1-1 塔の上のプリンセス
それはよくある御伽噺。
ひとりぼっちのお姫様のもとに、白馬に乗った王子様が颯爽と現れて〝ここではないどこか〟へと連れ出してくれる、憧れの詰まった夢物語。
「だけど〝夢〟くらいなら――あたしも見たっていいわよね」
そんなことをあたし・カグヤは夜の窓辺で独りごちる。
あたしは今、人里離れた森の奥にある〝塔〟に閉じ込められていた。
石造りの塔の高さは10階建て。住んでいるのはあたしただひとり。
その高層階にある自分の部屋の窓から、夜空に向かって溜息交じりに呟いてみる。
「はあ。この星空のどこかにいらっしゃるのかしら。あたしの白馬の王子様――」
外に広がるのは、真ん丸のお月様を中心に咥えこんだ満点の星空だ。
手の届かない遥か彼方にある黒いキャンバス。
そこに描かれた煌々と輝く星たちに祈るようにしていたら――きらり。
「あれ? ……今、光ったわよね?」
それは自らの右手、薬指にある指輪だった。
銀色の石座にはめられた〝宝石〟が、突如として光を発した。
――この石輝く時、運命の相手が現れん。
それは遥か遠くの記憶。
あたしに指輪をくれた占術士の予言。
その言葉を信じて、今日も運命の人を待ち続けていたのだけれど――
「光った……! 遂に光ったわ!」
今宵こそまさしく〝運命の相手〟が現れる夜なのだろうか。
あたしは嬉しくなって「やったあ!」と飛び跳ねる。
するとすぐに窓の外、満月を背景にした夜空から。
『なにがそんなに嬉しいんだ? お嬢ちゃん』
そんな素敵な声が聞こえてきて。
(えっ! うそ……もしかして早速、白馬に乗った王子様が……!?)
あたしは胸を高鳴らせて、声が聞こえてきた方角を振り向くと――
「お待ちしておりました! あたしの運命の王子様――!」
そこには、いた。
「え……? 白馬……じゃない……?」
ぶわっさ、ぶわっさと。
情緒の欠片もない無骨な翼をはためかせる――
「ド、ドラゴンだーーーーーーーーーーー!」
白馬からは程遠いイカツイ龍に乗った男が。
そこには、いた。
『む? 何を言っている? うまく聴こえん』
男の言葉は、ぶしゅうううというドラゴンの荒い鼻息でかき消される。
「え? え?」
納得がいかなかったあたしは目をぱちくりさせてから、矢継ぎ早に文句を叫んだ。
「ちょっと待ちなさいよ! 待ちに待った〝王子様とお姫様の出会い〟だったのに……ロマンもなにもあったもんじゃないわ! って、うわああああ。ドラゴンの鼻息、なんかねちょねちょしてるうううう」
そんなあたしの反応が気に食わなかったのか。
目の前の、隻眼の、赤黒い……なんかぶつぶつしてる巨体のドラゴンは。
あたしのことを片目でギロリと睨むと。
牙の揃った口をばっくり開いて。
「……え?」
おもいっきり、あたしのいる塔に向かって火を吐いた。
「きゃあああ!」
龍の火息によって。
塔が。あたしの部屋が。
燃えていく――
「わーーーーー! 燃えてるーーーーー!」
『む、大丈夫か?』ドラゴンに乗った男が悪びれなく言った。
「心配軽っ! 大丈夫なわけないでしょおおおおお!」
『何を怒っている。せっかくの〝可愛い顔〟が台無しだぞ?』
「え? 可愛い……?」
急に言われた〝可愛い〟という言葉に、思わず胸がどきりと……なるわけがない。
「って、ときめくか! 今一番いらない言葉よ!」
『そのように怒るより、もっと笑ったらどうだ。月よりも煌々と紅く輝くお前の美しさが引き立つぞ』
「輝いてるのは燃える炎で照らされてるからよおおお!!」
どこかキザったらしい言葉遣いのその男は無視して、あたしは部屋の中を駆けまわる。
このままだと、この塔から外に出られないあたしは――
(助けて、さっきのとは別の王子様――!)
