紅茶の香り(7)
「失礼しました」
一礼の後に、重厚な扉を閉める。廊下には多くの僧侶が資料を片手に徘徊し、各々の仕事を全うしている。
しかし、あと数分もしたら終業時刻になる。今は騒がしい廊下も静かになるだろう。
「お、ギルバート」
ロバートの私室から出た辺りで、ギルバートを呼ぶ声がした。声のした方に視線を向けると、一人の僧侶が片手を上げて手招きしている。
その僧侶の胸元より少し上、カソックに付けられた石の色は緑。
つまりギルバートの属する青石僧侶よりも一つ下の階級ということだ。
しかしその男の姿を見てギルバートは心底嫌そうに表情を歪めた。
「おいおい、会って早々嫌そうな顔すんなって! 今暇だろ?」
「暇ではない」
「いんや、ロバート白石僧侶の私室から出たのを、俺はばっちり見てたぞ? お前、仕事終わりにここに来るのがお決まりみたいになってるからなぁ」
「ちっ」
ギルバートの肩に腕を乗せ、強制的に廊下を歩き出す男──彼の名はアールビー。緑石僧侶であり、ギルバートの同僚でもある。
身長はギルバートよりも小さく、色素の薄い茶髪をしているが態度はでかい。
「なあなあ、俺聞いちゃったんだけど、ギルバートってあの"べール被りの魔女"に会ったって、マジ?」
「……そうだが」
「え~~! どんなだった!? 可愛い!?」
廊下を通り過ぎていく僧侶達はアールビーの大声で視線をこちらへ向けるが、次の瞬間には何事も無かったかのように歩き出す。
べール被りの魔女の元へ訪れたことは僧侶内でも内密の仕事だったが、アールビーに知れた今、それも意味をなさないだろう。
誰もアールビーの口に戸を立てられない。
「知らん。この女たらしが」
「はー? そんなん、しょうがなくない? 女の子は可愛いし、俺は女の子といるのが楽しいんだからさー」
「不浄な」
「出た、ギルバートの不浄発言。むしろお前が堅物すぎるんだよ、俺はフツウなの!」
肩に乗っていた腕が離れ、今度は肘で脇腹をつつかれる。
痛くもないが、不快に感じるのはアールビーの話し方のせいだろう。
すると、アールビーはふと足を止め匂いを嗅ぎ始めた。
「ん……? なんか紅茶? の匂いすんだけど、ギルバートなんか持ってる?」
「紅茶……ああ、持ってるが」
言われてギルバートは左手にずっと持っていた紅茶の缶をアールビーに見せる。
と、その拍子でポケットに入れていたハンカチが地面に落ちた。
「へー、ギルバートが紅茶ねぇ。誰かに貰ったの? あ! もしかして例の魔女ちゃんから貰ったのか!?」
「………ああ」
「いーなー! くっそ、俺も会いてー!!」
ハンカチを拾った瞬間、ギルバートの耳にはアールビーの声が遠く感じた。
魔女との別れ際、彼女の名前を聞いたときと同じような感情になる。ハンカチに刺繍された名前がギルバートの目に映る。
彼女が大事にしていた紅茶と同じ名前。心做しかその紅茶の香りがほのかに感じられる。
「───プレシア、か」
明日も会うであろうべール被りの魔女──プレシアはきっとまた、ギルバートの目の前で涙を流すのだろう。