紅茶の香り(5)
べール被りの魔女の家を訪ね、紅茶を買いに行くという彼女に着いていった結果、まさか畑を耕すことになろうとは。
僧侶は未だ違和感のある頬を手の甲で擦る。土が付いたままでは、塔で笑われてしまう。
「ま、待って、ください……!!」
紅茶の店から少し離れた所、魔女の家と麓の街への分かれ道で服を引っ張られた。
僧侶が後ろを振り向けば、荒い呼吸で俯く魔女の姿が見えた。
英雄ではないと断ったからには、それを塔に居る上司に報告しなければならない。書類を制作する手間を考えるとすぐにでも帰らなければならないが、何か言い忘れたことでもあったのだろうか。
「なんだ」
「あのっ、これ……二つ貰ったので一つどうぞ!!」
「………これは?」
魔女から手渡されたのは平べったい缶。女神の絵が描かれたもので、新品に近い。
荒い呼吸を整え終えたのか、魔女は顔を上げて胸に手を当てる。
「ユリアという、紅茶です……!! あの、私の都合に付き合わせてしまったので……せめて」
「………だが」
あまりこういった貰い物は嬉しくはない。僧侶は厳正に公平な判断をし、人々の安全を確保するために力を使う。
先程の治癒魔法も、国民の生活を支えるためにふるったに過ぎない。
───ここは、断ろう。
「お願いです」
──。
断わろうと缶を魔女に返そうとした途端、華奢な手がそれを押し返す。
翡翠の目には未だ涙が滲んでいるが、そのまっすぐな瞳には迷いがない。
───仕方ない。
ここは大人しく貰っておこう。上司になにか言われたら同僚にでも渡すとしよう。
「分かった」
「あ、それと………」
まだなにかあるのか。歩き出そうとした足が止まる。
魔女はショルダーバッグを開けてなにかを探り、目当てのものを見つけたのかバッグから出したものを僧侶の目の前に差し出した。
「これで、拭いてください」
「?」
僧侶は、差し出されたもの──ハンカチと魔女を交互に見る。
魔女は人差し指で自らの頬を示している。
───落ちきっていなかったか。
大人しくハンカチを受け取り、頬に着いているだろう土を拭き取る。
───これをこのまま返すのは気が引けるな。
「……明日、返しに行く」
「えっ!!」
なんだ、嫌なのか。とは思ったが、少女の顔に嫌悪の感情は見受けられない。
どちらかというと驚いているのだろう。
そういえば、ずっと疑問に思っていたことがあったことを思い出した。
「………何故、あそこまでプレシアという紅茶に執着していたんだ」
「え? あー、えっと……実はですね……」
魔女──いや、少女は沈みかけの夕日を眺めながら、同時に吹いてきた風にべールが飛ばされないように後頭部を撫でる。
風に靡く少女の髪はまるで金の糸のようで、女神を連想させる。
そして数秒経った後、薄い桃色に染まった唇が開かれた。
「──プレシアは、私の名前なんです」