あたしの切り替えの早い祈りが届いたのだろうか。
王子様の到来を告げる指輪の石が、別の色に輝き始めた。
「あ! また光ったわ! もしかして――」
身に迫る火の粉を振り払っていたら。
ばたり。
部屋の扉が、開いた。
☆ ☆ ☆
「今度こそ、あたしの運命の王子様――!?」
あたしは燃え盛る部屋の中で振り返る。
そこにはちゃんとさっきのとは別の王子様が立っていた。
その彼は勢いよく頭上に手を掲げて言う。
『よっすー! きたよー!』
よっすー、とどこか馬鹿っぽい挨拶をしたその男は確かに。
「え……? やっぱり白馬じゃ、ない……」
乗っていた。生き物には、乗っていた。
ただ、その生き物は大きな声で――
ブヒィィィ、と鳴いた。
「イノシシ乗ってるーーーーーーーー!」
イノシシに乗った男は『じゅるり』と、この状況で何故かよだれを垂らしながら言った。
『うわ~! 近くでみるとすっごい火力! 焼肉パーティー中だよね!?』
「どこに家ごと燃やして肉焼く馬鹿がいるのよおお!」あたしは思わず叫んだ。
『え? 違うの? せっかくイノシシ焼いてもらおうと思ったのに』
「あんたの乗ってるソイツ、食料だったの!?」
『そだよ~! さっきここに来る前に捕まえたんだ!」
ブヒッ!? と。
食べるだの食べないだの物騒な会話に反応したのか。
イノシシはその馬鹿っぽい男を振り落とすと(『うわ~~~~』とそいつは無様に振り落とされた)、まさしく猪突猛進にあたしに向かって突っ込んできた。
「きゃーーーーーーーー!」
ずどおん、とぶつかって。あたしの身体は無慈悲に突き飛ばされる。
近くにあったテーブルをどうにか盾にしたけど衝撃は殺しきれなかった。
――いけない、このままだと塔の敷地内から飛び出しちゃう――!
ていうか、その前に燃えてるし。
燃えてる上に、吹き飛んでるし。
「なんなのよこの状況はああああああああ!」
窓から半身が飛び出した瞬間。
『――水の精霊よ。ボクに力を与えたまえ』
そんな声がどこからともなく聞こえた。
「魔法の詠唱? まさか――」
(しかも水の精霊ってことは……燃えてるこの状況を〝助けてくれよう〟としてくれてる――!?)
現在進行形で吹き飛んでいるあたしの視界の隅で。
またもや指輪の石が光るのが分かった。
「今度の今度こそ、あたしの本当の王子様――?」
『水魔法――【 噴水巨壁 】!』
「……え?」
しかし。
次の王子様との初対面は〝立ち昇る水流〟によって台無しになった。
(いやあああ!? 溺れちゃう――!)
あたしの全身は水の壁に飲まれて上昇していく。
上昇。まさしく。
まだ顔も分からない〝次の王子様〟が放った水魔法によって。
塔の全体を包み込むように地面から立ち上る【水の壁】ができた。
あたしの身体は見事、その上昇水流の中に入り込んでしまう。
(助けて……あたし、泳げないの……!)
熱いのはなくなったけど。今度は息ができない。
散々だ。……散々よ! 思わず二回言ってしまう。
(あたしに空気をちょうだい――!)
