紅茶の香り(4)
「………あんたたち、一体どういう組み合わせなんだい?」
トレーにカップを乗せ、老婆が店の奥からゆっくりと歩いてくる。
少女は、畑を耕し始めた僧侶の背中をぼんやりと見つめながら返事をする。
「さぁ……どうなんでしょう……」
───私だって、よく分からない。
二日続けて少女の家を訪れ、家主である少女を"災厄を起こした張本人"だと主張する僧侶。
てっきり少女の都合など無視され、罰せられるものかと思えば、こうして呑気に畑仕事を眺めている。
手伝おうとは思ったが、僧侶の迫力に押され大人しく見ることしか出来ない。
───邪魔だ、って思われちゃいそう。
「ふぅん、そうかい。まあとりあえずこれでもお飲み」
「……なんの紅茶ですか? いい香り……」
「ユリアだよ。貰い物なんだけど、プレシアと種が似てるのさ」
「………ユリア。そう、なんですか……」
「ん? 嫌いかい?」
「あっ、いえ!! そうじゃないんですけど……」
───ユリア。なんだか懐かしい響きだなぁ。
少女は、トレーに乗ったティーカップを手に取り、ゆっくりと紅茶を嚥下する。
ほのかな甘みと鼻にすっとくる清涼感。確かに、プレシアとそっくりの味だ。
「あの、宜しければこのユリア、少しだけ分けて貰えませんか?」
「ん? そりゃ、もちろん! 畑も綺麗にして貰ったし、これでまた営業ができるってもんさ。むしろお礼として、あげたいくらいだよ」
「! あ、ありがとうございます……!!」
少女は満面の笑みを老婆に向ける。
それと、この店を訪れてからずっと膝をさすっていた老婆も嬉しそうに、耕されていく畑を眺めている。
やはり、彼女にも畑に対する想いがあったのだろう。
「おい」
「ひょわっ!?」
突然話しかけられ、少女は飛び上がったように驚きの声をあげる。「なんでしょう!?」と返事をすると、目の前の僧侶は頬についた土を手の甲で拭ってから、
「終わった。この後はなにをするつもりだ?」
「な、なにを……って……?」
「予定だ。お前の予定を聞いている」
───よ、予定?
紅茶を買いに来たはずが、お目当ての紅茶はなく茶畑を耕すことになってしまった。
けれどユリアという別の紅茶を貰うことになり、老婆もプレシアも今後育ててくれるらしい。
ならば───
ふい、と空を見上げるとすでに日が傾き、色が黄色がかっているのが分かった。
少女のべールを靡かせ吹く風も、心做しか冷たくなっているような気がする。
「日も暮れてきたので……家に帰ろうかな……と」
「はあ」
「えっ!? だっ、ダメでした……!?」
───呆れられた!?
肩に担いでいたクワを壁に立てかけると、僧侶は大きなため息をついた。が、その表情に怒りの感情は見当たらない。
無言のまま踵を返し、店を離れようとする僧侶に慌てて話しかける。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください……!!」
「おや、もう終わったのかい?」
後を追いかけようとした少女の背後から老婆が、両手に紅茶の缶を二つ持った状態でひょっこりと現れた。
いつの間に取りに行っていたのだろう。
「あ、はい……!!」
「んじゃあ、ほらこれ。ユリアの紅茶さ。持ってきな」
そう言って老婆は少女に紅茶の缶を持たせる。
「ありがとうございます……あ、あの、また来ます!!」
「ああ、そんときゃプレシアも育ってるといいねぇ。楽しみにしとくよ、べール被りのお嬢ちゃん」
「! はい!!」
少女は振り返りながら老婆へと手を振る。ここに来た経緯は嬉しいものでは無かったが、プレシアの紅茶の危機を防げたのは良かった。
少女はそのまま先を行く僧侶を追いかける。
───ほのかに香る紅茶を胸に抱えて。