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思い出の愛(1)

 僧侶の朝は早い。

 窓から見えるのは暗い空、ベッドに手をついて起き上がったギルバートは自分の黒髪をかきあげる。

 眠気はないが、昨日の畑仕事で酷使した腕が微かに痺れていた。

 ギルバートはブランケットを自分の身体からどけ、腕を天井へと伸ばす。



 今日は日曜日、僧侶としての仕事はないがギルバートにはやることがあった。


 ベッドを離れ、洗面台へと向かう。鏡に映る自身の眉間には相変わらず皺が寄っている。幼い頃からの悪い癖でもあり、今でもなお弊害は多い。

 親指と人差し指で眉間を揉んでいると、俯いたギルバートの視界に綺麗に畳んだハンカチが映りこんだ。

 

「……もう少し、笑顔をつくれればいいのだろうか」


 会う度に泣かれ、怯えられるのはどう考えてもおかしい。僧侶という肩書きだけであれだけの拒絶反応が出るとは考えにくいのだ。

 ギルバートは自分の頬を掴んで横に伸ばす。だが、険しさは変わらない。


「はっ、馬鹿らしい」


 顔が怖かろうが、仕事が出来ればそれでいい。その結論に至ったギルバートは、即座に顔を洗い、整髪剤で髪を整え白のカソックに袖を通す。

 そして最後に、青色に輝くひし形の石──その僧侶の階級を示す石を、胸元にある窪みに嵌めた。


 僧侶の階級は全部で五つ。

 緑石僧侶から始まって、青石僧侶、黄石僧侶、赤石僧侶、そして最後が白石僧侶となる。

 ギルバートの上司は白石。僧侶の中で最も高い階級である。

 白石僧侶は下位の階級から二人を部下にでき、赤石僧侶は下位の階級から一人、部下にすることができる。


 ───育ての親が上司なのはむず痒いが。


 と、思いながらも、支度の終わったギルバートはハンカチを手に、寮の扉をゆっくりと開ける。

 早朝から大きな音を立てると、隣室にいるアールビーが文句を言ってくるからだ。


 ───今日は冷えるな。


 廊下に出ると、冷気が顔に当たる。試しに息を吐くと、その息が白く空気中に漂った。そのまま暗い廊下を歩いて寮の外に出ると、クルー街が一望できた。

 やっと太陽が昇り始め、陽の光が建物を明るく照らす。クルー街は僧侶の本拠地があるおかげでどの街よりも発展しているせいか、まだ開いている店もあるようだ。

 高台に作られた塔から見る街の眺めは、僧侶達の間でも話題になるようで、ギルバートもそれには頷く。


「……見回りでもするか」


 正直、非番の日にこんな朝早く起きる必要はなかった。

 べール被りの魔女──プレシアにハンカチを返すという約束をしたからには、寝坊する訳には行かない。

 そう思って早めに就寝した結果がこれである。


 今からプレシアの家を尋ねても到着するのはせいぜい一時間後。魔術師である彼女が起きるにはあまりにも早すぎる。

 

 ───ハンカチだけ渡すのも無礼か。


 確かクルー街には贈り物を専門とした店があったはず。普段街で買い物をしないギルバートでも、思い当たる店はいくつかある。見回りのついでに何か購入していこう、そう思いながら塔から街へと降りる階段へと足を踏み出した。





「なにを……お探しでしょうか?」


 店員が笑顔でギルバートに話しかける。

 店に来てからずっと商品棚と睨み合いを続け、一向に買うものを決められていないことに店員がやきもきしたのだろう。

 

「人に贈るものを。なにかいいものはあるか?」

「えーと、でしたら、その贈り物はどなたに向けてですか?」


 魔術師。僧侶とは相対する側の人間。

 ギルバートは商品棚から目を離し、店員に顔を向ける。

 

「魔術師だ」

「あー……、でしたら、今流行りのブレスレットはいかがでしょう? 石には魔力が込められてて綺麗ですよ」

「いや、プレゼントじゃない。ギフトだ。仕事相手……とも言えばいいか」


 ギルバートがそう告げると、店員はバツが悪そうに苦笑する。


「えーー、と……でしたらこの……」


 店員は店の奥の方、カウンターの近くの棚から小さな封筒を持ち出し、ギルバートに見せる。


「なんだそれは」

「チケットです、クルー火山近くの温泉が割引になるんですよ!」


 ───果たして彼女が使うか?


「いや、彼女はアウトドアな方じゃない。そもそも使う機会がない」


 年単位で外出するかしないかというほどの引きこもりだ。

 プレシアの家の近くに聳える、ビギーマウンテンから遠い火山になど行く用事はないだろう。

 そのギルバートの言葉に、またも店員は肩を落とす。もう少し詳しく言うべきだったか。



「別に喜ばせたい訳でもない、お礼として渡す程度で充分だ」

「……で、でしたら紅茶はいかがでしょう?」

「いや、紅茶はもう間に合っている」

「なら食べ物等はどうでしょう?」

「相手の好き嫌いが分からない」

「……ハンカチとかは……」

「既に持っている」



 ここまででギルバートは既に考えるのをやめた。もう悩むくらいならハンカチを渡すだけで充分なのではないかと。

 店員にいちいち要望を言って困らせるのも悪いだろう。今回は諦めるしかない。


「……いや、すまない。今日のところは帰る」

「あ! 待ってください!」

「?」




 そう言って店員はギルバートの手に立方体の箱を乗せる。


「こ、これ……! これなら満足して頂けるかと!」


 店員から箱の中身の説明をされる。

 

 ───なるほど。


 確かにこれならインドアであっても、好き嫌いが分からなくともギフトにはぴったりだ。





「これを、買おう」

 

 


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