その願いはすぐに叶えられた。
水流によって持ち上げられた身体は。
すぽーーーーーん、と。
そのまま水壁の頂上からまるで巨大な魚の潮吹きのように空へと放り出された。
「……はあっ! はあっ……よかった、空気……!」
すううううう、と待ち望んだ酸素を吸い込んで。
安心したのもつかの間。
「息が吸えるって素晴らしい! ……あれ?」
上に飛んでいった身体はちょうど重力と釣り合って。
空中で一瞬……本当に一瞬だけ、静止して。
「わあ、星がきれい☆」
その時に見渡せた360度の夜空はきらきらと輝いていて。
――なんだかとっても、ロマンチックだった。
このあとの自由落下さえ待ち受けていなければ。
「……って! そりゃこうなるわよねええええええええ――――」
ボールを上に飛ばしたら、いつかは下に落ちてくる。
そんなのは当たり前のことだ。例外はない。
「きゃああああああああああああ――――」
あたしの身体は重力のままに落下していく。
☆ ☆ ☆
「痛っっっ!!!」
落ちた先はこの塔の〝屋上〟の床だ。
しかし――
「いったたた……信じられない。例外が起きたのね」
ボールを投げれば〝例外なく〟地面に落ちるはずだった。
その例外――あるいは〝奇跡〟だろうか。
落ちた先には、さっきの馬鹿っぽい男が食料として連れてきたイノシシが倒れていた。
「あたしの代わりに、犠牲になってくれたのね……」
幸か不幸か。
一緒になって水流に持ち上げられたイノシシがクッションになってくれたようだ。
ありがとう、イノシシ。
もしかしたら、あたしを救ってくれたあなたこそ〝真の王子様〟だったのかもしれないわね。
『ブ、ヒィ……』
「あ、よかった生きてた」
安堵したのもつかの間。
「はっ! そうよ、また指輪が光って――」
水魔法で溺れさせた挙句、フリーフォールまで体験させた重罪人――じゃなくて運命の人のことを思い出す。
――いや、そこまでひどいことをした人間を〝運命の人〟とするのはいかがなものかと思ったけどさ。自分でも重罪人ってつい言っちゃったし。
それでも〝水魔法で塔の火を消そうとしてくれた〟ことは明らかだ。
もしかしたら今までの王子様の中じゃ一番まともかもしれない。
「不可抗力ってこともあるしね。あたしの顔を見てもなお水魔法を食らわせようとしなければ最悪目をつむるわ……! 今度こそ〝当たりの王子様〟を引き当てますように――」
人間として最低限のレベルまで譲歩をしてから、あたしは振り返った。
そこには――
「……水の、橋……?」
不思議な光景だった。
〝空中を流れる川〟とでも呼べばいいのだろうか。
塔の周囲に広がる森のずっと向こう側から、この屋上にまでのびてきている。
そんな〝水の線路〟をくだるようにして。
「! だれかが来るわ!」
それはやってきた。
「……やっぱり乗ってるわね」
今度の王子様も御多分に漏れず〝なにか〟に乗っているようだ。
あたしはぶるぶると頭を振って〝嫌な予感〟を彼方に飛ばした。
(王子様よ。今度こそ、あたしの本当の王子様よ――!)
自分に言い聞かせるようにして、その人が乗っているものを想像してみる。
水の上だから筏や小船とかなら全然マトモなのだけど……。
「あ、もしかして! イルカ、とか――?」
うんうん。白馬とは毛色は違うけど王子様感はちょっとあるかも!
森の中で出会うイルカ、なんてのもロマンチックじゃない?
「あ、見えてきた……え?」
どんぶらこ。どんぶらこ。
やってきた。空にできた川を流れて。
次の王子様は、やってきた。
うねうねと触手を蠢かす――〝イカ〟に乗って。
「イカだったーーーーーーーー!」
イカだった。それはそれは大きなイカに乗って、彼はやってきた。
「どうして軟体動物なのよーーー絶対乗りにくいじゃないのよーーー」
イルカだって期待したのに! 真ん中の〝ル〟を返してえええええ!
などと叫んでいると。
『あれ?』
イカに乗ったその男が、声を出した。
『……なんだ。ヒトがいたんだ』
「へ? なんか今すっごく物騒なこと言わなかった?」
『あはは。そんなこと言うワケないじゃん。ちっ』
「今度は舌打ちしたよね!?」
『……魔法の無駄撃ちか……いや、うまく彼女を利用できれば、或いは……』
「なに腹黒いことブツブツ言ってるのよ……うわっ! なんか汁飛んできた!」
男が乗ってきたイカが巨体をうねらせて、謎の黒い液体を飛ばしてきた。
ねっちょりとしたそれがあたしの身体に付着する。
――あれ? あたしのロマンチックはどこ?
