとの特訓により、あいつらはあろうことか、このオレ様よりも先に〝筋肉道の極致〟に達し、でっかくなれたんだ……!」
尊敬と羨望のまなざしを彼らに向けながらアーキスが言った。
「うあーーー! オレ様もこれまで以上に筋肉を鍛えて、すぐに追いついてでっかくなってやるぜ!」
「だから人間には無理だって! あいつらもそういう種類の魔物かなんかだったんだって! 第一、あいつらそんなに筋肉鍛えてなかったじゃん!」
あたしの声には聴く耳持たず、アーキスは両腕を胸の前に突き出して目を煌めかせている。
その横でオルトモルトが漆黒のマント翻しながら言った。
「ククク……! 皆の者! 邪神に魂を捧げし使い魔どもに乗り、共に月の裏側を目指そうではないか……!」
「「おおう!」」
「おおうじゃないわよ、おおうじゃ」
もはや思考は完全に限界を迎えていた。
何かに助けを求めるようにあたしは周囲を見渡した。
「あら? そういえばミカルドは……」
ミカルドだけじゃない。
彼が乗ってきた赤黒いドラゴンの姿も見当たらない。
「よし、それじゃカグヤさん、行くべさっ!」
「そ、そんな急に行くって言われても!」
あたしはそこでとあることが引っかかり、後ろに後ずさる。
「……どっちにしろ、あたしは無理かもしれないわ」
「「え?」」
「だって……あたし、この塔から外には出たことないんだよっ?」
過去のあたし――輝夜が月神に願った魔法によって。
あたしのいない地球を創ったことによって。
あたしは〝月の上〟にしか居られなくなってしまった。
そのせいで、まだ魔法が解けずこの場所が地球と繋がっていた頃。
月の上ではない地球である〝塔の外〟には、見えない壁に弾かれるようにして出られなかった。
確かに今はもう、地球と繋がる魔法は解けて。
外は凸凹とした隆起とクレーター、岩石以外にはなにもない荒れ果てた土地なのだけれど。
あたしも出られるはずの〝月の上〟なのだけれど。
それでも。
「怖いのよ。また、弾かれるんじゃないのかって。やっぱり……塔からは外に出られないんじゃないかって」
「「カグヤ……」」
そうだ。
あたしはあの記憶世界を除けば、まだこの場所から外へは一歩も出たことがない。
あの〝見えない壁〟に弾かれる感覚がいやでも思いだされる。どたどたどた。バチン。
(……って! これもあのバカ王子たちのせいで激突した記憶じゃない!)
そんなことを思い出しつつも、やはり不安には変わりはない。
――もし、ここまでしても外に出ることができなかったら?
想像するだけで足がすくんでしまう。
「やっぱり、あたしには無理よっ――」
「カグヤッ!」
不安から大声を出していたら。
その不安を消し払ってくれるようにあたしの名前を呼ぶ声があった。
振り向いてその声が聞こえてきた場所を見る。その空を見る。
そこには。いつかと同じように。あたしたちのハジマリと同じように。
「えっ?」
ぶわっさ、ぶわっさと。
巨大で無骨な翼をはためかせるイカツイ龍に乗った男が。
そこには、いた。
「ミカ、ルド――!」
彼は初めて会った時とは違う。
なんだか親しみと安寧を感じる温かな表情をたたえて。
あたしに向かって――手を伸ばしてきたのだった。
「我と共に来い、カグヤ!」




