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3-44 お見送りをしよう!

 

「カグヤさん……お見送りまで感謝だべ」


 イズリーが申し訳なさそうに言った。

 場所はエヴァの1階・玄関口。

 開かれた大扉からは、橙色に染まった森が見える。夕暮れ時だ。

 

「本当にお世話になったべ……!」

 

 寂しそうにしながらも、()()()()()までにはいかないように。

 ちゃんとイズリーは口角を上げてくれている。

 

 ほかのみんなも内なる〝もの寂しさ〟を我慢して、彼らなりの微笑を浮かべてくれていた。

(中にはなんか()()()()すぎて顔が引きつってるのも数名いたけど……それはそれで気にしないでおいた)


「こちらこそっ」


 だからあたしも、見習って口角を上げてやった。


地球(あっち)に戻っても元気でやるのよ!」


『むごおおお! むごおおお!』


「もちろん! カグヤこそ、ご飯いっぱい食べてね~」

「筋トレもたまにはしろよな」

「ピアノ、ときどき――おもいだしてくれたらうれしい」

「ククク……此れは別れではない。(きた)る終末の折に再び邂逅(かいこう)する布石なのだ……!」

 

『むごごごごご! むごごごおおおおおお!!!!』


 王子だけでなく、使い魔たちも見送りの言葉を送ってくれている。

 

「がうがう、がう……」

「けぽぽっ」

「(本当にお世話になりました――)」

「にゃうんっ」

「ぐおおおお……」

「ぬるるるる」


「あはは、あんたたちもありがとう……みんなのこと、絶対に、忘れないから」

 

『むごごむがっ! むごごお!』


「「…………」」


『むごごごごおおおおおおおおおお!!』

 

「あーもう()()()()わね! 人がせっかく感傷に浸ってたのに!」


 文句をつけた先は当然、さっきから身体を縛られ猿ぐつわをされ地面に転がっている【ミカルド】のことだ。

 ()()()()とうるさくて、せっかくのお別れひとときが台無しじゃない!


『むごっ、むごごごご……むごっ!? ゲホゲホゲホッ!?』


 どうやら口を塞がれたまま叫んでいたせいで、唾液が気管の方に入ってしまったらしい。

 身体をくの字にしてせき込むミカルドに、あたしは慈悲をあげることにした。


「しょうがないわね……()()()()、口の方を外してあげて」


「りょーかい☆」


 クラノスの手から光が放たれると、それに呼応してミカルドの口ぐつわが外れた。


「……げぼげぼげはああああっ! はあああぁぁぁーっ! きっ、貴様! 我に、げほっ! 何をしてくれたのだ!?」

  

「見ればわかるでしょう? ()()()()()()のよ」


「んなっ!? それではまるで我が、縛らなければ暴れるようではないか!」


「いや実際めちゃくちゃ暴れてたじゃない!」


 そう。ミカルドを動けなくすることはあたしにとっても()()()()だった。

 過去が明らかになり、ミカルドとクラノス(とあたし)の間に〝あれだけのこと〟があった今でも。


 ミカルドは断固として『この月の上に残り続ける』と豪語し、きかなかったのだ。


 というわけであたしは仕方なく、クラノスに頼んでミカルドを魔法で〝がんじがらめ〟にして動けなくしてもらった。

 布団の()()()みたいな状態になったミカルドは、アーキスによって肩で持ち上げられるようにしてここまで運ばれた。


 最終的にはこのまま【エデンの樹の(うろ)】にあるという〝地球への出口〟に放り込んでもらって、なかば強制的に帰らせようという心つもりだ。

 

 もちろん、本人の了解は取れていないけれど。


「あんたはちゃんと自分の立場を考えなさいよ!」あたしはミカルドにはっきりと言ってやる。「あんたは一応は、世界一の大陸をおさめる【帝国】の唯一の皇子なのよ? 他のみんなからも聞いたけど、もしミカルドの不在で帝国が不安定になっちゃったら、それこそ世界の一大事に発展しかねないんでしょう? あんたの存在は、それくらい世界にとって〝大きいもの〟ってことを自覚しなさい」

 

「そんなものは知らん!」しかしミカルドは反抗の声をあげる。「我はここでカグヤと共に――むぐっ!?」


「はいはい、お口チャックしましょうねー☆」

 

 クラノスがきわめて爽やかな笑顔でふたたび〝猿ぐつわ〟の魔法を飛ばした。

(ミカルドを()()ことで、なんだかとっても愉しそうな闇黒微笑を浮かべているのは気にしないでおく)


『むごごごごおー! むごおー!』


 ふたたび口に封をされたミカルドは抵抗するようにじただばたと床を跳ねている。

 これこそなんかの幼虫みたいね……。

 

「はあ。とにかく……」


 あたしはスカートの裾を掌で払ってから気持ちを取り直して。


 目の前の王子とその従者たちに向けて。

 今あたしにできる〝最大限の笑顔〟をつくりながら。

 夕暮れがもたらす橙色に照らされる中で。


 できるだけ前向きな〝サヨナラの挨拶〟を告げたのだった。


 

「みんな――いってらっしゃい!」


 

 お別れの時間が、とうとうやってきた。


 

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