「って、いやあああああ!」
そしてそのまま、あたしは。
伸びてきた大触手に捕縛、空に持ち上げられてしまった。
「な、なにするのよ! いやあ、ぬるぬるじゃないのおおおおお」
ひどい。ひどすぎる。
〝運命の宝石〟が輝いた満月の夜。
塔に幽閉されるあたしを〝白馬に乗った王子様〟が救ってくれるとずっと信じてたのに。
実際は――燃えるし。
飛ばされるし。
溺れるし。
落ちるし。
触手だし。
「……こんなの、あんまりよ…………」
ほろり。あたしの目から涙が零れたことに。
その巨大なイカは気づいたのだろうか。
触手に込める力をゆるめて、ゆっくりと地面に降ろしてくれた。
「え? ……あり、がと」
イカにも優しいところがあるのね、と呟いて。
っていうか、さっきからあたしに優しいの動物だけじゃんか! などとツッコミも入れていると。
『ほう。屋上はこうなっているのか』
『わ~! 綺麗な星空~!』
階段をここまでのぼってきたであろう1人目と2人目が姿を現した。
どこまでもあっけらかんとしたその様子に、あたしはたまらず呟く。
「……あれだけの目に遭ったっていうのに、第一声がそれなわけ……?」
――この石輝く時、運命の相手が現れん。
実際に指輪の石は光ったけれど。
こんなやつらが〝運命の王子様〟だなんて、絶対にあるもんか。
きっ、と目の前に並んだ3人の男たちを睨みつける。
『む?』『どしたの~』『何かあった?』
何かあったわよ! そりゃあもう、たんまりと。
――でも。でもね。
初対面にして、あたしの感情をぐちゃぐちゃにかき回したこいつらは。
顔は。顔だけは。
――史上最強に、整っているのだった。
「~~っっっ……!」
思わず見惚れるほどに。
心が吸い込まれてしまうほどに。
あたしのめちゃくちゃタイプのその男たちは。
やっぱり……あたしの心のうちなんて、ちっとも気にしてないみたいで。
『とにかく――無事でよかった』
などという。
すべてをひっくり返す一言を。
すべてを〝めでたし〟にする一言を。
どこまでも無邪気に吐くのだった。
「うぅ~~~……!」
言いたいことはある。
山ほどある。二億峰ほどある。
でも、すべてを処理しきれないあたしは。
抱える感情をさらにぐちゃぐちゃにして。どうしようもなくなって。
『あ、おい! どこにいく!』
屋上の端に向かって――勢いよく走り出した。
「うう。もう。なんで。どうして――!」
そのままの勢いで、乱れた情緒をすべて詰め込んで。
ふざけるんじゃないわよ、と。
やっとこの場所に〝人〟が来てくれたのに、と。
とんだ運命の邂逅よ、と。
どこまでも広がる満点の星空に向かって。
あたしは――ぶちまけた。
「このっ! イケメンどもがあああああああああああああああああ!」
そんな〝お姫様希望〟のあたしが放った魂の叫びは。
満月輝くロマンチックな夜に――どこまでも響き渡った。
☆ ☆ ☆
この物語は、人里離れた森にある〝塔〟の中に。
ワケあって幽閉されている悲運のお姫様(=あたし)が。
顔だけはどこまでも最高の〝王子様候補〟の中から。
自分をここから連れ出してくれる――運命のたったひとりを、選ぶ。
そんな御伽噺のような。
至って爽やかで、極めて健全な。
〝お姫様と王子様の出逢い〟のお話――
だったらいいなと、願っている。
異世界の塔を拠点にドタバタ恋愛譚が始まります。
次回、王子様たちの正体が明らかに……?
※第一話のみ字数が多めですが、次回以降少なくなっていきます。
【完結しました!】カグヤたちの物語を、最後まで見守っていただけると幸いです。
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(これからの励みにさせていただきます――)