紅茶の香り(3)
「全部、枯れた……?」
信じられない、と少女は驚愕の表情を見せる。
少女の記憶ではこの紅茶専門店は七十年続く老舗であり、客も多いわけではなかったが確かな顧客が居たはずだ。
もちろん、少女もその一人である。五年に一度、プレシアという紅茶の茶葉を最低でも十缶は購入する。
それだけ美味しく、良質な紅茶なのだ。
「えっ、で、でも在庫は!? 在庫はあるんですよね!?」
「それが……育てられなくなって、在庫は全部売っちまったんだよ」
「そ、そんなぁ」
少女はがっくりと肩を落とす。一番のお気に入りである紅茶がもう手に入らないとは。
──魔法で茶葉は育てられないのに!!
と、心の中で叫んだところであることを思い出した。
「そ、そうだ……!!」
少女はずっと右腕に抱えていた缶の蓋を勢いよく開ける。そこにあるのは大量の豆粒大の種。
「これ、プレシアの種なんです…!! なんとかこれで育てられませんか……?」
「うーん、ありがたいんだけどねぇ……わたしももうこんな歳だし………」
そう言って老婆は膝を擦る。それでも少女は諦めきれずに、しゃがみこみ老婆の手を取る。
「じゃあ、私が育てます……!! それでもだめですか!?」
「ええ?」
───この紅茶を育てていたのはこのお店だけなんだ。
少女は握りしめていた老婆の手を離し、立ち上がると袖に入れていた杖を取り出した。そして荒れ果てた茶畑に向かって杖を突き出し、
「旋風!」
と唱えると、杖の先から雫が流れ落ち、空気中に渦巻き状の風が発生した。
その風は少女のべールを靡かせ、畑に生えている雑草を巻き込み抜き去っていく。
「あ、あんた魔術師なのかい!?」
「はい……すみません、勝手に魔法を使っちゃって……でもほんの少しだけでも手伝わせてください。私にできるのはこれだけなんです……!! どうしても……どうしてもこの紅茶だけは無くしたくなくて……!!」
───大袈裟なんかじゃない。だってこの紅茶は私にとって大事なものなんだから。
渦巻き状の風が止むと、そこに残っているのはまっさらな畑だけだった。茶葉をどう育てるかは分からないが、できる限りのことをしよう。
そう思ったとき、少女の肩を僧侶がゆっくりと押しのけた。
「雑草を抜くだけでは駄目だ」
「え……?」
「おい、店主。確か、突然全ての木が枯れてしまったと言っていたな」
「あ、あぁ。そうさ」
「なら問題なのは土だ。数年前、火山の噴火があっただろう」
そう言って僧侶が指を指したのは、少女の家に近い活火山だった。
そういえば酷い揺れと共に火山が噴火し、大量の火山灰が降り注いだことがほんの数年前にあったことを思い出す。
「も、もしかしてもうなにも育たない畑になっちゃった……ってことなんですか……!?」
少なくとも火山灰のことを知っているということは、茶葉の栽培にも詳しいのかもしれない。
僧侶の真っ白なカソックを掴みながら、返答を待つ少女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「何故また泣くんだ……そうは言ってないだろう。火山灰で土壌が変化したんだ、当然今までの土壌とは違った育て方が必要になる。おそらくだが、悪い土壌に変化してしまった可能性が高い」
「悪い土壌……?」
「本来、茶の木は火山灰を含んだ土壌の方が育ちやすいが………店主、お前はそれをよしとしなかったんだろう。なにせ茶の木以外の作物にとって火山灰は害でしかないからだ」
と、事細かに説明をしながら僧侶はしゃがみこみ、畑の土を触る。白いカソックが汚れるのも気にせずに。
「だから火山灰を中和するために石灰を使ったんだろうが……逆にそれが茶の木にとっては毒になる」
僧侶は両手を組み目を閉じ、呪文を唱え始める。
「──大地の神よ、豊穣の神よ。ここに生命を与えたまえ」
すると、その声に呼応するように、僧侶の両手に向かって空気中の魔力が光の粒となって集まってくる。そして組んでいた両手を離し、手のひらをそのまま畑に向けると、畑全体が光に包まれた。
「こ、こりゃ、僧侶さんじゃないか」
「ああ。とりあえずこれで土壌自体から毒を取り除いた。あとは畑を耕して種を植えれば勝手に育つだろう」
「あ、ああ……」
───凄い。祈りの力ってこういうものなんだ。
少女は僧侶の半歩後ろで、感嘆の息を漏らす。実際に僧侶が治癒魔法を発動しているのを初めて目の当たりにした少女は、ひたすらその光景に見惚れていた。
周囲から魔力を集める様は、まるで自然に祝福されているようで少し羨ましくもあった。
ぼうっと、魔力の流れを見ていた少女の目の前に手がさしのべられる。
「クワは?」
「え?」
───クワ? クワってあの、畑を耕す道具のこと?
差し伸べられた手をじっと見つめてから、少女はおそるおそる僧侶の顔に視線を移す。
少なくとも侮蔑のような感情は伝わってこない。
──だけどどうして、ここまでやってくれるの?
少女の疑問は口には出ず、代わりに僧侶の口が開く。
「──クワを寄越せ。耕してやる」